ご主人様と優雅な休日


 バカみたいにでかい近藤家敷地内。その敷地のハズレにある離れの一室。
 本邸とは比べるべくもなく小さい、しかし一般的な住宅に比べたら大分大きく贅沢な屋敷の主の部屋。
 そこに立ち入ることを許されているのは執事である俺だけ。

 広すぎる部屋に堂々と鎮座する豪華なベッド。もちろん天蓋付き。
 その脇に立ち、とりあえず声をかける。


「お嬢様、朝ですぜ」


 広いベッドの中央で、枕を抱きしめうつ伏せるのはこの離れの主人。俺が仕えるお嬢様だ。
 お嬢様歴はたったの2年。一般市民とはもちろん、生粋の金持ちのくくりからも外れてしまっている彼女はその最大の我侭でこの屋敷と俺を手に入れた。

 毎朝のことだが、彼女は声をかけたくらいじゃ起きたりしない。余っている部分の方が多いベッドに膝をかけると、さすがは高級品、スプリングの軋む音がしない。


(まったく・・・・・・良い身分だねィ)


 すやすやと寝息を立てる体に覆い被さり、再び声をかけるが返ってくるのは気持ちよさそうなやはり寝息ばかり。


(さて、今日はどうやって起こしてやろうか)


 枕に半ば埋もれてる頭を撫でると無造作に広がる黒髪の間に白い耳が見えた。


(よし、決まった)


 耳にかかる髪を掻き揚げ、その上辺を軽く噛む。一晩経ってもなお強く香るシャンプーに息が止まりそうになる。
 ころころと香りを変える今のお気に入りはりんごの香りだ。俺とさして年の変わらないお嬢様の変なわがままで、なぜか俺も同じシャンプーを使わされている。自分が使いきる度に渡される女物のシャンプーのお陰でもともと男にしては柔らかかった俺の髪は彼女に負けない指通りを手に入れた。


「んあ?」


 さすがに違和感を感じたお嬢様がようやく目を開く。


「朝ですぜ〜」

「っ〜〜〜、ちょ、な、なにしてんのっ」

「朝の挨拶」

「刺激的すぎだよ!」


 そう叫ぶと強引に体勢を変えて俺を見上げる形になる。一瞬覚めたかに見えた瞳はまたうつらうつらと閉じかけている。


「おはようごぜェやす」

「・・・・・・んーぅ」

「3秒以内に返事しねェと噛みつきますぜ。唇に」

「おはようございます」


 言い終わらないうちにはっきりとした声が返ったから、ご褒美に噛みつくのは鼻先にしてやった。



◇◇◇



「ていうか、早過ぎじゃない?」


 部屋着に着替えて居間に現れたお嬢様は壁掛け時計を見て眉をひそめた。
 そして今日は所謂国民の休日。


「あーあ、せっかく一杯寝れると思ったのにな」


 窓際の日当たりの良い位置に置かれた一人掛けのソファーに腰を下ろしながら、さっき噛みついた鼻を気にしている。まさか歯形が付くような強さでは噛んでいない。
 ニヤニヤとした視線が気づかれ、睨まれるが、似非臭いと定評がある微笑で受け流した。


「まあまあ、お嬢様。あんた毎日が休日みたいな生き方してるじゃねェですかィ」

「今日は祝日よ?ただの休日じゃないのよ?」

「何が違うんですかィ」

「心構え」


 特に学校には通わず、勉強は家庭教師と独学で済ませている彼女は平日も休日もない。毎日が休日のように怠けたいとぼやきながら日々のスケジュールをこなしている。もっとも、その毎日は決して平々凡々暇な毎日ではないのだが。


「総悟はせっかく休みなのに休暇取らなかったの?」

「休みに執事不在じゃ不便でしょう」

「いや、別に?今からでもオフにする?」

「・・・・・・お陰様で普段からほどほどにサボってるんで。お気遣い無用でさァ。それとも人払いしてェんで?」

「まさか」

「じゃ、優秀な執事様が入れて差し上げた茶ァでもしばいてまったりこきやしょう」


 屋敷に来てから、何度目になるか分からない朝の一杯をどこだかのブランド物のティーカップに注ぐ。  一人だけ飲み食いするのを嫌がるお嬢様に付き合って2杯分。もう毎朝のことなので特に断らず、向かいのソファーに腰を降ろすと、彼女は優雅にカップを傾けているところだった。
 同じ人間の所作とは思えないなとこれまた毎朝のこととはいえ、一瞬目を奪われ、せめて下品な音は立てないように、カップを口元に運んだ。


「相変わらず絶妙にこくも香りも無い見事な紅茶フレイバーのお湯だわ」

「そうですかィ?美味ェと思うけどなァ」

「・・・・・・アールグレイを腐ってるとか言っちゃう人に言われてもねぇ」

「今日は奮発してテトラパックですぜ。茶っ葉が泳ぐんでさァ」

「葉っぱで入れたら漏れなく泳ぐよ」


◇◇◇


「さて、今日の予定は?」

「夜に近藤さんと夕食が入ってる以外正真正銘フリーですぜ」

「へえ、珍しい」

「国民の休日ですからねィ」

「ならもう少し寝かせてくれればよかったのに」

「それはダメでさァ。俺がつまんねェでしょ」


 うっかり本音を溢すと、お嬢様は少し驚いた顔をして、直後、嬉しそうにはにかんだ。
 茶化すこともなく、こんな風に笑ってくれるから、油断してしまって時々恥ずかしいほどの本音を漏らしてしまう。


「じゃあ何しよっかな」

「たまった未読図書の消化でもしてたらどうですかィ?」

「う〜ん・・・・・・今日は字は見たくないや」

「毎日目ェ潰れそうなくらい活字漬けですからねィ」

「それに、私が本読んじゃったら総悟がつまんないでしょ?」


 そう言っていたずらっぽく向けられた笑顔に、いっそハードカバーに埋もれて潰されてしまえ、と思った。

後書戯言
100000HITSありがとうございました!
アンケートにお答えして執事ドリスタートです。ネタが続く限り続けます。とりあえず小手調べ。総悟君の執事スキルは著しく低いです。
08.03.29
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