ご主人様と優雅な邂逅


「最初に確認するわ。あなたの主人は誰?」


 今ならわかる。


「もちろん、近藤さんでさァ」


 俺は最悪の回答を返していた。


「そう―――よろしく、沖田さん」


 血筋の違いを思い知らされるような微笑みとともに、パタンと何かの扉が閉じる音を聞いた。


◇◇◇


 両親亡き後、決して丈夫ではない体で育ててくれた姉の病状がいよいよ悪化し、遂に入院を余儀なくされた。
 保険だとか遺産だとかで少なくとも俺が成人するまでは生活していくには困らない程度の蓄えはあったが、かさむ治療費入院費を考えると、小遣い稼ぎでしていたバイトでは心許なくなっていた。
 だが高校生で高収入を得られる職種は限られていて、しかしそれらは心配性の姉の反対にあいそうなものばかりで、俺はどうやったら隠していられるか思案していたから、近藤さんの誘いは渡り船だった。



「そうか・・・・・・ミツバさんがなぁ・・・・・・そうだ、総悟。俺のところで働かないか」

「近藤さんとこ?」

「そ。今娘の付き人探してるんだがなかなかいい人がいなくてなぁ」

「近藤さん娘なんかいたっけ?」

「今度出来たんだ」

「なんでィ水臭ェ。んな話聞いてねェでさァ」

「まあまあ、拗ねるなって。内緒にしてたのは謝るから、な?総悟なら腕っぷしも立つし安心して任せられる」

「俺なんかが人の面倒をねェ・・・・・・ピンとこねェや」

「何言ってんだ。総悟はこんなにいい子じゃないか」

「恥ずかしいから止めてくだせェ。大体俺まだ高校生ですぜ?」



「大丈夫。娘も高校生だから」




 新しく娘が出来たと言うからてっきり新しく生まれたか、どこかの施設から引き取ってきて養子にでもしたのかと思っていたが、まさか同い年だったとは。
 しかも正真正銘血の繋がりもあるらしい。
 つまりは出会ったときにはすでに子持ちで、でもそれをずっと隠されていたことに軽い失望を感じたが、近藤さんは近藤さんでいろんな事情があるのだろう。年の離れた友人が雇い主になってしまうことに少なからず抵抗はあったが、結局は報酬と「近藤さん」に負けて引き受けてしまった。




◇◇◇




 特に待ってはいなかったけど対面の日。
 仕事始めの日、俺は近藤さん家の応接間に来ていた。
 家なんてものじゃない。豪邸といえる庶民にはちょっと考えられないレベルの屋敷だ。


「近藤さん・・・・・・アンタ一体何考えてんだ?」

「何って?」

「総悟に執事なんか務まるわけがねェだろうが。しかも相手はあのお嬢様だ。いったい何人の使用人がクビになってると思ってんだ?」


 圧倒されるような建物でも、幼いころから出入りしていれば自然と慣れるもの。
 だが俺は、そこで人生の敵ともいえるヤツと顔を合わせることになった。


「『なんか』ってなんでィ、失礼なこと言わんでくだせィ。ていうかお嬢様ってんですねィ。」

「あれはクビじゃないだろ。がなんも仕事させなかったせいでノイローゼになって止めちゃったんだから。総悟、次はこれだ」

「えー、んなに着たら動きにくくっていけねェや」

「なお悪いじゃねーか。ていうか総悟、お前仕える相手の名前も知らないで引き受けたのかよ」


 執事の服というのは、学校の制服やサラリーマンのスーツなどに比べ物にならないくらい複雑だった。普段Tシャツに学ランの俺には肩が凝って仕方が無い。


「その前のはうちの可愛いちゃんに手を出そうとしたから俺が辞めさせたんだし、そのさらに前は家業を継ぐって言ってたし、初めの子は自分探しの旅に出ちゃったし。総悟、最初が肝心なんだから我慢してくれ」

「別に制服だってんなら着やすけどね。てかすげーお嬢様ですねィ。なんか憑いてんじゃねェですかィ?」

「だぁから、何でこんだけ前科があってまだ使用人付けようと思うんだよ。・・・・・・つーか総悟、お前・・・・・・嫌味なほど似合うな」

「うむ、これならも気に入るかもしれないな!」


 聞けば聞くほど、変な、ていうか酷いお嬢様らしい。
 んな気難しいお嬢様なら、俺はきっと5分でクビだな。



◇◇◇


 ちょうど着替えが終わったとき、タイミングを見計らったかのように部屋の襖が開かれた。


「お呼びですか、近藤さ――――――ちっ」


 入ってきたのは近藤さんの言うとおり、同じくらいの年頃の少女。


「お嬢様。近藤家の令嬢ともあろうお方が舌打ちなんて行儀が悪ィですよ」

「ご機嫌よう、土方さん。今日も無理やりな敬語が気持ち悪いですね」

「その言葉そっくりそのまま返すぜ」

「一度ご自分の姿をビデオで録画してご覧になることをお勧めしますわ。鳥肌立ちまくりでうっかり羽まで生えてくるかも知れませんよ」


 おそらく彼女がなのだろう。襖を開けたとたん、俺の姿を目に留めると聞こえが良しに舌打ちを1つ。
 お嬢様なのに。
 そうしたかと思えば、土方さんに向かってにこやかに毒を吐いていた。


「それでは、私は何かと忙しいのでこれで失礼いたします」


 そして、あっさりと踵を返す。


「待ーーって!ちょ、待ってちゃん!お父様の話を聞いて!」

「なんですか、お・と・う・さ・ま。新しい執事なら間に合ってます。もうおなか一杯です」

「間に合ってるはず無いでしょ!今ちゃん付きの使用人ゼロじゃん!」

「別に必要ありません。全然。これっぽっちも」

「今度は絶対気に入るから!絶対仲良くなれるから!」

「なれません。気に入りません。時間の無駄です」

(なんでィこの女。気にいらねェ)


 近藤さんの娘だというからどんなゴリラかと思ったら、外見はこれっぽちも似ていない。
 似ていないなんてものじゃない。
 こんな濃そうな遺伝子、半分どころか1滴でも混ざってしまえば野性が目覚めてしまいそうなのに。やっぱり本当の娘じゃないのではないだろうか。第一声は「近藤さん」だったし。
 大体こんなナリでなんて性格。攻撃的な台詞など吐いたこともなさそうなのほほんとした顔で、とても考えられないような言葉を吐く。


「まあまあ、そんなに照れないで「照れてません」今日からちゃん付きの執事をしてもらう総悟だ。総悟、これが俺の愛娘、ちゃん」

「はあ」

「近藤さん、そろそろ時間だ。車回して来る」

「おう、トシ。じゃ、早速だけど後は若いもの同士で。じゃーねーちゃん。明日の夕飯は一緒に食べようねー」

「バナナは人間の夕飯じゃありませんよ」


 お見舞いの仲人のような台詞を残し、近藤さん(と、土方)は部屋を出て行った。


 そうして冒頭のシーンに戻る。



◇◇◇



「それで、俺はクビですかィ?」

「何を言っているの?あなたの雇い主は『近藤さん』でしょ。私にそんな権限はありません」

「これまで何人もクビにしてきたって聞きやしたがねェ」


 近藤さんの後に続いて、というわけではないだろうが、さっさと部屋を出て行こうとするお嬢様を呼び止めると、完璧に作られた微笑が返された。


「クビになんてしてませんよ。みんな勝手に辞めて行くんです。あなたも辞めたかったらいつでもどうぞ。できるだけ早いほうがいいですね。それでは」


 これは暗にとっとと辞めろと言われているのだろうか?
 今度こそ部屋を出て行ってしまったお嬢様。


 俺の呼び名が「沖田さん」から「総悟」へ変わり、別邸への立ち入りを許可されるのはまだまだ後の話。






後書戯言
どうしてもやっておかないと気がすまない出会い編。
08.03.30
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