「そうご」
寝そべる俺の横にちょこんと座り、じっと見上げるのは屯所に似つかわしくない少女。というよりむしろ幼女。
「なんでィ?」
「あのね、ば、ばれ?・・・・・・ばれ、たい、でィ?」
「んぁ?」
「ってなぁに?」
なぁに?だと。そんなものこっちが知りたい。
長い単語、それもカタカナ語を酷く苦手とするからこれ以上の情報を引き出すのは無理だろう。これまでの経験から、の口から飛び出すうろ覚えの単語は何だかんだいって一番最初のものが一番正解に近いということは分かっている。さらに季節を鑑みれば解答へは容易にたどり着く。
「バレンタインですかィ?」
こっくりと肯定したは口を小さく「ばれん、た」と動かして、きゅっと不満そうに唇を突き出した。聞き取れるのに口から出ないというのは一体どういう仕組みなのだろう。
「バレンタインデーってのは、女が男にチョコレート渡す日でさァ」
「ちょこー?」
「そうでさァ。普段は告る勇気もねェ女どもがチョコを賄賂にバカな男を釣るイベントでィ。はバレンタインなんて関係なく告りたいときに告れる女になるんですぜィ?」
「わいろー?」
俺のありがたい助言はあっさりスルーされ、変わりに4歳児の口から出るには不適切な言葉が興味を引いてしまったらしい。また近藤さんに怒られる。
しかし、今はバレンタインの意味も知らない子供だが、いつか本命チョコなんてものをどこの馬の骨とも分からない野郎に贈る日が来たりするのだろうか。それはなんだかとてつもなく不快な気がする。
俺がそんな来るべき未来を悶々と呪っていることには気付かず、はいつの間にか俺の側を離れ、部屋の隅にある「のお菓子BOX」をがさがさと漁っている。子供の興味の移り変わりは激しい。
「そうご。あげる」
そう言って、「のお菓子BOX」から持ってきたのは一粒のチロルチョコだった。
「それ山崎に買ってもらったの大事なヤツだろ?」
「ん。でもそうごにあげる。ばれたいんでー」
「マジでか」
あまりの事に改善の兆しを見せる「バレンタインデー」を褒めてやるタイミングを逃してしまった。
なぜならそのチロルは数日前、山崎に連れて行ってもらった駄菓子屋でが選びに選んだ3粒のうちの1つだったのだから。俺に黙って。山崎に。うん、食べてしまってもいいような気がしてきた。
「が食べさしてくだせィ」
「ん」
冗談みたいに小さく細く短い指が小さなチロルの包装紙を不器用に剥がしていく。俺が剥くのの5倍ほどの時間をかけてようやく表のビニールとその下の銀の包装紙が取れ、茶色い四角がの白い指に収まる。
「はい。あーん」
あーん、という甘い印象の言葉に似合わないスピードでにゅっと差し出されたチョコを遠慮なく受け取る。くれると決めたは絶対にそれを取り下げないし、あげたくないものをあげるなんて言う事もない。ただ、困ったことにには俺に何かを「あげない」という選択肢がない様な気がすることがある。
元は山崎が買った駄菓子屋のチョコだが、間違いなくの初めてのバレンタインのチョコ。これは中々贅沢なのではないだろうか。たとえ相手は、チョコを口で受け取るとき、唇と指先が触れても恥ずかしがるどころか気付きもしないようなガキだとしても。
受け取ったチョコをもきゅもきゅと咀嚼する様子を子犬のように真っ黒な瞳がじぃっと見上げてくる。まさかやっぱり返せ、などと言うことはないだろうが。
「ありがとな。うまかったですぜ」
照れ隠しに鼻をつまんでやれば、きゅっと目を閉じ短い腕で俺の手を振りほどき、そしてようやく破顔した。
来年は、笑顔で渡せと教え込もう。