バレンタインが初めてなら、当然ホワイトデーも初めてなわけで。そしてこれまで貰う一方だった俺にとっても俺から何かを贈るのは初めてだったりする。つまりはじめてのホワイトデーなのだ。
 だが相手はバレンタインの意味が分からないどころかまともに発音することも出来ないような子供だ。そのお返しの日であるホワイトデーだって言えるか分かったものじゃないし、当然意味も知らないだろう。そんな子供相手にどうやってはじめてのホワイトデーを演出するか。桃の節句を過ぎた頃から悩み続けている。

 生まれてから正月を迎えた回数が片手に収まるような子供は、何をあげたら喜ぶのだろう。もとい。は何をあげても喜ぶ。プレゼントという形を取っていなくても、極端なことを言えば、食事時に箸を渡してやってもぽわぽわと嬉しそうな空気を振りまく。定番のクッキーやマシュマロやアメだって世界の彩度が跳ね上がる具合で喜ぶだろう。だけどそれじゃあつまらない。それじゃあ普段と何も変わらない。


、ちょっと来なせィ」

「はい」


 娯楽室の端っこで画用紙を広げ、芸術活動に勤しんでいたを呼ぶ。ぽてぽてと足音がしそうな歩き方で寄って来た。


「今日のおやつは大福でさァ」

「おやつ、そうごといっしょ?」

「おお。今日は一緒でさァ」


 ぱぁっと頬が喜びの色に染まる。
 この笑顔のためなら見回りのひとつやふたつやみっつサボっても悪くない、むしろこの笑顔を曇らせるほうが罪なのではないだろうか。普段仕事で合う事の少ないおやつの時間を共に過ごせると知っての喜びは既にMAXに近い。

 うきうきと、しかし行儀良く座るの前に皿に分けた大福を一つ置いてやる。
 ぱち、っと音を立てて手を合わせると「いたぁきます」と相変わらず舌足らずな調子で挨拶。粉が舞うのも気にせず両手で大福を手にした。
 1週間ほど悩んで、結局お菓子を渡すことにした。こんな小さいうちからアクセサリーの類で味をしめたりしたら、年頃になったら歩けば金属音がするほどじゃらじゃら身に着けるようになってしまう。
 だけどもちろん、普通では俺がつまらない。


「ほら、こぼしてやすぜ」


 ぱらぱらと落ちる粉を拭いてやりながら観察を続ける。
 小さな口を目一杯開け、大福に噛み付く。と、食べなれたそれと違う感触でも覚えたのだろうか、歯を立てた状態で一瞬動きが止まる。だがそれも一瞬。問題はないと判断したは口一杯に一口目を収め、その断面を目にし、くぐもった歓声をあげた。
 もぐもぐと口を動かしながら、世話しなく俺と手元を交互に見る。


「どうかしやしたか?」

「いちご!」

 
ようやく口の中が空になり、興奮したが中身を告げる。


「ほー?いちごが入ってたんですかィ?」

「うん!いちご!」

、いちご好き?」

「うん!」


 予想通り、イチゴ大福は食べたことが無かったようだ。
 大福の中にイチゴが丸々1つ入った中々乱暴な品だが、お子様の心はがっつり捉えることに成功した。これがあるからガキのお守りは止められない。


「当たりですねィ」


 はむ、っと2口目を頬張るには既に聞こえていないだろう。


「そうごっ、いちご!」


 1口食べては嬉しそうにいちごの報告。
 このやり取りはが食べ終わるまで続いた。

桃色サプライズ
後書戯言
いちご大福が食べたい。
10.03.03
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