人間とポケットサイズの妖精
―バレンタイン戦線―
12月に入ればクリスマス一色
25日を過ぎれば年末セール
年が明ければ正月、三箇日
引っ張りに引っ張った新年ムードが終わればあっという間に世間を赤いハートとチョコレート色が乱れ交う。
(そういや、節分とかもあったけどこっちのが対象範囲も広ェし経済効果も抜群なんだろうなァ)
自分としては真選組の鬼に文字通り鬼役を勝手に押し付け力の限り豆をぶつけまくった節分の方が断然盛り上がった。
ノリのいい相棒はその日のためだけに愛用のライフルを連射できるマシンガンに持ち替えていたくらいだ。
わざわざ豆を飛ばすためにエアガンを改造していたが、別に本物でも全然構わないと思う。
止めを刺すのは俺の役目と言って致命傷は負わせないように徹底している相棒の攻撃は、じわじわと追い詰めるには最適だったりする。
ちまちまと虻や蜂に刺されたような攻撃は確実に土方の精神を追い詰めている、はず。
鬼の副長と言えど、いや、だからこそ、自分の手のひらより小さい生き物を本気でどうこうするわけにはいかない。
自分の妖精にはかなり酷い仕打ちをしているようだが、人のにそれをしてはいけないと言う良識くらいはあるようだ。
(まああの存在感の薄い地味の権化のようなのと、うちのを一緒にされちゃ困るがねィ)
小さな身体に見合う愛らしい外見と自分譲りの強かな性格のお陰で俺の妖精は一言で言うと「変」だ。
たとえば今もそう。
おやつの時間、テレビの前の机の上に陣取って。
見回りがてら買ってきた最中を抱きつくように抱えて。
小さな手は最中の周りのパリパリした皮の継ぎ目に引っかかるようにして。
視線はテレビに釘付け。
2月に入ってから激増したチョコレート会社のCMだ。
「お嬢さん、よだれ垂れてますぜ」
「ほぅぇ!?・・・・・・そ、そんなことないよ!」
否定しながらも手は口元を拭っている。
チョコレートより金の匂いがぷんぷんしてくるCMなんかよりこっちの方が断然面白い。
「なぁなぁ、あれやりたい」
「んぁ?バレンタインですかィ?んなんほっときゃ紙袋一杯集まんだから14日まで我慢しろィ」
毎年どこからともなく集まってくるチョコは紙袋1つじゃ収まらない。
全部消費するにはなんだかんだで月が替わる頃までかかるのだから、何も今からチョコの話をする必要はないだろう。
自分で買うなどもっての外だ。
「ちっげーよ、あれ!鍋で溶かすやつ!チョコ風呂!」
乗り気じゃない俺にむっとして頬を膨らませ、指差した先にはチョコフォンデュを囲む数人のタレント。
あれ?モデルだったか?
「・・・・・・あんないかがわしいプレイは認めやせん」
「どこがいかがわしいんだよ」
「ああいうのは付き合って2年目くらいのちょいと倦怠期気味のカップルがいちゃいちゃ塗りたくりながらやるんでィ」
「・・・・・・?キミは一体何の話をしているんだ?」
「チョコレートプレイはまだには早ェでさァ」
「誰が体に塗りたくりたいっていいましたかー。イチゴとかバナナとかと一緒にチョコの甘い香りに包まれたいと思うのは乙女心だろ!」
一体どんな乙女心なのか。
最中を放り出し、拳を握り締めて主張する姿はあまり乙女には見えなかった。
「俺のバナナはデリケートなんで煮えたぎるチョコに入れるのはごめんでィ」
「こっちだってそんな気色悪いもんと一緒に入んのヤダ。チョコが汚れるだろ」
「おま、失礼だな」
食べる様子がないので、せっかく買ってきたのにと少し不満に思いながら投げ出された最中を取り上げる。
と、人のバナナをこき下ろした癖にちゃっかりしっかりしがみついて来た。
取られるっ!と思った瞬間の顔が、あまりにも食い意地が張っていて面白い。
しばらくずるずると机の上を引きずりまわしてから持ち上げると浮いた足をばたつかせ必死で両手に力を入れた。
自分が飛べることを忘れているようだ。
「なんだよ!取んなよ!大人げねーぞ!」
「ま、なんにせよ、あっつあつのチョコプレイするにゃ、にはマゾっ気が足りねェや」
「だから何の話だよ!あたしはただチョコ鍋食いたいって言っただけなのに!」
「浸かりてェって言ったじゃねーかィ」
「食ってるときにうっかり落っこちることを考えたら初めから風呂だと思ってた方がいいだろ!」
「・・・・・・いや、わからん」
我が相棒ながら本当に分からない。
変なヤツ。
やっぱり理解できない主張に悩んでいると、いつの間にか体勢を整えたは小さい体一杯で反動をつけ最中を奪おうとしていた手の親指を蹴り上げてきた。
痛くはなかったが衝撃で力が緩む。
当然手を離れた最中は、そのまま重力に従い落下。
ふぎゃっと変な音と共に俺の相棒は最中の下敷きになって動かなくなった。
「チョコ鍋ねィ・・・・・・」
うぅぅっと変なうなり声と共にうごうごと最中の下から抜け出そうとしている姿を横目に、再度テレビの画面に目をやる。
CMはとっくの昔に変わり、お昼のワイドショーが流れていた。
「集まったチョコでやってみやすか・・・・・・」
「まじでか!!!!」
気まぐれな呟きを耳ざとく拾ったは、今までの苦労がうそのように勢いよく起き上がった。
「がんばろう!14日は外回りしよう!」
「心配しなくてもどうせ土方のところにダンボールで届くだろィ」
チョコ鍋が出来るとわかった瞬間、の周りの空気がぱぁっと色づいた。
それこそ、いやと言うほど流れているCMの一場面のように。
これも妖精効果か・・・・・・?と、まあ目の錯覚なのだが。
「なんだよー。最初っから素直にやるって言ってくれればよかったのにー。欲求不満か?」
「そうですねィ、浸かったら舐めまわすから覚悟しろよ」
「うん、食べ物風呂にすんのは良くないよな!そのかわりマシュマロとか入れよう!」
とりあえず、チョコ風呂は諦めたらしいは、ようやく散々戯れていた最中に歯を立てた。
大きく開けた口で、はむっと音がするように噛み付いたと思うと、変な顔をして見上げてきた。
「総悟ー、これなんか口中に張り付くー」