難解にして単純な彼女
「沖田隊長・・・・・・相変わらず凄いっすね」
「ああ?欲しかったらやるよ。持ってけィ」
クリスマス同様、どっかの星の変な風習が歪んで定着した結果、今日は女が男にチョコを配る日らしい。
そんな日にうっかり市中見回りの当番になってしまったのが運の尽き。
普段は不良警官だ何だと言って寄り付きもしない癖に、カレンダーに踊らされた女どもが次から次へと恐らくチョコレートと思われる包みを渡してくる。
「あ!」
「お?」
「げっ」
断るのも面倒で受け取った包みを片っ端から山崎に横流している所を、丁度歩いてきたと鉢合わせてしまった。
いるとは思わなかったのか、一瞬驚いた後、失礼にも俺の顔を見て盛大に顔をしかめた。
「よっ、お2人さん。不景気なツラしてんなー」
ひょこひょこと近づいてい来るの手にも山崎と同様紙袋が。
「なになに。それ隊長さんの?監察くんは荷物持ちか?」
「まあね、ははは(・・・・・・どうせ俺のは一個もねーよ)」
「おい」
「ふーん。どれどれ」
「」
「何個くらい?」
「さっきので17個目だよ」
「おーい」
「勝った。あたし22個〜」
「げっ、そんなに貰ったの!?」
「うん。あたしモテモテだもん」
「無視すんな!」
「いて!」
わざわざ俺の横をすり抜け、山崎と話し始めたの後ろ頭を叩いて振り向かせると、不機嫌な視線を投げられる。
でもそれも一瞬の事で、すぐに山崎の方へ、向き直ってしまう。
「今日はどうしたの?(睨んでる睨んでる隊長がぁぁああ)」
「これ、義理チョコ」
「へ!?」
この俺を差し置いて、は持っていた紙袋から大きな包みを取り出し、地味代表選手権殿堂入りの山崎に手渡した。
「皆で分けてねー」
義理チョコらしい。
しかも「みんなで」ときたもんだ。
義理でも同情でもなんでもいいが、なぜ俺に渡さない。
「おい」
「何」
「俺のは?」
のほのほと山崎と世間話を始めるの腕を引き、こっちを向かせる。
するといや〜な感じの、生意気な笑みを浮かべて、
「真選組の一番隊隊長殿にお渡しするチョコなんてございませんわ♡もう十分受け取ってるみたいだし♡」
と、そら恐ろしい笑顔を向けられた。
***
全くもって不愉快だ。
バレンタインにに会って、チョコレート1つもらえないとは何事だろう。
しかも斜め後ろからびくびくついて来てるこの地味なヤツは義理とはいえ、から手渡しでチョコを貰っている。
(くそっ、これもみんな土方のクソヤローの所為だ。これが山崎じゃなくて別に仲良くも無い隊士だったら渡して無かったハズ・・・・・・あーいや、俺が組む相手は大抵顔見知りか。大体山崎も何受け取ってるんでィ。てかみんなでってどういうことでィ。俺はその「みんな」に入るのか?入ってんのか?入ってても抜けててもムカつく)
にわかに殺気だった所為か、それまで群がってきていた女どもが寄ってこなかったのがせめてもの救い。
「あれ?」
「あ゛あ゛?」
「(ひーっ!瞳孔開いてる)あ、いや」
「何でィ」
「このチョコ・・・・・・予想と違うなーって」
「あ゛あ゛?」
「ちょっと前にちゃんとスーパーで会ったんですけど」
「は?そんな話聞いてねェぞ」
「(んなの一々報告するか!)すいません。―――それで、その時製菓用の板チョコ買ってたんですよ」
「それがどうしたんでィ」
「なのにこれ―――」
と、見せてきたのはさっき受け取った包み。
中身はどこで手に入れたのか、大量のチロルチョコ。
これだけ買い占めるのは逆に金が掛かるんじゃないだろうか?
「・・・・・・チロルだな」
「ええ、手作り感0ですよね」
「・・・・・・じゃあその製菓用チョコとやらはどこ行ったんでィ」
「さあ、そこまでは・・・・・・・てっきり沖田さんに渡すものだと、あ、いえ、何でもないです」
は手作りチョコの用意をしていた?
・・・・・・さっき「渡すチョコはねー」とかつて無いほど丁寧に申し付けられたが・・・・・・。
俺用じゃないのか?
まさか旦那?いや、まさかな。
―――真選組の一番隊隊長殿にお渡しするチョコなんてございませんわ♡もう十分受け取ってるみたいだし♡
・・・・・・思い出しても腹が立つ。
―――真選組の一番隊隊長殿にお渡しするチョコなんてございませんわ♡
・・・・・・――――――ああ!
***
俺は見回りを終えて、屯所に戻ると大急ぎで部屋へ向かった。
途中キャバクラの呼び込みをしている桂と遭遇し、追跡していた所為ですっかり日は暮れている。
急がなければ日付が変わる。
刀を外し、隊服を着替え、一目散に玄関へ走る。
「おい、総悟。どこ行くんだ、これから会議だぞ」
「野暮用でさァ。俺の分も働いて過労死して下せィ」
「おい!」
土方さんの文句を振り切って屯所を飛び出し、一目散にの家へ向かう。
「!?・・・・・・意外」
突然家を訪ねた俺に、一瞬目を見張ったものの、部屋に上げてくれた。
「仕事終わって急行した彼氏に向かって何て態度でィ」
「誰が彼氏だ」
「俺」
「言ってろ」
「チョコ受け取りに来たぜィ。とっとと寄越せ」
台所でお茶の用意をしている後姿に声をかける。
「キミ何様だ?隊長殿にくれてやるチョコは無いって言っただろ」
「だからわざわざ着替えて来たじゃねェかィ」
「真選組の一番隊隊長」に渡すチョコは無い。
だから隊服を脱ぎ、「沖田総悟」として受け取りに来た。
「へえ、良く分かったな」
「分かりにくいんでィ。このワガママ娘」
「ほんのお茶目だよ」
準備を終えたがお盆を持って戻ってくる。
昼とは別人のように微笑みながら差し出してきたのはお茶と――――――大福?
「ちゃーん、今日が何の日か知ってやすか?」
「バレンタインだろ?」
「バレンタインがどういう日か知ってやすか?」
「チョコレートが飛び交う日」
間違ってはいないがすごい認識だ。
「・・・・・・で、チョコは?」
「それ。いいから食えよ」
「あ、うめェ」
「当たり前だ。しっかり味わえよー」
ただの大福に見えるそれは、餡子の代わりにチョコと生クリームを絶妙の割合で混ぜた餡が入っていた。
「ってお前ェも食ってんのかよ」
「何であたしが目の前のお菓子を我慢しなきゃなんねーんだよ」
「俺の為に作ったんじゃねーのかよ」
「違ーよ、あたしが食べるついでに恵んでやってんだよ。感謝しろよ」
一瞬本当に俺の方がついでだったのか、凹みそうになる。
が、の手元を見て笑いがこみ上げて来た。
「何笑ってんだよ」
「別にー」
が食べていたのは普通の大福。
チョコレートはやっぱり俺専用だった。
「。ホワイトデー覚悟しとけィ」
「期待してるよ」