難解にして単純な彼氏
視界いっぱいに広がるのは沖田の整った顔。
その後ろにちらりと映るのは見慣れた天井。
背中には毛羽立った古い畳み感触。
「もしもし、隊長さんや。この状況は何ごとですか?」
「ホワイトデーでさァ」
「だから、なんでホワイトデーに押し倒されなきゃなんないのか聞いてんだよ」
一月前のバレンタインと同様、仕事の後に訪ねて来た沖田は部屋に入るなり私を押し倒した。
無機質な蛍光灯の光を反射して、色素の薄い猫っ毛がキラキラと光る。
いやあ、美形はどの角度から見ても美しいね。
全く腹立たしい。
―――ってそうじゃなくて。
「とりあえず、どけ。重い」
「まだ乗っかってませんぜ」
「気分的に重いんだよ」
不機嫌に下から睨み付けると、渋々と私の上から体を起こした。
圧迫感が消え、ほっと息を吐きながら体を起こすと、沖田はそのまま至近距離胡座をかいて座った。
「何が不満なんでィ」
「何で不満がられないと思うんだよ」
「だって、ちゃんとリボンも付けて来たんですぜ」
ほれ、と頭だけ後ろを向けると明るい髪がちょこんと赤いリボンで結ばれていた。
「・・・・・・アホだろ」
「何が」
「つーか、そういうのって首に巻くのが定番なんじゃねーの?」
「首に巻いたら受け取ってくれやすか」
「いや、いらねーし」
即答で遠慮申し上げると沖田は拗ねてそっぽを向いてしまった。
どうも様子がおかしい。
本当にその気で来たのなら、私の抗議なんて聞き入れてくれず、今でも組み敷かれたままだろう。
これはさては―――
「総悟くーん、今日は何の日だか知ってますかー」
「ホワイトデーでさァ」
「ホワイトデーは何の日ですかー」
「・・・・・・1月前の報復・・・じゃねェ、お返しをする日でさァ」
「で?お返しは?」
「・・・・・・・・・・・・」
「そういえばさー、今日お昼万事屋さんとジャンボパフェ挑戦したんだー奢りで」
「・・・・・・」
「ジジさまに貰った菓子折り美味そうだったなー高そうで」
「・・・・・・」
「局長さんはハンカチくれたし、副長さんのマヨネーズは別にいらなかったけど」
「・・・・・・」
「監察くんは代表してマシュマロの特用袋くれたし」
「・・・・・・・・・・・・」
「で?キミは何くれんだ?」
今日一日の主だった成果を挙げ、にっこりと尋ねると、逸らしたままの沖田の横顔にダラダラと冷や汗が流れる。
「忘れてたんだな」
「・・・・・・・・・・・・忘れてたんじゃねェよ」
ぼそっと拗ねた口調で控えめにいい訳される。
忘れてたんじゃないのか。
まあ、忙しかったんだろうな。
こいつの事だから、1週間前までは覚えてたのに気が付いたら当日になっていたといったところだろう。
別にお返しなんていいのに。
それよりも、プレゼントが無いから体で払うってどっかのヒモ男じゃないんだからさ。
「何か言うことは?」
「ゴメンナサイ」
「別にお返しなんて要らないのに」
「・・・・・・どういう意味でィ」
うわぁ・・・・・・何か勘違いしたのか、急に鋭い視線で睨まれた。
なんで・・・・・・?
「だ、だってさー、義理チョコってのはお返し目当てで配るものじゃん?言ってみれば1月掛かりのプレゼント交換みたいな?でも本命チョコってのは告白の替わりな訳だから、受け取ってくれるだけで十分なんじゃね?」
「返事はいらねェのか」
「キミは返事を1月も先延ばしにするのか?」
「それがこのイベントの醍醐味だろ」
「キミは断るのに1ヶ月も待たせるのか?」
「俺がどうしての告白を断るんでィ」
「じゃ、それを踏まえて総悟くん。今あたしが一番欲しいものはなんでしょう?」
今さら告白も何も無いと思うけどね。
プレゼントは貰えないのだから、これくらい望んだっていいはずだ。
くれなかったら叩き出す!
にこやかに返事を待っていると、沖田は不機嫌な顔を止め、勢い良く抱き寄せてきた。
ぼすっと耳元で軽い音がすると、さっきよりずっと近い所に沖田の顔があった。
「好きですぜィ、」
文字通り目と鼻の先には沖田の整った顔。
大真面目な顔で言われ、仕掛けた私の方が赤面する。
それを見て調子付いた沖田が熱くなった頬を口唇で触れる。
「好きでさァ」
「へへっ、よく出来ました」