セルフ・コーディネート
「そういや、俺先月誕生日だったんだよな〜」
幸せそうに白玉クリームあんみつをつつく彼女の前でワザとらしく呟くと、はぱちくりと目を瞬かせた。
さらにぱちぱちは瞬きを繰り返し、溶けかけたソフトクリームをひとすくい口に運ぶとすっと視線を左下へ向け、その直後右上を仰いで、落ち着きなく視線をうろつかせ、おもむろにメニューを取りあげ、差し出してきた。
「好きなの一品頼んでいいよ」
にっこりと、隙のない笑顔で。
「・・・・・・やっすいプレゼントですねィ」
「だって今月厳しいんだもん」
「給料日まで何日あると思ってんでィ」
「大丈夫。明日日払いのバイト一個あるから」
受け取ったメニューをそのままテーブルの端、元あった場所に戻す。
俺の前にはすでにお勧めのあんみつが鎮座している。
彼女と違い、俺は一軒で2つも3つも4つも5つも甘味ばかり食べるほど甘党ではない。
ちらっとの方を見やると、気まずそうに目が泳いでる。
完全に忘れていた表情だ。
「お互い暇じゃねェんだから当日スルーされたことは百歩譲ってよしとして」
「あーざーっす」
「プレゼントは?」
「・・・・・・は?」
「プ・レ・ゼ・ン・ト。まさか本当に一ミリもちらっとも思い出さなかったんですかィ?」
「・・・・・・えっと・・・・・・」
頬杖をつき半眼で尋ねると、だらだらと冷や汗を流しながら大きな杏を口いっぱい頬張る。
口の中が一杯なのをいいことに時間を稼ぐつもりだ。
「・・・・・・えーっと・・・・・・どうしよ?」
杏だけじゃなく、緑色の求肥とソフトクリームのほとんどを平らげて、ようやく観念したらしい。
この眼は「悪いとは思っていないけど怒るだろうなぁ」と思っているときの眼だ。
俺だって子供じゃない。
こんなことは想定の範囲内だ。
ばつの悪そうな顔ににっこりと笑いかける。
やや青ざめて後ずさったところを見ると、目論見どおりさぞかしサディスティックな顔になっているのだろう。
さらに笑みが深くなる。
「これ」
「・・・・・・なに?」
「あげまさァ」
取り出したのは、手の内にすっぽり収まるサイズの四角い筐体。
角は丸まり、わずかな凹凸を除けばつるりとなだらかな表面。
に向けている面の裏側(つまりは俺側)には、カメラのレンズが着いている。
俗に言う、携帯電話。
「なぜに?」
「だから、誕生日プレゼントでさァ」
「私の?別に近くもなんとも無いけど?」
「違ェよ。俺の」
「・・・・・・え、なんなの?バカなの?」
馬鹿はお前だ小娘。
「いいから受け取りなせェ」
「ほぇ〜」
閉じた携帯を受け取ったは物珍しげにあちこちひっくり返して眺めている。
いつまで経っても、何度言っても携帯を持たない癖にしょっちゅう音信不通どころか行方不明になるに携帯を持たせること。
もちろんGPS機能付き。
いずれ気付くかもしれないが、本人には内緒だ。
それが俺への誕生日プレゼント。
・・・・・・自分でプレゼントを用意することへ空しさなんて感じない。
「くれんの?」
「アドレス帳と短縮全部に俺の番号入れときやした」
「あたし料金払えないよ」
「もちろん俺持ちでさァ」
「なんか、貢がれてるみたいで嫌なんだけど」
「気にしねェでくだせィ。携帯じゃなくて俺との無線機とでも思えばいいだろィ」
「・・・・・・ふむ」
外観を十分に堪能したは、不慣れな様子で二つ折りの筐体は開く。
そういえば、持っていないのだから当たり前だが、彼女が携帯を触っているところは見たことが無い。
「ぅおっ!?真っ黒だ!」
「電源入れなせィ」
「どれで?」
「・・・・・・」
当然、渡したのは俺と同じ機種の色違い。
自分のを取り出し、操作方法を教えてやる。
「ほうほう・・・・・・んで?―――お?これがカメラ?」
すぐに基本操作を覚え、器用に両手を使って色んな機能を試しはじめる。
手が小さい所為で、片手では打ちにくいらしい。
せわしなく動く両の親指が、なんだか珍しくて微笑ましかった。
パシャ
写真機能なんて、現場写真とか、土方の恥ずかしい写真撮るのにしか使ったことねェな・・・・・・と思いながら自分も釣られてカメラを呼び出しているとき、シャッター音が響いた。
考えるまでもなく音の発信源は正面に座るで、被写体は俺だろう。
少しのタイムラグの後、口元が「お」っという形を作り今撮った写真が見えるようになったのが分かった。
「うわー、総悟だー」
自分で撮った写真を見て、ほにゃっと気の抜けるような表情で微笑う。
その顔があんまりにも貴重で、しかもそれは携帯のディスプレイに写った「俺」を見ての表情で。
気がついたら、俺もシャッターを押していた。
***
屯所の自室で寝転び、仰向けて携帯をいじくる。
呼び出すのは昼間に撮った写真。
それなりに長い付き合いだが、思えば写真を撮ったのは初めてだった。
彼女の顔なんて見慣れているはずなのに、こんな顔を向けられた記憶が無い。
見逃していたのか(そんなことな無いはずだが)、それとも俺の見えないところでこんな笑顔を向けているのだろうか。
惜しむらくは、写真の中のの視線がやや下向き、画面に映っていない手元を見ているということ。
どうせならカメラ目線が良かったとか、今まで何でこうして写真を撮らなかったのだろうとか、せっかくだから寝顔も欲しいとか、ぼんやりと俺じゃない「俺」に向けられた笑顔を眺めていると、不意に画面が切り替わり、甲高い呼び出し音が鳴り始めた。
画面の表示は「メール受信中」
開いてみると、早速、からのメールだった。
Title:無題
Sub:たんじょうびおめでと
とりあえず、漢字変換の仕方を教えようと思う。