日常の中の非日常
いい年して誕生日もなにもあったものじゃない。
特にめでたいとも思わないし、わざわさ触れ回るのも祝ってくれと言わんばかりで変な気もするし。
誕生日ケーキは食べたいけどケーキなんて年中食べたい。
ケーキ屋のあざとい商売に引っかかっているだけだ。
だから新八がお通ちゃんのイベントに行くと聞いても、神楽が町のガキどもと缶蹴り大会だと聞いても、いつもどおり送り出した。
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「お誕生日おめでとーございまーっす」
誕生日だからと言って仕事が休みな訳じゃなくて、仕事は基本的に無いからパチンコにでも行って生活費稼ぐかとぶらぶ町を歩いていると突然棒読みな祝いの言葉が投げられた。
周りを見回すが、声の主は見当たらない。
「・・・・・・空耳か?」
いやいや、いくらみんなにスルーされたからってそれは本格的にイタイ。
「シカトすんなよ」
「おやちゃん。ちっちゃくって分かんなかったよ」
「そんなにちっちゃく無い!」
いやいや、神楽よりちょっと大きいくらいの身長じゃ、間近に立たれると丁度死角に入ってしまうのだよ
見えなかったのは本当。
でも容易にこの距離まで近づかれたことには、かなり驚いた。
子供のように膨れる知り合いの少女に一応お礼を言ってから気が付く。
「あれ?なんで知ってんの?俺教えたっけ?」
「そんくらい基本だろー。万事屋なら知り合いの基本ステータスくらい頭に入れとけよ」
「いや、誕生日は別に必要ないでしょ」
「便利だぞ?」
「どこらへんが」
「例えば、三十路間近の貴重な誕生日をパチンコ屋で過ごそうとしている寂しい独身彼女無し子供有りの救済?」
「子供なんて産んだことないんだけど」
「ツッコミ所はそこだけか?そしてそのツッコミは正しいか?」
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「やっぱ誕生日と言えばパフェだよなぁ」
「え、ケーキでしょ」
三十路間近独身彼女無し子供有りに付き合ってやるとの言葉は押し付けがましく強引で、だけどありがたく受け取った。
奢ってくれるというのを断る理由は無い。
「なんで?」
「いや、だって誕生日ケーキっていうじゃん」
「そんなんケーキ屋が勝手に決めたんだろ?誕生日なんだから好きなもん食った方がいいじゃん」
「・・・・・・なるほど」
「いちご牛乳風呂もお勧めなんだけどなぁ」
「一緒に入ってくれるんならそれもいいな」
「やだよ。風呂くらいひとりで入れ」
「そんなピンクいもん男一人で入れるかっ」
「それ以前にあたしはいちご牛乳風呂なんか入りたくない」
ならそんなもん人に勧めるな、なんて言ったらせっかくの財布が逃げてしまう。
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「で?なんで残り少ない二十代の誕生日を一人寂しく過ごしてたんだ?」
男一人じゃ入りにくいようなきらきらふわふわした店で向かい合い、豪華なパフェをつつく。
長いスプーンを振りかぶる姿はパフェと合わせてめちゃめちゃ美味しそう。
いや、そんな変な意味じゃなくて。
「三十路間近とか残り少ないとか止めてくん無い?」
「なんで子どもたちに祝って貰わないんだ?」
さっきから妙に年寄り扱いをされている気がするのは気のせいだろうか。
そしてこの子はなぜか新八と神楽を俺の子ども扱いする。
「もう誕生日祝ってもらう年でもねェしなぁ」
「永遠の中2なのに?あ、万事屋さんいちごあった」
「そこまでバカな生き物じゃないよ、銀さん。え、マジくれんの?いちご」
「いやいやそんな風にカッコつけちゃうあたり、中2に失礼なくらい中2だよ。誕生日だからな。いちご」
「別にカッコつけてないって。全然。いやマジだから。マジついでにアーンてしてよ」
「はい、アーン」
「ちょ、なんで自分で食べちゃうの!」
「オプションです」
イチゴを頬張りぐっと親指を突き出す無表情は、この子に付きまとっている某警官を髣髴とさせて微妙に不愉快になった。
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「さて、パフェも食ったことだし」
誕生日と言うことで、本当に会計は持ちだった。
決して安くは無いパフェ。
最初のいちご以外はほとんどのメインを譲ってくれた。
つまりはクリームとかアイスとかをちょこちょこつまむだけだったわけで。
和菓子専門とはいえ、甘い物好きの彼女にしてみれば、かなりの我慢をしてくれたわけで。
本当に祝ってくれたんだなぁ、と不覚にも少し感動してしまった。
うちの子供たちにもちょっとは見習ってもらいたい。
(あ、俺も子供扱いしてるし)
「あたしこのままバイト行くからさー、ちょっと頼まれてくんない?」
「は?」
今しがた出てきたばかりの扉の前で、密かに感動を噛み締めているところにぬっと白い封筒が差し出された。
「これ、お登勢さんに」
「へ?何それ?意味わかんないんだけど」
「だーかーらー。どうせ今日暇なんだろ?寄り道しねーでまっすぐ帰って家への階段上る前にちょろっと大家さんのところに寄ってくれって意味だよ」
「・・・・・・なんで銀さん誕生日にパシられなきゃなんないのよ」
「本当は自分で行くつもりだったけどパフェが意外と時間食ってさー。もう結構時間ぎりぎりなんだわ」
「いや、銀さんこれからパチンコ行って今月の生活費稼ごうと・・・・・・」
「何人間のクズみたいな計画立ててんだよ。せっかく1つ大人になったんだから今日くらいまじめに生きろよ」
「真面目に生きるのが小娘のパシりとは思えないけどね」
「じゃあ万事屋さんに依頼と言うことで」
「おー?銀さんタダじゃ動かないよ?依頼ならちゃんと払うもの払ってもらわないと」
「パフェおごっただろ」
「・・・・・・・・・・・」
なんだかんだで、この子に甘い俺が、口で敵う訳もなく。
差し出された白い封筒はあっさり俺の手に収まり、小さな背中はあっという間に通りの向こう側へ移動していた。
宛名も差出人も無い何の変哲も脈略も何も無い封筒。
シカトして最初の予定通りパチンコへ向かうほど、積極的に玉遊びがしたかったわけでもなく、中途半端な時間だが他に特に用もないので、結局帰路についた。
結局パフェはプレゼントだったのか、報酬前払いだったのか、ていうかあの子の万事屋への報酬はいつも現物支給だ。
厳選されたお菓子はいつも大変美味しく頂いているが、出来れば懐が温まる感じの報酬も欲しいところである。
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せっかくの喜ばしい気持ちに若干影、というか曇りが出来て、結局最初のダルイ感じで我が家に到着した。
視線を上げれば見慣れた「万事屋銀ちゃん」という大きな看板。
足元に視線を落せば「スナックお登勢」の看板。
素直にパシりに応じるのは不本意だが、このまま階段を上ってしまえば確実に封筒の存在を忘れる自信があるので、渋々、ダルダルな雰囲気前回で開店前の店の扉を開けた。
パンっ パンっ パンっ
「「「「「銀さん誕生日おめでとー!!!!」」」」」
その時の俺の表情はこの一年で一位二位を争う間抜けさだっただろう。
一歩店に踏み込んだ瞬間に向けられた大音量。
ちょっと遅れて鼻をくすぐる火薬の匂い。
天然パーマからぶら下がる色とりどりの紙。
そして合唱されたフレーズ。
全てが繋がっても、正しい答え導き出せない。
「あー・・・・・・新八君?お通ちゃんのライブは?」
「あれは?ですよ」
「神楽ちゃん?缶蹴り大会は?」
「あれは?アル」
「銀さんは?をつくような子に育てた覚えはありません」
「育てられた覚えもありませんけどね。銀さんこそ水臭いじゃないですか。誕生日黙ってるなんて」
「そうアル!こっそり誕生日ケーキ独り占めしようとしたってそうはいかないアル!」
スナックお登勢の店内は、一言で言うと誕生日仕様に装飾されていた。
壁にはモールの飾り。
店内にいる連中の頭の上には紙で出来たとんがり帽子。
テーブルの上には大きなショートケーキ。
ケーキの上には汚い字(このひどさは神楽のものだろう)で「ぎんちゃんたんじょうびおめでとう」の言葉。
さすがにそろそろ状況が理解できてきた。
「ちゃんに教えて貰わなかったらすっかりスルーするところだったじゃないですか」
「そうヨ!せっかくのケーキを食いっぱぐれるところだったね!」
先ほどからケーキの話し貸していない神楽はともかく、新八の言葉にだんだん見えないピースまでもが浮かんできた。
そしてふと、そもそもここへ来たきっかけの封筒を思い出す。
ババァに渡せと告げられた封筒。
そしてババァのところで用意されていたパーティー。
封をされていない中身を取り出すと、可愛げの無い文字が綴られていた。
『こっちがホントのプレゼント。しっかり祝って貰えよ!』
ホント、回りくどくも可愛いことをしてくれる。
パシリはただの口実だと判断し、封筒はババァの手ではなく懐へしまう。
10月10日、図らずも一番最初にもらった無機質で回りくどくも温かいプレゼントを胸に、その贈り主がここにいないことを少し残念に思いながら、しっかり祝われるために早くも神楽と言う危機にさらされているケーキの元へ向かった。