まだ子供だからとか
女だからとか
私は仲間になりきれていないんじゃないかなんて
いつもいつも考えているわけじゃないけれど――――――
一握りの勇気さえ
もともと男ばかりのむさい集団。
この広い建物に出入りする女は私を含めて両手に足るくらい。
女中さんたちはみんな人の面倒を見慣れたおばさんたち。
まだ十代半ばを過ぎたばかりで、尚且つ「彼ら」と同じ隊服を許された隊士は私だけ。
仕事をしているときは何も感じない。
必要とあらば人も斬るし、バズーカだって撃っちゃうし、カーチェイスだってお手の物。
無免許だから本当に人手が足りないときしかやらないけど。
とにかく、仕事上では対等だ。
だけど時々、特にこうした宴会の席では得体の知れない居心地の悪さに襲われる。
何のお祝いで始まったのか、もう今では誰も覚えていないだろう。
宴会なんかお酒が飲めなきゃ、料理は塩辛いし、アルコール臭いし、タバコ臭いし、男臭いし・・・・・・主に臭いだけだ。
(はーぁ、オムライスとか食べたいな〜)
お子様味覚だといわれようとも好きなものは好きなのだから仕方がない。
オムライスとかグラタンとかハンバーグとか。
早く終わんないかな、と盛り上がっている局長たちには申し訳ないようなことを考えながら、極力周囲の状況を視界に入れないように遠くを見る。
そんな努力もむなしく、やがてヒートアップした局長の恐ろしいストリップショーが始まってしまいお酒持ってきまーすと周りの隊士に声をかけ、退席した。
局長のあの露出癖は何とかならないものだろうか?
普段は性別の違いをあからさまに意識することはないけど、こういうときどうにもならない隔たりを感じる。
初めてアレを見たときはさすがの私もびっくり涙が出てさらにびっくりした。
(私はあんなもんついてないしな―――いやいや別に欲しいわけじゃないんだどさ)
会場の惨状を思うと戻る気になんてさらさらなれない。
「あ、はっけーん」
「隊長?」
結局会場から離れた廊下に腰掛、中庭に足を投げて涼んでいると、私服姿の沖田隊長に見つかった。
「シケた面」
「余計なお世話です」
私より2、3年上の沖田隊長は、数少ない十代。
本当なら一番隊の隊長なんか、私みたいな平隊士からみたら雲の上の人で、仕事以外で話をするなんて恐れ多いことなのに、年が近いこともあって気軽に声をかけてもらっている。
もらっている?
それじゃあ私が喜んでいるみたいじゃないか。
沖田隊長は確かに綺麗な顔立ちで、髪もキラキラ向日葵みたいで、太刀筋も綺麗で、幹部の隊服が良く似合ってて。
悔しいけど、褒めるところの方が多すぎて、対副長の歪みきった言動や、年の割には子供っぽい行動なんて霞んでしまう。
・・・・・・やっぱり喜んでいるのかもしれない。
「隊長、また飲んでるんですか?」
「は今日も素面だねィ。いつになったらデビューすんの?」
「忘れてるみたいですが、隊長は未成年で私たちは警察ですよ」
「ちゃんと覚えてますぜ。大人張りに働いてるのに酒は飲んじゃいけねェってのはどんな理屈でィ」
「理屈じゃありません。法律です」
「相変わらず頭かってーなァ」
「放って置いてください」
頑なに飲酒を拒む私に、隊長はため息と共に腰を下ろす。
「なんでお酒は20歳になってからなんでしょう」
「さあねィ。体の発育によくねェからじゃね?」
「じゃあ隊長飲んじゃだめじゃないですか」
「チビって言いてェのか?俺ァ山崎よりありまさァ」
「1cmだけね」
「1cmも、でィ」
「ならどうして20歳になったら飲んでいいんですか?」
「大人だからだろィ」
「20歳になったら大人になれますか?」
「さあ・・・・・・どうですかねィ・・・・・・」
こんなこと口に出すから、私は子供なのかもしれない。
「、大人になりてェの?」
「・・・・・・さあ、わかりません」
大人になりたい?
大人と子供という隔たりがなくなっても、男と女という次の難関が待っている。
私が他のみんなと一緒になることなんてこの命ある限り絶対に無理だから。
それならまだ、性別不詳の子供のままでいる方がいいかも知れない。
「なってみやすか?」
「え?―――うわっ!」
「うわって・・・・・・色気ねェ」
「な、なんですか、いきなり」
並んで座っていたはずなのに、気がついたらコテンと廊下に転がされていた。
少なからず酔っ払ってるはずなのに、相変わらず沖田隊長の技はキレがいい。
ひんやりと冷たい廊下と少し熱めの隊長に挟まれて、私はあわあわと慌てるしか出来ない。
「何って、大人ゴッコ」
「なんですか、ソレ!?」
「ん?夜大人がやってるようなことをやってみようというスリリングな遊びでさァ」
「遊び!?」
大人の遊びといったら、麻雀とかパチンコとか仮面ライダー初代のベルトとか?
正直全然興味は無いけど、きっと今言ってる大人の遊びっていうのはそういうんじゃなくて―――
「今日日、大人じゃなくてもシてると思いますけど・・・・・・」
「・・・・・・確かに」
「だからどいて下さい」
「それとこれとは関係ねェだろィ」
心臓がバクバクうるさいのは純粋に貞操の危機からか、その危機が今まさに隊長からもたらされているからか。
「た、隊長は、もう大人ですか?」
うわーお。
私ってば何を聞いてるんだろう。
どんな返事が返ってきても困るじゃないか。
「――――――さあ?どっちだと思いやすか?」
「・・・・・・夜、副長たちとは一緒に出かけませんよね?」
「そうだねィ」
「でも別に連れ立っていかなくてもいいわけですし。むしろお店じゃなくても・・・・・・う〜〜〜ん」
実際のところどっちなんだろう。
仕事以外でまで副長の顔など見たくないといって隊長は他の隊士の夜遊びに付いて行かない。
というか、基本的に夜出歩かない。
むしろ引き篭もり?
・・・・・・隊長って普段何して遊んでるんだろう?
「お〜〜〜い、ちゃ〜〜〜ん」
「っ!はい!」
「何考えてるんだか知らねェが、この体勢で余所事考えてられるなんて余裕だなァ」
「え、あ、いや・・・・・・いやいやいや、ねぇ?」
「ふーん?その態度は容認、ですねィ?」
にやりと笑うサディスティックな笑顔に思わず見惚れてしまう。
笑っているのに隙を見逃さない瞳に背筋がゾクリと震えて、身動きが取れない。
ダメダメダメ!
固まっている場合じゃない!
「ち、ちがっ!否認です!拒否です!断固拒否です!!!私はっ!」
「私は?」
「・・・・・・こ、こんな形じゃ・・・・・・」
「こんな形?ならどんなのがお望みですかィ?」
「は、初めては、好きな人と、す、少なくとも、こんな屯所の縁側でなんかイヤです!」
半分悲鳴のように掠れた言葉に、隊長は一瞬目を見開き―――あろうことか爆笑し始めた。
俯き、肩を震わせていたかと思うと、堪えきれなくなったように私の上からごろりと隣に寝転がる。
そしてぴくぴくと痙攣しながら笑い続けるのだった。
「・・・・・・なんですか、隊長」
「ぷっ、くくくっ、くはっ・・・・・・っ〜〜〜〜、お前ェホントいいわ〜、マジ笑かしてくれるわ」
「・・・・・・何が面白いんですか」
「いや〜笑った笑った」
「だから何が!」
貞操の危機は回避されたようだけれど、なんだか無性にバカにされたような気がして、恐れ多くも食って掛かる。
目尻に滲んだ涙を拭う姿が怒りを加速させる。
「大人の階段は遠いねェ」
「・・・・・・」
やっぱりバカにされている気がする。
「初めては好きな人ね。そうかそうか、ちゃんはまだ処女だったかァ」
「ちょ、あからさまな言い方しないで下さいよ!」
「んで、縁側はイヤですかィ。それはそれで燃えると思いやすけどねィ」
「だからっ!」
「覚えておきまさァ」
「へ?」
好き放題人をネタに爆笑して、セクハラの限りを尽くしたくせに。
ドサクサに紛れて何やら意味深なことを言われた気がする。
覚えておくって?
どうして隊長がそんなこと覚える必要があるの?
ありえない期待に胸ふくらみ、つい数分前までの状況に赤面し。
隊長の去った縁側で、私は1人頭を抱えて夜を明かした。