唯一無二の特効薬
「ちゃん、何か欲しいものあるか?」
「ちゃん、これ暇つぶしに読む?」
「ちゃん、これ寒かったら」
「ちゃん、これ寂しかったら」
「ちゃん、水ここに―――」
が熱を出した。
は真選組唯一の女隊士、といっても非戦闘員で仕事はもっぱらデスクワーク。
腕はあっても頭の中身はお粗末な人間が多い真選組で数少ないブレーンが倒れるという事はかなりの痛手である。
それを差し引いても、隊発足以前から近藤の道場にいつ居ていたは幹部を始め隊全体から妹の様に可愛がられていた。
怪我はともかく、病気とは無縁といっていい体力自慢たち。
我等の可愛いちゃんが床に伏せっている!となれば我も我もとお見舞いに行きたいわけで。
暇つぶしに、と秘蔵のエロ本を持っていってみたり(セクハラ)、寒かったらつけるよう愛用の手袋を差し入れてみたり(いい迷惑)、寂しくないよう抱き枕を貸してあげたり(迷惑通り越して犯罪レベル)。
次々と押しかけてくる迷惑な兄貴分たちに、はにっこりと言い放つ。
「みんなうるさい出てけ」
背筋も凍る透き通った微笑を向けられ、見舞い客達はすごすごと部屋を後にした。
その中には、ちゃんと看病しようと水と薬を持ってきていた山崎も居たのだが。
***
。
尊敬する人はお妙さん。
真選組発足当時、近藤はを置いて行こうとした。
剣の腕では沖田はおろか近藤、土方にも遠く及ばない。
0よりはマシといったレベルでしかない。
他の門下生達と混じって竹刀を振るうも、激しい運動に体がついていかなかった。
お陰で素振りだけは誰よりも綺麗だと近藤の父にも褒められるほど。
そんな子供を、江戸に連れて行くわけには行かなかった。
故郷には沖田の姉も、近藤の父もいた。
彼等の元で、ゆっくりと、幸せを見つけて欲しいと思った。
しかしはそんな気遣いを一蹴した。
これから江戸に行けば剣の腕以外にも必要なものが出てくる。
近藤らにそれがあるのか。
このままでは幕府にいい様に扱われるだけだ。
自分には剣の腕は無いけれど、頭脳と目端の利き方では負けていない、と。
子供らしく泣いて駄々をこねることなく、絶対に役に立つから連れて行けと言うは、10やそこらの子供には見えなかった。
そして結局彼女は宣言どおり、真選組の職務で体を使わなくていいものなら何でもこなした。
経理から隊士たちの勤務表作成、討ち入りの作戦立て、幕府への報告書改ざん(え)。
挙げていけばきりが無い。
ローテーションがあり、一応交代制の隊士たちと異なり、彼女には替えが居ない。
それが分かっているから、は人一倍健康に気を付け、うがい手洗いはもちろん、栄養管理もしっかり気を使い、多少の体調不良ならこっそり医者に行ったりしてやり過ごしていた。
他の人が知らないだけではしょっちゅう体調を崩している。
本人は慣れたもので、それに気が付くのは自分をおいてはただ一人。
そのただ1人は珍しく真面目に仕事をしていて不在。
だからこの状況はかなりの不覚。
こんな寝込んでる場合じゃない。
は机の布団に半身を潜り込ませ、どてらを羽織り机から持ってきた書類に目を通し始めた。
***
やはり熱の所為か、いつもより効率が悪い気がする。
簡単な足し算を間違える。
桁を見間違える。
思っているより症状は重いようだ。
しかし経費の申請は明後日までだ。
遅れてしまえば、この一月で吹っ飛ばしたあれやこれやの修理費を全部隊が持たなくてはならない。
「ちゃーん、桃缶買ってきたよー―――って、ちょっとちょっとォォオオ!?病人はちゃんと寝てなきゃダメだろ!」
「近藤さんうるさいです。頭に響く・・・・・・」
いきなり襖が開けられ、病人への気遣いというものが欠如している音量で我等が大将が桃缶と共に登場した。
その音量にの頭が悲鳴を上げる。
「熱があるときはちゃんと寝てなきゃダメだって!」
「熱が無かったら死んでます」
「いやだからそうじゃなくって――」
「ホントただの風邪ですから」
は書類を捲る手を止めず淡々と答える。
この隊を率いる愛すべきおバカさんも、具合が悪い時はただのムカつくゴリラだった。
今処理している書類が
お妙さんに吹っ飛ばされて破損した壁の補修費
に関するものだと思えば尚更。
「おい、近藤さん何騒いでんだ」
そこに現れたのはマヨネーズを愛するおバカさん。
手にはコンビニの袋を持っている。
どうせ中身はマヨネーズだろう。
「ああ、トシいいところに。ちゃんがさー―――」
「テメー何してやがる!病人は大人しく寝てろって何度言や分かんだ!?」
「うっせーっつってんだろテメーこそ病人の前で煙ってんじゃねーよクソ土方失せろやコノヤロー」
近藤に泣き付かれるまでもなく、起き上がっているに土方の雷が落ちる。
頭ごなしに怒鳴られ、不機嫌度MAXのは息もつかず一気に言い返すとともに手にしたボールペンを土方に向けて投げつけた。
「うわー!!トシーーィイ!!」
クナイのように空を切ったそれは見事土方の額に突き刺さった。
「ちゃん、トシ死んじゃうからコレ。マジやばいって」
「大丈夫ですよ、トシ兄石頭だから。近藤さんも刺されたくなかったら出てけ」
「えーー、でもぉ・・・・・・」
「出・て・け」
「・・・・・・・・・・・・はい」
迫力負けした近藤はすごすごと引き下がり、頭から盛大に流血する土方を引きずって部屋を出て行った。
***
目を覚ましたとき、部屋はもう薄暗かった。
いつの間にか寝てしまったらしく、寝汗で湿った寝巻きが気持ち悪い。
ふと枕元に桶とタオルを見つけ、重たい体を起こして体を拭く。
体を動かすのが辛いほど関節が痛かった。
(熱何度位あるんだろう)
しんと静まり返った屯所。
頭痛に加え、あまりの静寂にキィンと耳鳴りがする。
体調を崩した時はいつもこうだ。
人の気配がわずらわしくて、話し声に頭痛を覚え、皆遠ざけて1人になって寂しくなる。
でもこんな弱ってる所を見せたら故郷に帰されてしまうかも知れない。
自分のワガママで、自分が離れたくないばかりにしがみ付いているのに、彼等の一存での処遇は決まってしまう。
こんな体調管理も出来ないような虚弱体質要らないと言われたらそれまでだ。
真選組の地位もすっかり確立した今、の変わりはいくらでもいる。
ぼんやりと考えながら体を拭いているうちに、目の奥がツンと痛む。
視界が霞んでいるのはきっと部屋が薄暗い所為だ。
「、起きてやすか?」
「っ!ちょ、待って!」
「ん―――おっと、悪ィ」
突然正面の襖が開き、沖田が顔を覗かせる。
上半身裸だったは咄嗟に胸元を隠した。
「悪いと思ったら閉めてよ」
「あー悪ィでさー」
「・・・・・・なんで中に入るんですかー。私の格好見えてる?」
「見えてやすぜ。器用に背中隠してるなァ」
「背中・・・・・・?は!?そんなに平らじゃないやい!」
「へいへい」
電気をつけ、ズカズカと布団に歩み寄る。
部屋が明るくなった瞬間、驚きは布団を引っ張り挙げた。
いくら幼い頃一緒にお風呂まで入った中とはいえ、さすがに今裸を見られるのは色々問題だ。
そんなには目もくれず、沖田は勝手に箪笥の中を漁り、替えの寝巻きを探し出す。
「お、おおお、おま、電気点けるヤツがいるか!?」
「バーカ。んな胸だか背中だかわかんねーモン見たってなんとも思わねェよ」
「バッカ!お前、これだって寄せて上げて詰めれば結構あるんだから!」
「そりゃ既に自前じゃねーだろィ―――いいからタオル貸せよ。背中拭いてあげまさァ」
「え、いいえ、間に合ってます」
「間に合ってません。いいから渡せ。なんなら今この場でその貧弱な胸育ててやってもいいんですぜ」
「よろしくお願いします」
わきわきと怪しげな動きをする沖田の手に危機を覚えは大人しくタオル渡した。
関節が動かしにくくて拭くのは諦めていた背中を優しすぎるくらいの手つきで拭かれる。
その労わるような手つきに、再びの視界がぼやけだす。
悟られたくなくて布団をぎゅっと握り締めて、嗚咽が漏れないよう息を詰めた。
当然沖田はその様子に気付いていたが、そ知らぬふりで作業を続ける。
(まーた余計な事考えてんだろ)
「ほら、手」
手早く替えの寝巻きを着させてやる。
なるべく見ないように気をつけていたが、どうしても目に入ってしまうの胸は決して言うほど小さくは無い。
もっとも立派なものとも言えないが。
身なりを整えてやり、そのまま抱きしめる。
熱の所為か、確かにいつもより熱い気がする。
「土方さんにペン刺しただろ」
「・・・・・・ごめん」
「何謝ってんでィ。もうちっと強く投げれば死んでくれてたかも知れねェのに」
「うん・・・・・・だから、総悟の楽しみ取っちゃって・・・・・・」
「全くでさァ。それから近藤さんが凹んでたぜィ、桃缶食ってくれないって」
「あ、桃食べ損ねた」
「後で持ってきてやらァ」
「うん」
「だから泣くなィ」
「ん・・・・・・」
抱きしめた腕の中でははらはらと涙をこぼしていた。
付き合いの長い沖田の前でさえが泣くのは稀なことで、内心大慌てだ。
だが少しでも困ったそぶりを見せてしまうとこの少女は全てを押さえ込んで泣き止んでしまう。
だから何でも無いことのように受け止める。
「で、今回はどこが辛いんでィ」
「体、だるいし、さむい」
「お前ェ熱何度あるんだ?」
「頭、いたい」
「喉とか腹は?」
「いたくない」
「じゃ、過労かねィ。一晩寝りゃ治るだろィ」
絶対に近藤や土方の前では症状を口にせず、「ただの風邪」の一点張りだったは沖田の質問には素直に答える。
夜になり、熱が上がり始めたのかろれつが回らなくなり始めたようだ。
少し早いが、もう寝かせてしまおうと、布団を引き上げる。
「ダメ、まだ書類が・・・・・・」
「ダメでさァ。今日はもう寝ろィ。そんなんでやったって効率悪いだろ」
「ダメだよ、締め切りがっ」
もそもそと暴れるを抱えなおす。
熱に浮かされたように仕事にこだわる理由は、きっと沖田しか知らない。
「、大丈夫だから」
「でも」
「大丈夫でさァ。明日、俺も手伝うから」
「無理。総悟アホだもん」
「・・・・・・山崎にも手伝わせりゃいいだろ」
「ダメだよっ!山崎さんには山崎さんの仕事があるんだからっ!総悟だってっ」
「」
興奮するの体は、抱きしめる沖田の腕が汗ばむほど熱を帯びている。
落ち着かせるため、何度も華奢な背中を上下に擦る。
「、大丈夫だから」
耳元で囁くように繰り返す言葉も、涙と共に拒絶される。
「みんな分かってるから」
その言葉に、はっと息を呑む音がした。
「みんな知ってるから。が本当は体が弱いのも、それなのにすげェ頑張ってる事も」
だからそんなに気を張る必要は無い、と続ける前には泣き崩れる。
もうダメだと思った。
もうクビなんだ。
きっともっと有能で足手まといになんてならない人が見つかったんだ。
「もう、は用済み?もういらないの?」
「違う!そうじゃなくって」
パタパタと布団に落ちる音がするほど大粒の涙をこぼし、震える手で絶対に離さないと言わんばかりに力いっぱい総悟の裾を握り絞める。
「違ェよ。みんな知ってるから、頑張り過ぎだって分かってっから。だから具合が悪い時は隠さなくっていいんでィ。近藤さんだって、土方のヤローだって本当はが頼ってくれるのを待ってるんでさァ」
「だって、無理言って付いてきたのに、弱音なんて吐いたら」
「弱音じゃねェだろ。大体は仕事量が多すぎなんでさァ。これはの所為じゃなくて土方の裁量ミスでィ」
沖田に掛かれば全ての諸悪の根源は憎っき副長へ落ち着く。
それを差し引いても、の仕事量は許容量を超えている。
過去に何度か、そう文句をつけたことがある。
しかしそれを土方は本人が何も言わない限り待遇は変えないと一蹴した。
土方とて、の体のことは分かっていた。
だが本人が何も言ってこないのに、その仕事量を減らすのは、彼女への侮辱だと思った。
それは彼女を一人前として扱っている土方にしてみれば当然の対応だった。
まだ10代の沖田が隊長を張れるように、実力主義の真選組においては立派に自分の地位を確立していたのだ。
気付いていないのは本人だけ。
「ホントはね、みんなについていくので精一杯なの。時々体が付いて来なくなって、でもそんなこと言ったら辞めさせられちゃうと思って」
全てを包み込む広量の持ち主である近藤にも、不器用だが本当は誰よりも優しい土方にも、年も近く誰よりも側にいた沖田にさえ話したことの無かった不安。
ずっと隠していたつもりだった。
だから今日はたまたま悪い風邪でも貰ったのだと言い張った。
ただの風邪だから大人しくしていれば治ると。
でも全部無駄だったのだ。
なんて滑稽。
空回っていた自分がバカみたいだ。
「辞めさせたりしねェよ」
力強く真面目な声には顔を上げる。
「みんなそれをわかって、それでもが良いんでさァ」
泣きはらし、濡れそぼった頬を服の裾で拭いてやる。
まるっきり、捨てられる事を怯える子供の顔をしているは、どんなに頑張っていてもやっぱり子供なんだと改めて思った。
そしてそれを支えてやれるのは、大人ばかりの組織の中で辛うじて10代に籍を置く自分しかいないとも。
「でもっ、もっと仕事も出来て、刀も持てて戦える人がいたら」
「たとえそんなヤツが出てきたって、の代わりにはなんねェよ。お前ェは自分で思ってるよりずっと有能なんだぜィ?幕府にだってお前の代わりが勤まるヤツなんかいねェよ」
「でも・・・・・・」
「大体、そんな何でも出来るヤツ、ぜってー嫌な人間に決まってらァ。これ以上不快な人間が増えるのは嫌ですぜ。俺ァ土方さんで手一杯だィ」
「・・・・・・・・・・・・ホントに、辞め無くていいの?」
いつの間にかとんでもなく話が飛躍していて沖田は面食らう。
誰も辞める辞めないの話はしていなかったと思うが。
「当たりめーだろィ。お前ェの他に一体誰が俺達の面倒見られるってんでィ」
「ホントに?」
何度も繰り返し確認する瞳はようやく乾き始めたようだった。
目じりに残る涙をふき取り、沖田はいたずらっぽく微笑う。
「本当ですぜ〜。ま、もし本当に限界が来て、続けられなくなっても放り出したりしねェよ」
「・・・・・・」
「俺が責任持って面倒見てやるから、ずっとここにいなせェ」
「・・・・・・うん!」
遠まわしの(いやかなり直球だった)プロポーズに気付いているのかいないのか。
やっと安心したは、今日始めての笑顔を見せた。
***
一晩ぐっすり眠り、翌日には大分回復したは、遅れた分を取り戻すべく、敷きっぱなしの布団の上で黙々と書類の整理をしていた。
沖田は1日中変わらないその体勢に、昨日の一連の話は夢だったのではないかと心配になる。
結局は誰の手も借りる事無く期日どおりに書類を上げ、見事1月分の修繕費用を勝ち取った。
その後も、土方に仕事量を減らして欲しいと頼む事も無い。
しかし体調が崩れ気味なときは正直に言うようになった。
そして近藤に桃缶を頼む。
仕事量は減らさない。
だけど弱音を吐いて良いという安心感から、の負担は大分減ったようだった。
もっとも、自分だけの特権だったはずのものを年長者2人にまで持っていかれ、沖田はしばらく不機嫌だったが。
後書戯言
「年下病弱ヒロインで風邪シチュ」と言うなんとも心躍るリクエストでした。
病弱設定にはちょっと思うところがあるので突発ヒロインです。
結論から言うとめっちゃ楽しかったです。
ただ、奏織さんの求めてたのはこんなんじゃ無い気がして仕方がありません。
風邪じゃないし。看病して無いし。尻切れトンボだし。
年下と言う事で、気分は神楽以上新八未満な感じで書いてみました。
07.1.22
感想・激励・誤字脱字報告歓迎!