一瞬、何が起こったか分からなかった。





アイツに言われていたんだ。
ぼんやりしすぎ、隙だらけだって。


そんなこと言われたって、私は一生懸命やってるし、それで何か苦労した事なんてない。


いや。
今、この瞬間まではなかった。


「おい、なんか反応しろよ」


いきなり告白してきた名前も知らない男は、余りの私の反応の薄さに業を煮やして不機嫌な声で問う。
勝手に人の口唇を奪っておいて。


「・・・・・・気は済んだ？」

「っ！？くそっ！」


キスくらいで私がなにか思うとでも思っていたんだろうか？
何をされたって、私の気持ちは変わらない。

ハッキリとそう告げたのに、押された拍子に背中が窓を鳴らす。


　　　バカみたい。



「そんなにアイツがいいのかよっ！」

「何を言ってるか分からないけど、あなたのことは好きにならない」

「こっのアマァ」


あ、殴られるかも。
怒りに血走る男の瞳をぼんやりと眺める。


だけど振り上げられた拳は、私に当たることはなかった。




















「痴話喧嘩なら余所でやってくだせィ」



振り上げられた腕を後ろから掴んでいたのは沖田。


　　　助かった―――？


信じられないような冷たい声。
だけどそれでも、私は安心してしまい喉の奥からこみ上げてくる涙を押し込むので精一杯だった。

3Zで風紀委員。
どちらかと言うと乱す側だが、土方と並んで良くも悪くも目立つ存在だ。


「お、沖田っ・・・・・・っくそ！」


特にこんな不良まがいの生徒には。




















さっきからくそくそ下品だな。

最悪の状況を置いて元凶は逃げてしまい、取り残されたのはちょっと尋常じゃない雰囲気の沖田と、なんかいろんな物がごっちゃになって泣かないように我慢するので必死な私。


「教室で不純異性交遊だなんても好きモノだねィ」

「・・・・・・」


酷い言い種。
だけど口を開いてしまえば言葉より先に涙が出てきそうで。
何も言わずに帰り支度を始める。


「アレ彼氏？」

「違う」


なんだ。
最初の一言さえ出てしまえば、案外すんなり喋れるもので、さっきまでの私の努力は全くの杞憂だったようだ。


「へェ・・・・・・彼氏でもない男にキスさせんだ？」


沖田の声に浮かぶのは嘲りと、かすかな苛立ち。


「勝手にしてきたのよ。許可なんかしてない」

「抵抗もしなかったみてェだけどなァ」

「どこから見てたのよ」

「さァねィ。見られて困るような事してるお前ェが悪ィんでィ」

「だからっ！・・・・・・もういい」

「あ゛ん？」


何をムキになっていたんだろう。
こんなの沖田に関係ない。
たまたま自分のクラスで、クラスメイトが自分の席のそばで痴話喧嘩まがいの事をしていたんだ。
何を言われたって文句なんか言えない。

侮蔑の色を含んだ様に見える視線が痛い。



あーあ。
せっかく隣の席になれたのに。
今年初めて同じクラスになった沖田総悟は評判とは裏腹に人懐っこくて―――ちょっと、いや、かなり―――好きだったのに。


もうただのクラスメイトとしても仲良くなんかしてもらえないだろうな。
知らない男に無理やりキスされたときよりも落ち込んだ自分が滑稽だ。





一刻も早く沖田の前から立ち去りたくて、扉へ向かう。


「っ―――ぅんっ！？」


衝撃。
他に何て表せばいいだろう。

がちっと歯の当たる感触。
掴まれた二の腕が痛い。


解放された口唇は血の味がした。


「な、なにすっ・・・！」


ビックリしたやら悲しいやらで涙が浮かんだ。
それを見て沖田は苛立たしげに顔をしかめる。


「ふぅん？やっぱあの男の方がいいってワケかィ」

「な、に言ってっ・・・・・・なんでっこんなコト」

「泣くほどイヤかよ」

「違っ」


否定しようと口を開くが、再び口を塞がれる。
無理やり差し込まれた舌が出来たばかりの傷を抉る。


「ッ―――止めてよっ！」


ボロボロとこぼれだした涙は止まらない。

さっきは何とも思わなかったのに。


こんなのヤダ。



「――のにっ」

「聞こえ無ェよ」


「好きなのに！！なんでこんなコトするのよ！」

「好きだからだろ」


「「・・・・・・―――！？」」


２人の間に妙な沈黙が落ちる。

今何て言った？
私何を口走った？

ていうか何で沖田まで固まってるの？


















先に回復したのは沖田だった。


「なんでィ。なら問題無ェな」

「へ！？何言って―――私が勝手に好きなだけなのに・・・・・・て私は何を言ってるの？」

「全くでィ。好きならこういうコトしてもいいだろィ」


そう言って混乱する私にまたキスをする。


「―――血の味がすらァ」

「痛いんだけど」

「今度俺以外のヤツとキスなんかしたらこんなもんじゃ済まさねェからな」




物騒な言葉と裏腹に、それを紡ぐ口唇は優しかった。