吊橋効果実地調査

「お断りします」




「まあまあそう言いなさんな。今月厳しいんだろ?」

「何でキミがうちの財政状況を知ってるんだ?」

「それくらい基本でィ」

「危機っぷりなら万事屋の方が逼迫してるからあっち行け。紹介状書いてやろうか?」

「いりやせん。俺はと行きたいんでさァ」


本気で迷惑だ



別に仕事が無いわけじゃない。
お金に困っているわけでもない。
本業はジジさまの営業術のお陰で一体どこからこんなに依頼が?と疑問に思うほど繁盛しているし、バイトは私1人を養うには十分な収入になっているはずだ。

それでも働いているほど生活に余裕が無いのは、偏に本業に掛かる必要経費の多さが原因だろう。

ジジさまももうちょっと依頼人を見て受けてくれると助かるというか・・・・・・いや、何も言うまい。
いいよなー、ジジィは本に埋もれて座ってるだけでいいんだからよー、だなんて思ってませんよ、これっぽっちも。


沖田は時々依頼を持ってくる。
顔なじみだからといって幕臣に容赦はしない。
きちんと通常価格の2倍払ってくれるから、文句は言わない。

言わないけどこの依頼だけは嫌。


「いいじゃねーか、何も1人で行って来いって言ってる訳じゃねェだろ。ちょって出かけて金もらえんだから喜んで引き受けろィ」

「アホか!んなに同伴者が欲しかったら知り合いのキャバ嬢に着いてって貰え!そしてそのままぼったくられろ!」

「キャバ嬢に知り合いなんているかィ。俺ァ未成年ですぜ」

「こんなの時だけ未成年前面に出すな」

「つーかさり気なく話し逸らしてんじゃねェよ」


ばれたか。


「何が不満でィ」

「依頼内容」



***



沖田の持ってきた依頼。
それは攘夷浪士の溜まり場になっているという噂のある建物の調査。

んなもん真選組内で片付けろと声を大にして言いたい。
一体何の為に給料貰っているのか。
でも隊をあげて調査をするには不確か過ぎる情報らしく、その下調べがしたいらしい。

そんなことあの地味な監察くんにさせればいいのに、生憎彼は別件で出動中。


だからって・・・・・・


「だからってっ!―――なんで民間人のあたしが巻き込まれなきゃいけないんだよ!!!


「うるせェ」

「いてっ」


やり場の無い怒りをどんよりとした空に向かって吐き出していると、後頭部をぽかりと殴られた。


「静かにしろィ、ヤツ等に気付かれる」

「ヤツ等って誰だよ。人っ子1人いねーよ。つーかこんなとこ人間のいる場所じゃねーよ」


こんなとこ。
すなわち、廃業になった病院跡。

攘夷浪士の潜伏先と噂されていたのは、町きっての心霊スポットだった。


数年、いや十数年前だろうか?
私が江戸に来たときは既に潰れていた総合病院は、子供達が度胸試しにも使わないくらいの心霊スポットだった。
子供も寄り付かない。

それは紛れもなく「本物」である証拠。


「人気の無ェ場所だからこそ攘夷浪士の溜まり場になりやすいんじゃねェか」

「攘夷浪士だって人の子だぞ」


「・・・・・・まあ、屁理屈は置いておいて」

「ちょっとまて、こら。こっち見ろ。目見て話せ」



雰囲気たっぷりの建物を目前に、最後の悪あがきをする私は健闘むなしく、いらっしゃいませ、あなたの知らない世界へ〜と暗く口をあける入り口へ、引きずり込まれていった。



***



の怖がりっぷりは下手をしたら万事屋の旦那や、土方さんの上を行くかもしれない。

そのことは既にハリボテのお化け屋敷で調査済み。
あの時は確かに「こりゃからかっちゃいけねータイプの怖がりだな」と認識したはずだったが、ちょっと試してみたい事が出来、あっさりそれを覆す事になった。



実はこの病院跡は既に調査済み。
野良猫やネズミはちょろちょろいたが、直立二足歩行する類人猿の類の姿はなかった。




壊れて半開きになった自動ドアから入り込み、受付を通り過ぎて階段へやってくる。
筋金入りの怖がりのは、既に臨界点に近づいているのか俺の左側に張り付いて離れない。
手を繋ぐのではなく、腕全体に絡み付いている。
すごい密着率だということに本人は気が付いていないのだろうか?

強張り小刻みに震える体の感触と、トクトクとかなりの早さで鳴る鼓動を感じ、俺は内心ほくそ笑む。


、上と下どっち行きやすか?」

「下」


即答。


「何で?」

「隠れてる人は地下に行きたがる」


怖がっていてもきちんと仕事をこなそうとする姿に、少しだけ良心が痛む。

地下に誰もいないことも確認済み。
早く終わらせたい一心で思考が鈍っているのか、それと仕事は別問題なのか、こいつは病院の地下といえば何があるか、すっかり忘れているようだ。




地下へ続く階段を降りると、ひんやりとした空気が俺達を包む。


「ひっ――――ま、ま、ま、真っ暗ですよ、沖田隊長!」

「そりゃ地下ですからねィ」

「電気は!?天人の数少ない恩恵は!?」

「廃屋に電気なんて通ってるかィ」

「!?・・・・・・確かに。じゃ、誰もいねーんだろ。帰ろう」

「バーカ。電気なんてどうにでもなるだろ。ほら」


懐に隠し持っていたペンライトをつけると、四方50センチほどがぼんやりと照らされた。


「・・・・・・これで進む気か?」

「そうだけど?」

「アホだろ?お前、こんなんじゃ相手にこっちの居場所知らせるだけで向こうが仕掛けてきても50センチのとこまでわかんねーんだぞ?」


やはり真剣に攘夷浪士の有無を確かめようとしているが、あんまりマヌケ可愛くて、絡みつかれていないほうの手でよしよしと頭を撫でてやる。


「俺となら大丈夫でィ。そのうち目も馴れんだろ」

「う゛う゛う゛」



心もとないライトを頼りに進むと、廊下の両側にポツポツと不規則にドアが並んでいた。
そのうちの1つの前で立ち止まる。


「俺ァ、ここなんか怪しいと思いやす」

「ふ・ざ・け・ん・な!」


扉についているプレートには「霊安室」の文字。
じゃなくても怖い想像しか浮かばないような部屋に、は恐怖を乗り越え、怒り出した。


「何で数ある部屋の中からここを選ぶ!?」

「だってここドアノブ壊れてるから」

「他にも壊れてるドアあっただろ!つーか、ねーって!マジ絶対あり得ねー。むしろこんなとこアジトにするような攘夷浪士に敵うわけねーって」

「何さり気なく失礼な事言ってんでィ――――じゃ、こっちの部屋にしやすか」

「いーーーやーーーーだーーーー!!」


次に指差した部屋は「標本室」。
ホルマリン漬けのあれやこれやが置いてあるであろう部屋だ。
まだ確かめていないが、保存状態がいいナニかがあったら持って帰って土方さんの寝床に撒いておこう。


「1人で行って来いよ!」

「いいですけど、その間、も1人ですぜ」

「っ!!??―――くっ!」

「ほらほら、大丈夫でさァ〜、少なくともこの部屋には生きてるモノはいないはずでィ」

「〜〜〜っ、なら用はねーだろ!早く次―――」


カシャーーーーンっ


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「「・・・・・・・・・・・」」


押し問答しているとき、遠く頭上から派手に何かの金属音がした。


「・・・・・・上、だな」

「何か倒れた?・・・・・・人?」

「さァな〜、ぽるたー何とかってやつかも知んねェ」

「まっさかー」

「とりあえず、見に行きやしょう」



***



人がいる可能性が出てきたからか、は大分落ち着きを取り戻し、少し楽になった左半身が寂しい。
音がしたと思われる階に向かう道すがら、鋭く視線を周囲に向けるを尻目に、俺は次のステップへの伏線を張るべく、昔話を始めた。


「ところで、。なんでこの病院が廃業になったか知ってやすか?」

「・・・・・・知らないし、知りたくもねー」

「あれは―――何年前だったかねィ。と会うずっと前のことでさァ」

「あたし達が会ったのはつい最近だ」

「おいおい、俺との熱く濃〜い日々をぞんざいに扱うなィ」

「事実だろ」

「・・・・・・まあ、とにかく俺たちがこっちに出てきたばかりの頃だったかなァ」

「うわーーーんっ!ごめんなさい、すっげー濃い日々のお陰でまるで生まれる前からのお付き合いのような錯覚に陥ってますよ、いやまじで」

「もう遅いですぜ。―――真選組が出来た頃はもうヤバ目だったなァ」

「ああ、やっぱり話すんだね。この虐めっ子め。老中会議にに投書してやる」

「腕のいい外科医が居たそうなんでさァ。そいつの手に掛かれば治せない病気は無いってくれェのな」

「・・・・・・」

「だけど天は二物を与えずって言うんですかねィ。ある時からその外科医は切る必要の無い患者も手術するようになった」

「・・・・・・」

「一端手術を始めれば、必要の無い部分までメスをいれ、そのうち立ち会った人間が止めるまで患者を刻み続けて、最後にはメスを振り回して、生きている人間がいなくなった後――――――?」

「〜〜〜〜〜〜っ、っ、・・・」

「あり?」


やべー、ちっとやりすぎたかねィ?
取り戻した余裕はどこへやら、今にも零れ落ちそうなほどの涙を瞳にため、ふるふると前を見据えている。


ー?ちゃーん?」

「ふぅっ・・・・・・っ、〜〜う゛〜〜〜〜」

「変な唸り方すんなィ。幽霊かと思うだ――いでっ、分かったから殴るな!殴るなら離れろィ!」


さすがと言うべきか、後一歩で泣き出さない。
うるうると目を潤ませながら腕を掴んだまま殴りかかってくる。
可愛いんだが、凶暴でいけない。


「ああ、。この部屋でさァ。事件現場」



***



目の前にある「手術室」の文字。

頭の中に、緑の手術着を着てあたり構わずメスを振り回す医者の姿が浮かぶ。


どうせ沖田の作り話なんだろうけど。
世の中にはもっと狂ったヤツもいるし、そんなヤツ等と日々対峙しているはずなのに。



「ぅ、あ、・・・・・・やだっ、・・・・・・この部屋、やだっ」

「は?何言ってんでィ。ここまで来て」

「やだっ、ここはだめっ」


なんで沖田は平気なんだろう。
こんなに気持ち悪いのに。

ただ私が怖がりだから?
想像力が豊か過ぎて怖い想像に怖がっているだけ?

違う。

そんなんじゃ説明できないくらい――――――怖い。



「っ、―――やだっ!!」



嫌がってるのに、尚も「その部屋」に入ろうとする沖田の手を乱暴に振り切り私は病院の長い廊下を駆け出した。




***




闇雲に走るうちに、自分がどこにいるのか全く分からなくなってしまった。
病室の続く廊下。
窓からの光で、沖田のペンライトよりは明るい。

人の気配は全く無い。


(そういえば、攘夷浪士・・・・・・どうなったんだろう?つーかそんなのホントにいんのかよ!ぜってー楽しんでるし、あのサド!なんで着いてきちゃったんだろう・・・・・・?いや、着いて来たんじゃねーな。無理やりつれてこられたんだった・・・・・・うーーーーっ)


自分の足音しかしない長い廊下。


(はぐれちゃった。もう帰ろうかな。総悟だって子供じゃないんだから自分で帰れるだろうし・・・・・・ってあたしが無理!)


クソーー!バカ総悟!連れて来たんだから責任持って迎えに来い!!!


「はいよ」


いーーーっやーーーーーーっ!!!!



突然聞こえた第三者の声に、頭が真っ白になり、声と反対方向へ駆け出す。


「ちょっと待てィ」

「やっ―――」


ドン


ガシャ


ガシャーーーン



***




「いってててて・・・・・・おい、。いきなり走りだすんじゃねェ」


「手術室」の前から逃げ出したは、病院の最上階、問題の部屋の対角線上に位置するあたりをふらふらと歩いていた。


全く、どこまで本能のままに生きてるんでィ。


人をバカ呼ばわりした挙句、迎えに来いというから声を掛けたのに、またとんでもない早さで逃げ出したを今度はがっちり捕まえる。
その拍子に、すぐ側の扉が外れ、2人して病室の1つに雪崩込む。
放置されたままの医療器具を、果てはパイプベッドまでもをなぎ倒してしまった。


?」


胸に庇ったから反応が無い。
俺が下敷きになったから怪我は無いと思うが・・・・・・。


「おい!!!」

「〜〜〜っ、ぅ、ふぇっ・・・・・・」


は人の上に乗っかったまま、襟にしがみついて泣いていた。


(あーさすがにやりすぎちまったかねィ?)


必死で嗚咽を抑えるごと上体を起こし、涙に濡れた頬を拭う。
頑なに伏せたままの顔を上げさせ、まだ震える唇に口付ける。
頬に、目尻に、鼻の頭に、顔中にキスを降らせても泣き止んでくれない。


こいつの怖がりっぷりを甘く見ていた。
いや、ここまで頑張った方だろうか?
あの怪談はしない方が良かっただろうか?
でもあのまま探偵モードで進まれてしまうと計画が―――


「―――のにっ」

「ん?」

「やだって言ったのにっ!」

「あーうん。ごめんごめん」


「しかも攘夷浪士なんてどこにもいねーし!」

「あー、なぁ?」

「その上連れてきたくせにあたし置いていなくなるなんてどういう了見だバカ!」

「そりゃがいきなり走り出すからでィ」


―――台無しだ。

うん。台無し決定だ。
ちょっと怖がらせて、うっかり心拍数が上がった所世に言う吊橋効果とか言ったモノを使ってイイ感じになろうなんて思った俺が浅はかだった。

もう、ちょっと怖がらせるの域を超え、大分怒らせてしまったらしい。


「〜〜〜っ、もうやめてよ!」


話している間中、さり気なく続けていたキスにもついに制止の声が掛かる。


「んー、もうちょっと」


涙と汗を吸って少し重くなった髪を掻き上げ、白い首筋に口付ける。


「ちょっ―――」

「!?」


着物の合わせを少しはだけ、うなじに触れようとしたとき―――肩越しに何かの影が見えた。

驚きを隠して、そのままの頭を自分の胸に押し付ける。


「・・・・・・・・・・・・なあ

「な、なな、なに?」


いい具合にパニックだ。
別に意味で。


「お前ェ、霊感とかあるほうか?」

「無い・・・・・・といいたいけど残念ながら、無きにしも非ず」

「俺も無ェと思ってたんだけどねィ・・・・・・」

「何!?何かいんのか!?」


さわさわと出口に集まる影。
この気配は人じゃない。
少なくとも、探りなれた攘夷浪士の気配じゃない。

人息れの数に対して全く足音がしなかった――――――。


、立てるかィ?」

「む、無理!」

「頑張れィ」

「無理だっつってんだろ!」

「大丈夫でィ。俺が保障しまさァ」

気配だけが集まる出入り口から目を離さないまま、腰の抜けたごとそっと立ち上がり、しっかりと両足を地に着けさせ、ちゅっと音を立ててキスをした。


「ほら、立てた」

「・・・・・・・・・・・・」


背後に集まる気配に気付いたのだろう。
は俺の着物を掴んだまま、真っ青になっていた。


「――――――行くぜィ」




***




「もう2度とキミからの依頼は受けねー」

「いや、ホント、今回は俺が悪かった」

「今回に限らず基本的に落ち度はキミにあるんだよ!」

「いや全くその通り!」

「ケンカ売ってんのか!?」


窓から、下に生えた木に飛び移り、全力疾走で旧街道まで駆け抜け、息が整うやいなやの怒涛の口撃が始まった。


「結局攘夷浪士なんかいなかったし」

「そうですねェ(初めから全部嘘だったんだけどな)」

「報酬はきっちり払ってもらうからな!」

「わかってまさァ、依頼は攘夷浪士発見じゃなくて病院の調査だったからねィ」

「〜〜〜〜〜〜っ、何かムカつく!すげームカつく!!」

「はいはい」


やり場の無い怒りと恐怖体験の余韻からの機嫌はなかなか直らない。


でも夜には怖くて1人じゃ眠れなくなり、結局その晩はの部屋に泊まることになった。


計画の成果は――――――?





後書戯言

杏さんリクエストP.Sヒロインで、沖田と肝試しか何かに行って、貞操の危機っ!?

おかしなポインツ!
Point1:一度も総悟をまともに呼ばないヒロイン
Point2:怖がりまくってるヒロインを気遣いながら好きかってする総悟
Point3:総悟が仕組んだ事に何故か気付かないヒロイン

お化け屋敷ネタは以前使ってしまったのでリアル肝試し。
自分で書いててちょっと怖くなりました。
なんかすげー先に進みたそうな総悟の様子から肝試し時点ではヒロインの貞操は守られている様子。
危機は夜に持ち越されました(笑)

一応、クリア・・・・・・ですよね?
これは結構自信あります。
無駄に長かったことを抜かせば。

07.03.13