秋の夜長



カタン



深夜、すっかり街は寝静まった頃。
眠っていれば起きることなど無いような小さな物音を、残念ながら眠っていなかったの耳は鋭く捉える。
体も頭も眠いはずなのに、一向に訪れない夢の世界を待ち続けて3時間。
なんとなく真っ暗にしたくなくてヘッドランプを壁に向けて照らし、向かいの壁に伸びる歪な影をぼんやりと眺めていたときのことだった。


「夜更かしは美容の敵ですぜ」


物音の主は、言わずと知れた人物で。
こんな時間に堂々と尋ねてくる人に、他に心当たりなど無いは、眠る前の無表情で出迎えた。


「何?」


心当たりは無かったとはいえ、やはり非常識な時間の訪問に、思うように眠れない不満も手伝って、不機嫌な声をかけてしまう。
それはある程度予想済みだったのか、非常識な客は仕方がなさそうに口の端を持ち上げただけだった。


「屯所じゃ土方さんがうるさくて眠れねェんでィ。泊めろ」

「・・・・・・布団、自分で敷けよ」

「イヤでィ」


言うや否や、掛け布団をめくったかと思うとこじんまりと横たわる体を転がし空いた隙間に滑り込む。
ついでに枕もとの灯を消してやる。
持ち主を追いやり中央を陣取ると不貞腐れて背中を向けたままの体をもう一度転がして腕の中に納めてもAの様子は変わらなかった。


「なんでそんなに不機嫌なんでィ」

「こんな時間に布団ジャックされて安眠妨害されたら当然だろ」

「まだ寝てなかったじゃねェか」

「・・・・・・うっせーよ」


むくれた頬に掛かる髪をかき上げて、顕になった額を撫でる。
口では何を言っていても嫌がって振り解くそぶりは見せない。
調子に乗って額に口付けると、心地よい熱が唇から伝わってきた。

一層距離が無くなり、の鼻が新しい石鹸の香りを捉える。


「あれ・・・・・・?風呂上り?」

「ん?ああ、屯所で済ませてきた」

「ふーん」


布団の中で暖めていた手をのばし、これまでのお返しと髪に触れる。
風呂上りの、まだ湿った感触がの指に伝わる。
常と違い、癖がつきやすい髪を梳いて遊ぶ様子に、少し機嫌が治ったかとこっそり胸をなで下ろしているとき、唐突に「なに?」と変わらず不機嫌な声が問うてきた。


「何って?」

「何しに来たんだ?」

と寝に」

「・・・・・・すんのか?」


髪を撫でる手がピクンと硬直したのを感じ、ストレートな言葉に苦笑する。

これは相当弱っている。
このままなし崩しに事に及んでも、きっと抵抗しないほど。


「シてェんなら、いくらでも」

「やだ」

「秋は人恋しくなんだろ。抱き枕が欲しかったんでさァ」

「・・・・・・」


人恋しいのは
会っているときは全然そんな様子は見せないのに、たまたま見回り中に見かけた彼女は、恐らく油断していたのだろう、疲れきった顔をしていた。
気だるげに人ごみを歩く姿は、声をかけるのを躊躇わせるもので。

見間違えかも知れないと思った。
その前に会った時は普通に、いつもどおり、いろんな意味でギリギリの会話をしながらご飯を食べて、そのまま見回りに連れて行こうとする沖田を笑顔で振り切っていたというのに。

遠目にも分かる疲労を、どうして顔をあわせて気付けなかったのだろう。

軽い後悔と、何かに疲れているくせに頼ってこないへの理不尽な怒りに、この際とことん睡眠妨害してやろうと決心した。
のは、口ばかりで(いや口には出していないが)なんとなく急かされるように今はの家として使っている部屋を訪ねた。


「風邪ひくだろ」


そんな沖田の考えなど、何も知らないは濡れた髪に苦情を漏らす。


「そしたらが看病して下せェよ」

「移るからやだ」

「移さねェから看病しろ」

「掛かるの決定かよ」


沖田の髪を撫でる手が思いのほか心地よくて、眠れず苛立っていたのが嘘のような睡魔がを襲ってきた。
あんなに待ちわびていた夢の世界がすぐそこまで迫ってきている。

でももう少しその感触を感じていたくて、降りるまぶたと戦うがあっけなく軍配は睡魔に上がった。





















(早っ・・・・・・)


瞬く間に眠りにおちたに沖田は飽きれて暗い天井を仰いだ。
心配して来てみた自分がバカみたいな寝つきの良さ。
どうして仮にも彼氏と夜中に同じ布団で寝ているというのに、この女は。
確かにお互い好きになる以前から、一緒の布団に入っているというのに何もしないで2人でぐーすか寝こけるということが多かった気はする。
だからだろうか。この緊張感というか危機感の無さは。

まあ、信頼されているのはいいことか、と無理やり自分を納得させた。



(やべェ、あったけー)





後書戯言
07.11.19
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