うたた寝
「あ、お帰りなさい沖田さん。ちゃんが来てますよ」
「は・・・・・・?」
監察の不可解な出迎えたの言葉に首を傾げつつ自室へ向かった沖田は、目にした光景に固まった。
屯所の奥、幹部の部屋に、家主がいるならまだしも、部外者を一人通すだけでも滅多にないことだというのに。
というより、まず有り得ない。
もっとも色んな規格から外れ気味なにとってみたら別に珍しいことではない。
沖田がいないときに訪ねてきて、そのまま上がり込むことは、多くはないが何度かある。
大抵誘いは辞退して帰ってしまうのだが。
どうせ山崎がお茶でも淹れてやり、持参したお菓子でも食べて待っているのだろうという予想は見事に外れた。
一言で表すなら、は眠っていた。
それだけなら、いろんな意味で一緒に眠ったことのある沖田はうろたえない。
(それにしたってこれは・・・・・・)
まず目に入ったのは、部屋の中央に横たわるの目元を覆うアイマスク。
自分より小さい顔の半分が赤い布に隠れてしまっている。
奇抜なデザインが気に入り愛用しているアイマスクだが、確かに、他人が着けていると底はかとなくバカにされている気がする。
次に目を引くのは、が包まっている布の固まり。
毛布代わりに掛けていたのは、壁に掛けてあったはずの予備の隊服。
幕府の狗の象徴と、嫌いだと豪語して憚らないそれは、小柄なの首から下をすっぽり隠している。
内側から布を握っていてシワがよっていたり、襟の上からのぞく小さな口元が微かに開いていたり、目元を覆っているのが自分のアイマスクだったり。
様々な要因が相乗効果を生み出し、沖田の中に形容しがたい感情が膨れ上がる。
(しかも起きねェし)
真下に見下ろせる位置まで近づいても規則正しい寝息は変わらない。
男ばかりの屯所の中で、この無防備さ。
ここが沖田のテリトリーで、近づいた気配も沖田だったからこその反応だとしても、そんなことはこの青年には通じない。
沖田は無表情にその場にしゃがみ、アイマスクの眉間の部分を摘み、ゴムの限界まで引っ張った。
バチン
「ぅぎゃんっ!」
突然眼球が焼けるような衝撃に襲われ、は訳が分からないまま「目が、目がァアアア」とのた打ち回る。
寝起きだというのに元気溌剌だ。
「こら」
「ぅえ?その声は隊長さん?てめ、何しやがる。失明したらどうすんだよ」
「誰が隊長さんでィ」
気に入らない呼び名にもう一度アイマスクを引っ張る。
「ぎゃーっ!やめろバカ!サド!いじめっこ!」
「分かってんじゃねェか」
間一髪。
沖田が手を外す直前、は伸びきったゴムの中から頭を抜き出すことに成功した。
2撃目を外され、沖田は不機嫌にが抱えたままだった隊服を投げ捨てる。
その拍子に、自分との匂いが混ざった空気がふわりと揺れた。
「ここがどこだかわかってんのか」
「一番隊隊長殿の私室だろ」
「狼の巣窟でさァ」
狼はお前だろう。
そう言おうとした口は、当の狼に噛みつかれ声に出すことは適わなかった。