アイ ノ コトダマ
「好きでさァ」


いつからだろう。
天の邪鬼な総悟が、ストレートに好きだと告げるようになったのは。

世のカップルどもにありがちな、彼が好きだと言ってくれないだとか、相手に気
持ちが分からないだとか、そんな心配はない。

総悟の気持ちは痛いくらい伝わる。


だから時々――――――苦しい。



「好きなんでさァ」

「――――――うん」


思いつめた表情でのし掛かってくる総悟に押し付けられるアイはリミッターを振
り切りすでに殺気。
首元に添えられた指先は、私に触れているというのにひどく冷たい。


「好き過ぎて・・・――――――殺してェ」


ピタリと頸動脈に触れた指に力が籠もる。
まだ物理的な苦しさはない。
だけど命そのものをわし掴みにされている威圧感に心が怯えている。

だけど表には出せない。
表したらきっと殺されてしまう。


なんでそんな顔するかな。


何かに耐えるように歪んだ顔をじっと見つめる。
まっすぐ瞳を覗き込むと、ゆらゆらと揺れていた。

総悟のこの、苦悩するような表情は、実は嫌いじゃない。
嫌いじゃないけど、もっとずっと好きな表情はたくさんある。


「いいよ―――」


首筋に添えられた手に、自分のそれを重ねる。


「あたしも好き」


少し圧迫が増えて苦しくなる。


「好きだよ、総悟――――――殺されたいくらい」


なんでわかんないかな。
ずっと言っているのに、なぜかちゃんと伝わらない。

きっと私は、総悟が私を殺したいと思っている以上に、総悟に殺されたい。


「殺していいんだよ?総悟が好きなときに持っていけばいい。本気で殺したいな
ら、あたしは抵抗しない」


そう言って、無抵抗を表すつもりで両手を大の字に広げた。


「ホントに、いいんですかィ?」


少しだけ、私の好きな表情に近づいた。
凄絶な微笑みとともに喉にかかる指に力がこもる。

扼殺か。
それはあんまり歓迎できないな。
せめてもう少し綺麗な死体になりたい。


「でも、今はイヤだな」

「抵抗しないんじゃねェのか?」

「っ―――まだ、もう少しっ、一緒に」


気道が狭くなり、耳の奥がドクドクと脈打つ。
冗談で済ませられない苦しさに、さすがに涙が浮かぶ。
最期の言葉も聞かないつもりか。


「っ―――はっ、ぁ――――――」


ふと、圧迫が緩くなる。


「一緒に、いたいよ。死んだらいちゃいちゃできねーだろ」


苦しさに潤んだ瞳はそのままに、突き刺さる殺気に似つかわしく無い擬態語を口
にする。

すると暗く刺さるようだった視線は和らぎ、呆れたような笑顔が浮かんだ。
ああ、ちょっと惜しい。
そんな哀しそうな目さえしてなかったら及第点だったのに。


「そうですねィ。確かにまだいちゃいちゃしたりねェや」


そう言ってついさっきまで絞めていた首筋に口づけてきた。
赤くなっちまった、と事実を告げるだけの声がする。
青あざよりはマシかな。

跡を唇でなぞられ思わず身を捩る。


「総悟、あたしのこと好き?」

「好きでさァ―――殺しちまいたいくらい」



相変わらずアイは狂気。
だけどそれを恐怖しない私も、十分狂ってる。

後書戯言
いちゃいちゃって言葉の響きが好きです。
08.04.26
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