Let's go to the Ocean!!




「―――旅行?」
「慰安旅行でさァ。どうですかィ、 も一緒に」

が稽古を終えて昼ごはんをご馳走になるとき、そこには大概沖田もいる。
一緒にご飯を食べるときもあれば、既に食べ終わっていて、前の席に座ってお茶を啜っているときだけのときもある。
時には土方だったり、山崎だったりすることもあるが、通常昼ごはんを共にするのは沖田だ。

真撰組の慰安旅行―――中小企業の肝っ玉社長じゃあるまいし、
第一江戸の治安を守るという職務はどうした、という至極真っ当な疑問が降って湧くが、話が進まないので都合の悪いことはこの際無視する。
毎年1回の慰安旅行は真撰組を挙げた、実に盛大な旅行である。
なかなかタカの外せない役職についているがゆえに彼らにのしかかる職責とプレッシャーは多大なもので、
海といわず山といわず、アンケート調査を元にその時期と場所が決められ、なかなかの費用を投じてガス抜きをしに行く。
税金泥棒、などという世間の声はこのとき彼らに聞こえない。
そして今年、真撰組が慰安旅行先に選んだのが、

「・・・うみ、ってなに?」
「あ?  、海知らねェんですかィ?」

海である。
さんさんと降り注ぐ太陽の日差し、青い空、白い雲、どこまでも広がる大海原に熱く焼けた砂浜、そして小麦色の肌に水着の美女・・・
男所帯の真撰組がビーチでナンパなんてそんなベタな・・と世間様に鼻で笑われるような期待をしていたとしても、
普段の生活がどれだけ女の子と縁遠いかを考えれば仕方のないことである。

「海・・・ってのはアレでさァ。でかくてしょっぱい水たまり
「しょっぱい水たまりなんてあるのか!?」
「それがあるんでさァ。向こうの端が見えねぇぐらいでかくて、魚なんかもいる水たまりが海ってやつでィ」

根本的に何かが違うが、 は沖田の言葉にふむふむとうなずく。
は沖田をSだとは認識しているが、だからといって信用がおけないかという点においてそれは違うと思っている。
沖田は信用に足る人物だ・・・・がしかし、物事の説明を求めるのに適した人物というわけではないのを は知らない。

も一緒に行きやせんかィ?」
「え、でもいいのか? 俺、隊士じゃないし・・」
「指南役だろィ? それに大体、反論する奴なんかいねぇや」

当たり前である。
鬼の副長と名高い土方や、斬り込み隊長である沖田が を想っていることは隊士たちにとって明白で、
幹部二人の想い人が旅行についてくることに文句を言える命知らずなど、真撰組には存在しない。
「なんでアイツまで付いて来るんだよ」などと愚痴の一つでも零そうものなら、最後の“よ”の字を口にする前に刀の錆と化すことを誰もが重々承知していた。

「じゃあ、俺も行くっ!」
「決まりでさァ」

そして――――新たな戦いの、幕が上がる。


+ + + + +    + + + + +


「う・・っわぁー! すげぇ、すっげーでっかーい!」

レンタルしたマイクロバスから一番最初に駆け下りた は、海沿いをはしる道路の欄干に身を乗り出しキラキラと目を輝かせた。
彼女の目に入るのはただ一面の海。
空の青を吸い込んだ海はどこまでも碧く、夏の太陽を受けてそこかしこが光っている。
今にも欄干から転げ落ちそうなほど身を乗り出す のTシャツを土方は苦笑しながら握った。
出発の朝、 はいつもと同じ着流しを着て来たのだが、そんなのじゃ暑くてやってられないことを知らない彼女に、土方が渡したものである。
極太の毛筆体で「誠」とデカデカと書かれた白地Tシャツに、カーキ色の短パンと、そして同じく「誠」とプリントされたキャップ。
一体どうやったら手に入るのか、逆に聞いてみたいシロモノではあるが、初めての海にテンションの上がり調子は最高潮の は土方を満面の笑みで振り返る。

「すっげー、海ってすごいよ土方さん!」
「わかったわかった・・そこから下に降りられるみてぇだから、お前先行ってろ」
「・・・いいの?」

そんなキラキラした瞳で言われたら、「ダメ」などと言える筈がない。ぱたぱたと忙しない犬の尻尾が見える気がする。
苦笑した土方を肯定の返事だと受け取った が、「やっりー!」と歓喜の声を上げて海に走っていく。

「・・連れてきてよかったな、トシ」
「ああ・・・・・近藤さん、行きたいんならアンタももう行っててい「やったー!」

土方の台詞が終わるより早く、ふんどし一丁になって海へと駆け出していく局長を見て、
土方は手元の携帯から「From A navi −転職支援サイト−」とへ思わずアクセスしていた。


寄せてはかえす波を蹴りあげ、ビーチサンダルを海に浸して一人海と遊ぶ に鼻腔をくすぐったのは焼けたソースの匂い。
これはたしか焼きそばの匂いなのだけれど、海を目の前にして嗅いだこの匂いはどうしてこんなに胃袋を刺激するのか。
一人で行っていいものか、 は道路を見上げる。
マイクロバスの周囲は隊士たちが群れ、アレ運べだのお前これ持っていけ、などとここからでも聞こえる土方の指示でがやがやしているらしい。
どう見てもここに降りてくるまでに時間が掛かるようで、 は好奇心に勝てなかった。

匂いのする方向へ走る。濡れた素足とビーチサンダルに纏わり付く砂がじゃりじゃりと気持ち悪い。
わざと波打ち際を走れば、 が波に足を踏み入れるたびに白く泡立った。
じゃりじゃりした気持ち悪さも、白い波の綺麗さも、なんだかもう酷く楽しい。 のテンションはひたすら上がる。
「海の家」と看板の掲げられた屋台と呼ぶにはしっかりした、けれど常設とも思えないつくりのお店のまえで は首を傾げた。
なぜなら―――店の出入り口のところで、やけに見知った白い巨大犬がのんびりと欠伸なんかしているから。

「・・・・定春、だよな」
「あーっ! やっと 見つけたネ!!」

ハッとして顔を向けたほうから、予想通りの人物が走ってくる。
驚きに目を丸くした に構うことなくその人物は地面を蹴って に抱きつき、砂浜に押し倒した。

、驚いたアルか?」
「あ、当たり前だろ!? なんで神楽がこんなところに・・ってか、神楽がここにいるってことはもしかして・・」
「おー、随分とひっでぇTシャツ着てんなァ

いや、あんたに言われたくないよ、という台詞を はゴクリと飲み込んだ。
“ビーチの侍”とかかれた白地Tシャツに、膝丈まであるハーフパンツ。
麦藁帽子をかぶって首にタオルを巻いた、決して人の服装に口を出せる格好ではない銀時が、後ろに新八を伴って歩いてくる。
口にくわえた棒アイス(所によりチューペット)は見慣れたものなのに、どうしてだかものすごく美味しそうに見える。

「なんで銀さんたちがこんなとこいんの? 仕事入ってるって言ってなかったっけ?」
「仕事だよ。そこの海の家、人手足りてねぇらしいからその手伝い」

銀時のこの言葉は半分本当で、半分嘘である。
沖田に誘われ、慰安旅行についていくことを即決したその日、 は早速そのことを銀時らに話すつもりでいた。
前もって話を通しておかないと、いい顔をされないことは にも明らかだったからである。
けれど「旦那たちにはナイショにしといてくだせぇ。言ったらきっと”俺たちも連れていけ“だの”認めねぇ“だのって話になるだろィ?」という見事ともいえる沖田の推察により、
ギリギリもギリギリ・・・当日の朝になって、 は銀時らにこの旅行のことを伝えた。
朝からやいのやいの言われることを相当覚悟して口にしたのだが、
「あ、そーなの? まぁ俺らも仕事入ってるし・・楽しんでこい」と至極大人な対応で見送られ、気持ち悪いのは である。
スムーズにことが運ぶのは歓迎したいが、ことが万事屋だと気持ち悪くて仕方ない。
「今日、どーしたんだよ・・?」と思わず聞き返したくなったが、差し迫った時間はそれを許してくれなかった。

そして、この海での再会である。
にしてみればわからないことだらけだが、事の真相はやはりあのS王子が噛んでいる。
彼は に口止めしたにも関わらず、その日の夜に万事屋に一本の電話を入れた。

「あ、旦那ですかィ? 沖田でさァ・・・伝えたいことがありやして。
 今週の土日、 借りていきまさァ・・・あ? どーゆーことかって? 慰安旅行でさァ、真撰組の。
  も指南役って役職についてるんで、一緒に行くことになりやした。・・勝手に決めてんじゃねーよ、って言われやしても・・ にはもう話をつけてあるんで。
 ・・んですかィ、旦那。そんな大声で怒鳴らなくたって聞こえまさァ、最近耳の遠くなった土方のヤローじゃあるまいし。海でさァ、海。海でパーッと遊んできまさァ。
 じゃあ旦那たちには悪ぃけど、楽しませてもらうんで。じゃ」

この電話が、万事屋3人の嫉妬心やら羨望やら「俺らだって海行って遊びてぇよコノヤロー」心に火をつけた。
その海辺での仕事を3人が目を皿のようにして探し、見つけた海の家のバイトに急遽応募したのである。
仕事が入った、というより自発的に仕事を入れたことになる。
実に健全な仕事の入れ方ではあるが、万事屋では非常に珍しい光景だ。
駄々をこねて についていく、という方法を取らなかったのは”もうこれ以上呆れられたくない“という切実な思いの結果だった。
そして某S王子は、万事屋がこういう手段に出ることを既に見越して電話したのである。
策士、という言葉は彼のためにあるに違いない。

「おい、 ! お前勝手にどっか行ってんじゃねーぞコラ・・・って、なんでこんなとこにテメェらがいんだよ」
「海に俺らがいちゃいけないとでも言いたいんですかー、何様ですかー、マヨラーのくせに何様ですかー多串くん」
そうだそうだ、死ね土方コノヤロー
「マヨラーをバカにすんじゃねーよ、コラァアア! つーか総悟、テメェ聞こえてんぞ!」

走ってくる土方と沖田は、 が見ないうちに着替えたらしい。
銀時の穿いているようなハーフパンツ型ではなく、最近よく見かけるようになった競泳用のピッチリした黒地の海パンを土方は身につけている。
上には鮮やかな色のアロハシャツを着ており、よくよく目を凝らして見ればそれはマヨネーズ柄。
そんなもの一体どうやって手に入れたんだ、と知りたいような知りたくないような思いに駆られてしまう。
そして極めつけに黒いサングラスをかけていて―――もしこれが土方じゃなかったら、きっと変質者として通報されていただろうと に思わせるいでたちである。
「キャー!」という声が遠くから聞こえてきて思わず「大丈夫です、この人こんな格好してますけど一応警察なんで!」と土方の代わりに弁解しそうになった だが、
その「キャー!」が「ちょ、あの人マジかっこよくない!? なんかスゴイ格好してるけど、でもすっごいカッコよくない!?」という「キャー!」で は密かに胸をなでおろす。

早速、対神楽の臨戦態勢に入ろうとしている沖田はいろんな意味で犯罪的な土方の穿いているような海パンではなく、
銀時と同じようなハーフパンツ型のものである―――が、柄がすごかった。
左足の部分に極太毛筆体で「大和魂」。黒地一色の海パンに、白く書かれた「大和魂」。嫌でも目に入る「大和魂」。
確かに沖田のほうに変質者的なにおいは感じないが、それでも は言葉を飲み込んでしまう。
「どうしてそれなんだ」と思う半面で、他のどんなものより似合いすぎている気がする。
土方とは違い、アロハシャツなどを着ていない沖田は上半身を太陽の光に晒しているが、肩の辺りなどが既にじんわり赤くなっているような気がして は声をかけた。

「総悟、お前大丈夫? なんかもう赤くなってねぇ?」
「げ、マジ? もうですかィ?」

ぽん、と沖田の肩を軽く叩いてやると、彼はヒクッと頬を引きつらせた。

「なんかしといたほうがいいんじゃね? 明日とか大変なことになりそうだけど」
「あー・・・じゃあ 、悪ぃけど日焼け止め塗ってもらいやせんかィ?」
「ん、いーよ」
「「ちょっと待てコラァアア!」」

沖田の目論みは銀時と土方によって阻止された。


+ + + + +    + + + + +


「「―――ハイ、じゃあこれより
 “青い空 白い雲 そして広がる大海原・・・さァこの大一番を制するのは一体誰だ!? 第1回 ビーチフラッグ大会”を開催いたしまーっす!」」

スクール水着着用の山崎と、Tシャツに短パン姿の新八の司会の下
「青い空 白い雲 そして広がる大海原・・・さァこの大一番を制するのは一体誰だ!? 第1回 ビーチフラッグ大会」は始められた。
突然一体なんなんだ、と思われた方も多数存在するとは思われるが、彼らの時間軸では決して突然なことではない。
万事屋と真撰組がばったり出くわして一悶着あった後、 を取り合って起こるベタな戦いに終止符を打つべく、
「青い空 白い雲 そして広がる大海原・・・さァこの大一番を制するのは一体誰だ!? 第1回 ビーチフラッグ大会」が発案される―――
というゴタゴタは、それを活字で表現する上ですでに5000字を超えてしまった筆者が
「このままいくと、番外編みたいな扱いできなくなる・・・ってゆーか終わりが見えない!」と恐怖した結果、割愛されてしまっただけの話である。
だから決して、突然の話ではない。

「ルールは簡単! 20m先のこのフラッグを一番最初に掴んで、“獲ったどー!!”といった人の優勝となり、その人には丸一日のオフが与えられます!」

おぉお!、と隊士たちがどよめく隣で、銀時と神楽の二人が不満そうな表情をあらわにする。

「俺らが優勝したらどーなんだよ?」
「そうアル! ワタシたちなんて、年がら年中オフと大差ないネ!」
「万事屋サイドが優勝した場合には、 さんにオフが与えられます! これじゃだめですか?」
「のった」「のったアル」
「そして、大きな声では言えませんが、これに優勝した方には さんを丸一日独占する権利が与えられます!

元々この大会が開かれることになったのは を取り合っての結果であるから、彼女自身が裏賞品とされるのは当然である。
そしてこの発言がされたとき、 は都合よく定春と遊んでいて聞いていない。

「じゃあ、参加する人はこの線を足が越えないよう、頭を反対側にしてうつ伏せになってください」

参加者は海に近いほう・・・大会の本部席に一番遠い人から土方・銀時・沖田・神楽の順である。
バチバチと火花を散らす参加者たちと、まさか自分が賞品になっているなどとは足の小指の爪ほども思っていない
圧倒的な温度差が1mmたりとも埋まらないまま・・・・開始のホイッスルが鳴り響く!

素晴らしい反射神経で、4人は同時に砂浜の上に起き上がりそして走り出す。
最初にリードをとったのは流石というべきか、神楽である。

「このまま逃げ切ってやるネ!」

頭一つ分飛び出した神楽がフラッグを見据えた瞬間、「そうはさせませんぜ」という声が彼女の耳に届き、そして続くはバズーカの発射音。
ドォン、という腹に響く音が当たりに響き渡る。
しかし唖然とする観客の耳にはすぐさま、マシンガンのような連続する発射音が―――

「チッ、やっぱあの程度じゃダメかィ」
「当たり前ネ! あんなものでワタシがやられるわけないアル!」

巻き起こる粉塵。
それを隠れ蓑に、今のうちに一気に勝負を決めようと一歩を踏み込んだ銀時だが、右隣から発せられる殺気に対して反射的に木刀を構える。
ガキィン・・! と尾を引く音が耳をつんざく。

「ちょっとちょっと多串くーん、邪魔しないでくれるー?」
「うっせぇ、テメェが俺の邪魔してんだろーが。引っ込んでろ白髪ヤロー」
「多串くんがケガしないよーに、俺としちゃあ気ィ使ったつもりなんだけど?」
「余計なお世話だ。その台詞そっくりそのまま、お前に返してやらァ」

それぞれの死闘を実況するのは筆者の義務であり責任だが、終わりが見えないのではやりここでは割愛する。
そんなこんなで、銀時は食い下がる土方を振り切り、フラッグの下へと猛ダッシュをかける。
このとき最早フラッグのことなど頭の中からすっかり抜け落ちている沖田と神楽が、フラッグまであと2mと迫った銀時にようやく気が付いたときには時既に遅し。
銀時は滑り込むように、強く砂浜を蹴った!

「もらったァアアア!」

銀時の手がフラッグに触れたその時。

「うわ・・・ッ!!」
「!?  さん・・・ッ!!」

突然の叫び声に視線をつられた多くの人の目にはいったのは、桟橋から綺麗な弧の形を描いて海へと落ちていく の姿だった。


+ + + + +    + + + + +


がその小さな悲鳴に気が付いたのはちょうど、
「青い空 白い雲 そして広がる大海原・・・さァこの大一番を制するのは誰だ!? 第1回ビーチフラッグ大会」の参加者たちが
互いに激しい火花を散らしながら砂浜の上にうつ伏せたときだった。

「ちょっとやめてくださいっ! 本当に困ります!」
「いーじゃーん、どーせ女の子3人だけなんだろ? 俺らも3人だしさァ・・・一緒に楽しもーよ」

ベタベタである。
明らかにガラも頭の中身も悪そうな男3人が、突如はじまったビーチフラッグ大会を見ようと集まった女の子のグループにかなり無理やりなナンパをしかけている。
男たちの方は昼間だというのに酒が入っているらしく、へらへらとタダでさえしまりのない面を更にだらしなくしている。
猥褻物陳列罪でしょっぴいてやろうかと は本気で考えつつ、
けれど今は桟橋に追い詰められて背後を海に囲まれてしまった女の子たちに救いの手を差し伸べようと腰を上げた。

「なァ、いーじゃんかよー。俺らと一緒に遊ぼーぜ」
「オニーサンたち、どーせなら俺と遊ぼうよ」

がそう気だるげに声をかけたとき、背後で高らかなホイッスルの音が響いた。ビーチフラッグ対決の火蓋が切って落とされたらしい。
ちょっと見たかったのに、と は表情を不満気にゆがめる。

「ぁあ? なんだテメーはよ」
「嫌がってんじゃん。鏡見てから出直せよ」
「んだとテメェ・・ケンカ売ってんのか!?」
「そのつもりだけど?」

挑発的に が嗤う。
ただでさえ切れやすそうな青筋を浮き上がらせた不良Aは に拳を振り下ろした。
が、それをすいと避けた は、間髪いれずその腕を背中に背負い込み、まるでお手本のような背負い投げを決めた。
ここが柔道場でしかもちゃんと受身を取ればなんともないだろうが、ここはコンクリートで固められた桟橋。
しかも自分よりはるかに小柄な少年に背負い投げを決められるなんて予想だにしていなかったのだろう、不良Aはコンクリの上に叩きつけられ苦悶の呻きを漏らす。

「・・・まだまだこれからだろ。かかってこいよ」

それから始まるのは不良ABC 対 という頭数の揃わないケンカである。
はるかにがたいのいい男3人が、たった1人の少年にいいようにもてあそばれている、なんとも絵にならないケンカ。
しかもそのケンカの主導権を握って放さない少年は、実際のところ少女であるのだから情けない。
不良Cの鳩尾に膝蹴りをかました の耳に飛び込んでくるのはバズーカやマシンガンの発射音。実に向こうは楽しそうである。
「いいなー、楽しそうだなー、俺も参加すればよかったかなー」などと不良Bの向こう脛を力いっぱい蹴り飛ばしながら は思うが、裏賞品である彼女に参加資格はない。
山崎と新八に力いっぱい止められること間違いなしだ。

「て、てめぇそれ以上動くな・・・! 動けばこいつらに傷つけるぞ!?」
「あーもー次はなんだよ・・・」

声の主、不良Aはいったいどこから取り出したのやら、女の子たちにナイフを突きつけている。
不快そうに眉をひそめ、男たちを睨みつける視線は鋭くなったものの、動きが止まった
そして は不良Bによる突進をもろに受け―――ドンッ、と肺の空気が無理やり押し出される感覚に呼吸を忘れ、 の体が引力から自由になったその次の瞬間。
は背中から海に飲み込まれた。

その光景に驚愕したのはのんきにビーチフラッグ大会を楽しんでいた面々である。
裏とはいえ賞品である が大会本部席にいないことにも驚きだが、どうして彼女があんなことになるのか。

・・・ッ!」

一目散に海へと駆け出したのは、海により近かった銀時と土方。
が沈んですぐに海に入ったといえどそこそこの距離がある。
それこそ が海面に浮上してくるだけの時間はあっただろうに、彼女の姿が見えなくなったポイントにその様子はない。
もしかして、という嫌な予感が銀時と土方の頭をほぼ同時に駆け抜ける。
だとしたら、時間がこれ以上経つのはまずい。息が続かなくなることもそうだが、水を飲み込んでどんどん沈んでいかれたら追いつけなくなる。
一瞬見交わした二人の目は、同じことを語っていた。

「チッ・・遅れんじゃねーぞ」
「テメェもな」

明るい夏の海でよかった。
強い太陽の日差しのおかげで海の中は大層明るく、これなら の姿を見つけることもそう難しくはないはずだ。
あとはただ、時間との勝負である。

「「(―――・・ッ、いた!)」」

目を閉じている にそのつもりはないのだろうが、まるで助けを求めるように差し出された手を銀時と土方はほぼ同時に捉えた。
ぐい、と引き上げた彼女は海に弄ばれる海藻のようにぐったりと力がない。
どうして が、と逸る気持ちを押さえて二人は海中でもう一度目を見交わし、空を目指す。


「銀さん!  さんは・・?」
「・・問題ねぇ、大丈夫だよ。ただ今はちょっと眠っちまってるけど」
「山崎、あいつら・・・あの桟橋に一緒にいたやつら、どうした?」
「それなら、沖田隊長と神楽ちゃんが半殺しにしてます」

けほ・・・ッ、と横たえられた砂浜の上で が咳き込む。
心配そうに見つめる4対の視線の中心で、 はぼうっとした目を彼らに向けた。

「・・・あれ、俺・・・?」
「大丈夫か、 。なんか苦しい感じとか、痛いとことかねェか?」
「あ、うん・・大丈夫。なんかちょっと気持ち悪ぃけど」
「・・そっか、よかった・・・・・」

頬に触れてきた銀時の手がやけに熱い気がして、 は首を傾げる。
心配を通り越して、痛みすら感じさせる銀時の目に はどうしてだかひどく安堵した。
今頬に触れている手をそのままに眠れたらきっと、最高の夢を見るに違いない。
と、くしゃりと髪に絡められた手に は視線を上げる。
土方は何も言わない。けれど触れている手が、注がれる視線がどれだけ自分を心配していたかを切々と語る。

「・・あの、俺・・ゴメン・・・」
「ナニ、謝らなきゃならねェよーなことしたの? お前」
「心配、させたから」
「違ェだろ、そういうときに言うのは」
「・・・ありがとう」

のその言葉にニッと二人が笑う。 も銀時と土方を見返して、はにかんだように笑った。
自分のことを心配してくれる人がいる。それはまるで心に灯がともったように暖かい。

「(・・オーイオイオイ、ちょ・・今の笑顔は反則だろォ。やーべー、めっさ可愛い。ツボはいったー!)」
「(うお・・ッ! 無意識か? コイツまた無意識でそーゆーことしてんのか!? まったくコイツはほんと・・)」

銀時と土方の心の叫びなど が知るはずもない。
遠くから呼びかけられる声に が振り返ったとき、わずかに浴びた返り血をそのままにした妖怪祭囃子が激走してくる。
そんなはずはないのに、反射的に は命の危険すら考えてしまう。

ーッ! 大丈夫アルか!? おかしいところとかないアルか!?」
「ん、もう大丈夫」
「本当ですかィ? 顔色、悪くありやせんか?」

突然、フッと の視界が暗くなった。「あれ、」と思うより早く、額に感じるコツンという衝撃。
ぼけーっとした頭では、今の状態を認識するのがなぜだか酷く遅い。
ただわかるのは の視界は今、沖田に埋め尽くされていて、鼻の頭がごっつんこするくらい近くて―――そしてそれが、全然嫌ではないということ。

「・・熱は別に、ねェみたいですがねィ」
「熱なんかないって。全然問題ないよ」
「それならいいけどねィ・・・油断しちゃ、ダメだろィ? 一瞬、肝が冷えやしたぜ」
「・・・・ごめん、ありがと」
「わかってるんなら、いいでさァ」

ぽんぽん、と軽く頭を叩かれながら。 は沖田と笑みを交わす。

「ちょーどいいんで、このままちゅーしちまいや「はーいはいはい、もう離れてくれる!? 熱がねぇことはわかったんだろーが!」

二人の間に手のひらを差し込み、沖田の頭を掴んで力任せに後ろに放ったのは銀時。
ごろごろと沖田が砂浜の上を転がる。

「なにすんですかィ、旦那。俺ァただ人工呼吸しようとしただけですぜ?」
「普通に息できてる人間に人工呼吸なんて必要あるかァアアア! 大体 、お前もとっとと離れなさい! 額と額をくっつけたまま普通に会話してんじゃねーよ!」
「え、うん?」
「やめとけ、 お前マジで。うつるから、Sがうつるから総悟とだけは絶対やめとけ」
「死んでくんねーかな、頼むから土方死んでくんねーかな」

はふと空に目をやり、そして不意に口を閉ざした。
突然押し黙ってしまった を訝った彼らが、つられるように空に目を移すと―――それはまるで、誰かがペンキをこぼしたかのように鮮やかなオレンジ色。
いろんな色を空からこぼして、何度も何度も重ねて色をつけて、そうして最後にオレンジ色を流したような――なんとも複雑で、けれど目を奪われずにはいられない色。

「・・もう夕方になっちゃいましたね」
「ほんとアルなー。思ったより遊んでないアル」
「・・てかさ、銀さんたちはバイトしにきたんじゃねーの?」
「細かいこと気にしてんじゃねーよ、
「・・山崎、近藤さんどこ行った?」
「局長なら沖に遠泳に出てまだ戻ってきてません」
「・・・・・帰るか」
「あれ、日帰りなの? 一泊二日なんじゃなかったっけ?」
「ページの都合上仕方ねぇんでさァ」

こうして の初めての海は終わりを告げる。
一日中バイトをさぼっていた万事屋3人が即クビをくらったり、疲れ果てた が帰りのマイクロバスの中、土方の肩にもたれかかって熟睡してしまったり、
やっぱりひどい日焼けをした沖田は次の日背中を真っ赤に腫らしていたりしたけれど、とても楽しい旅行になりました。(あれ、作文?)







西の東雲さまフリー夢。
6月1日のチャットでネタを出し合い、収拾つかないかと見えたアレをまとめられる
彩斗さんの手にはやはり神がかり的な何かが乗り移っている模様。
さーて、夏人が出したネタはどれでしょう!
勝手に持ってっちゃダメですよ!
07.06.04