昼休みの学校はどこもかしこも騒がしいのに、やはり学校という伊達に広いわけではない。
どこかしらに喧騒から切り離されたスポットのような空間もある。
その1つに呼び出された俺は、見ず知らずの女から告白を受けていた。
「あの、私3−2の鈴木ミナって言います。あの、私、1年の時からずっと、その、沖田君の事が、す、好きでした!」
「あースズキさんねェ。また平凡な苗字をお持ちで」
「え・・・・・・あ、あの、それで、その、良かったら私と付き合ってもらえませんか!」
鈴木という日本で1位2位を争う平凡な苗字の持ち主は、これまた使い古された言葉で、聞き飽きた台詞を吐いてきた。
それに俺は決まって「誰とも付き合う気は無い」と一言返すだけで済ませていた。
「悪ィ、俺付き合ってるヤツいるから」
そう俺の返事が変わったのは、つい最近の事。
***
ゴールデンウィーク初日。
剣道部は休みなんて関係なく活動しているから今日も渋々登校だ。
サボってやろうかとも思ったが、習慣とは恐ろしいもので、いつもの朝練よりは遅く始まる練習にはばっちり間に合う時間に目が覚めてしまった。さらに土方が迎えに来てしまったからもうどうしようもない。
練習が終わり、かぎ当番だったらしい俺は職員室へと向かわされた。
朝、当番としては遅刻した俺は連休中の当番を命ぜられてしまった。
ったく、どうせ迎えに来るなら間に合うように来いってんだ土方のバカヤロー。
「しつれーしまーす」
休日の職員室は、普段の賑わいからは想像できないほど閑散としている。
勝手知ったるなんとやら。
かぎ箱に部室の鍵を掛け、持ち出し表に名前を記入する。
3−Z 沖田 と雑に書きなぐり、さっさと家路に着こうと振り向いた時、今日の日直の先生が目に入った。
「あれー、銀八じゃん」
「こらー沖田ー。先生と呼べー」
国語教師の癖に白衣を着て、口には咥えタバコ。
ぼさぼさの天パに死んだような目。
およそ尊敬すべきところなど校長の頭髪ほども無いこの教師は、幸か不幸かうちの担任だ。
「部活ー?」
「カギ当番っす。先生ーアイス奢ってー」
「俺は職員室を守るという重大な使命を背負っているからここから出られない!よってアイスも奢れない!」
「じゃ、金くれ。諭吉は可哀想だから一葉で我慢してやらァ」
「何ソレ、新手の恐喝!?」
出口に向かう途中、銀八と汚く積み上げられた教材に埋もれるようにして見覚えの無い女子生徒が見えた。
優等生の代名詞のような野暮ったいおさげを両肩に垂らし、やや俯き加減な顔にはメタリックブルーのメガネ。顔は影になっていて良く見えない。職員室だというのに、手に小型ゲーム機を持ち、口からは白い棒が覗いている。
明らかに銀八に用がある位置。
だというのに頭上で交わされる会話に一度も顔を上げない。
変な女。
「しつれーしやしたー」
あれは多分ぺろぺろキャンディーだ。
ん?レロレロキャンディーだったかな?
まあどうでもいいや。
そういえば、銀八の咥えてたのもタバコじゃなくてぺろぺろ(レロレロ?)キャンディだったのかも。
チャリをこぎながら、ヘビースモーカーの銀八しかいなかった職員室にタバコの臭いがしなかった事に気が付いた。
***
翌日、用があって教室によると、先客がいた。
昨日銀八の所にいた女だ。
思わず扉の上に掲げられた3−Zという表札を確認する。
こんな女クラスにいたっけ?
見知らぬ女は最後列、窓から3番目の席に座り、何かのプリントを解いているようだ。
やっぱり顔は伏せたまま。
そういえば、誰も座っていない席があった。主のいない席は1月ほど教室の真ん中に空白を作り、先ほど行われた席替えの時後ろへ追い遣られた。
どうせなら教卓の目の前を空席にすればよかったんだ。
アリーナ席なんて誰も座りたがらない。
女は俺が教室に入っていっても俯いたままだった。特に気配を殺したりしているわけではないというのに。
用があるロッカーは教室の後ろ、それも彼女の真後ろに俺のロッカーはある。
別に無視して用だけ済ませて立ち去れば良かったのに、なぜか俺は彼女に声を掛けていた。
「よォ、ハジメマシテ?」
俺の声に彼女は驚いた様子も無く、ゆっくりと顔を上げた。
「はじめまして」
そして返された声は、クラスの女ども(チャイナとか志村姉とかキャサリンとか)とは似ても似つかない、落ち着いた響き。
「アンタ、ここのクラスの人?」
「ええ、キミも?」
まっすぐガラス越しに見つめてくる目は深い深い闇色。
なんていったけ、あの宝石。
オ・・・オニオン?いや、オニキスだ。
「初めて見る顔だよなァ・・・・・・転入生?」
「いいえ、1年生の時から銀校生よ」
俺は1年の時からZ組だった。
掃き溜めと呼ばれるZ組。
1年の時も、2年の時も、こんな生徒はいなかったハズ。
「アンタ、名前は?」
「普通、先に名乗るものじゃないの?」
瞳は俺に固定したまま、ことんと首を傾げる仕草がゆっくりで、人形のようだった。
「沖田、沖田総悟でさァ」
普通なら癇に障るような台詞と仕草。
だが気が付いたら名乗っていた。
「、です」