やっぱり聞いたことのない名前だった。

 Z組はほとんど固定メンバーで、周りがクラス替えで盛り上がっている時も数人出入りがあるだけ。それは片手で数えられるくらいで。お陰でそれなりに仲の良いクラスメイト達の会話の中にも「」なんて名前は出て来た事が無かった。


 ゴールデンウィーク3日目。
 今日もカギ当番な俺は部活終了後、鍵を返しに職員室に向かった。


「しつれーしまーす」


 ガラッと扉を開けた瞬間、無意識に目が銀八の机へ向かう。
 そしてそこに誰もいないことに少なからず落胆した。
 銀八に会いたいわけじゃない。
 3年間、Z組。つまり3年間銀八のクラスだったわけだ。

 じゃあ誰に?
 ああ、俺はあの女に会いたかったのか。
 いやそんなバカな。

 たった2度顔を合わせたばかりの見慣れないクラスメートに、なぜ会いたいと思ってしまうのか。突き詰めて考えると不愉快な結論が出そうな気がして、俺は無理やり思考を中断した。
 そして鍵を定位置に戻し、退出しようとした時、扉がひとりでに開いた。


「あ」

「・・・・・・」


 廊下から引き戸になっている職員室の扉を引いたのはだった。
 直前まで考えていたヤツがいきなり現れて、俺は間抜けにも固まる。
 しかしはそんな俺を一瞥すると、邪魔だといわんばかりに俺を迂回して中に入ろうとした。


「・・・・・・何?」


 気が付いたら、すれ違う彼女の手を掴んでいた。
 細い手首。
 羽織ったカーディガン越しにも、掴んだ指がさらに余った。


「シカトはねェだろ」

「・・・・・・ああ、こんにちは」

「あのなァ・・・・・・」


 「シカトはねェだろ」とか言いつつ、なら「こんにちは」はアリなのか。
 それも何か違う。
 ならなんて言って欲しかったのか。
 そうこうしていると、奥の休憩室(別名タバコ室)から見慣れた白衣姿の天パが出てきた。


「なぁに〜お2人さん、いつの間に仲良しになったの?」


 オヤジの様な台詞を携えて。


「別に、仲良くなっていませんけど?」

「まぁたそんな事言っちゃって〜、手まで繋いじゃってるくせに〜」

「これは掴まれているだけです」


 冷やかしモードに突入した銀八は不愉快な事この上ない。
 淡々と否定するにもムカつく。

 なんだこれ。

 掴んだ手を見下ろし自問自答。
 その間に、はもう片方の手に持っていたプリントを差し出していた。


「プリント、終わりましたけど」

「おーごくろうさん。はい、ご褒美」


 そういってポケットから棒つきキャンディーを取り出した。
 ご褒美って、補習にご褒美?


「どうも―――明日は来なくて良いんですよね」

「ああ、次は月曜だな。ちゃんと来いよ」

「考えておきます」

「いやいや学生は考えるまでも無く登校しなさいよ」

「・・・・・・失礼します」


 銀八に別れを告げると、は俺に目もくれず出口に向かう。
 くんっと軽い衝撃が走り、そういえば腕を掴んだままだったことを思い出した。
 ていうか、掴まれたまま歩き出そうとしたのかこの女。


「・・・・・・離して貰えますか?」

「あー悪ィ・・・・・・」


 促され、パッと手を解くと、やはり俺には無関心なまま今度こそ職員室を後にした。


「何でィあの女」

ちゃん、クラスメートの名前くらい知ってなさいよ」

「昨日知りやした」

「へ?あの子と話したの?」

「教室で。あんなヤツうちのクラスにいやしたっけ?」

「あーあれだ、あの子登校拒否だから」

「へー、そりゃ面倒な生徒押し付けられやしたねェ」


 おいおい。そんな簡単に生徒の話をばらしちゃっていいのかよ。


「まーねぇ・・・・・・それさえなきゃ優秀な子なんだけどね〜」

「へー。ま、俺には関係ありやせんけどね」



 そうだ、関係ない。
 ただちょっとその態度が気に食わなかっただけ。
 登校拒否ならもう会うことも無いだろう。
 俺はサボり魔だし、彼女も月曜からの登校には消極的だったし。


「知ってみれば面白い子だよ。気が合うんじゃない?」

後書戯言
まだ仲良く無い感じ。
07.01.26
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