当然というべきだろうか。
翌日、やはり春祈は登校しなかった。
昨日、言いたいことだけ言い放った高杉は同席していた俺には目もくれずさっさと踵を返して出て行った。
あの後場に落ちた沈黙をどう表現しよう。
俺はただ、3年間ほとんど交流も無かったクラスメートと、今年初めて同じクラスになり、図らずしも数日前からコイビト同士になった彼女とのつながりが見えず呆然としていたし、春祈は春祈で青い顔をして立ち竦んでいるばかりだった。
俺が正気に戻るより前に、今日はもう帰ってくれと追い出され、結局夕食をご馳走になることはできなかった。
別にそこまで一条家の夕食に招かれたかったわけではないし、そもそもあれは春祈の母親に強引に決められたことだったからいいとしよう。
しかし後になって、高杉のあの不愉快な言葉がぐるぐると思い出される。
―――なんだァ、春祈。新しい男か?
―――どうやって引っ掛けたんだ?
―――今度は何日続くか見物だな
まるで春祈の男関係を把握しつくしている様な言葉。
高杉とは3年間同じクラスだった。
そんな俺を一瞥しただけでシカトした高杉にも、高杉の言葉に何も言い返さず俺への説明もなく家に引き篭もる春祈にも、無性に腹が立った。
3度目になればもう見慣れた家の門。
さすがにここまでデカイ家になると、中で人が動いていてもその気配は届かない。
3度のチャイムに無反応が返ってきて、4度目は携帯のリダイアルを押すことにした。
呼び出し音を10回数えると、留守番サービスセンターへ繋がった。
いないのか、シカトされているのか、懲りずにメールを送ろうと画面へ意識をやったとき、頭上でかすかに音がした。
反射的に顔を上げると、先ほどまで閉じられていたカーテンが半分開き、携帯を片手に、部屋の主がぼうっと立ちすくんでいた。
つまり、春祈が。
遠目に、表情までは分からない。
だけど、多分驚いているのだと思った。
せっかく顔を出した春祈が逃げる前に、視線を合わせたまま、再度リダイアルを操作した。
(早く出ろ)
もういるのはバレているんだ。
これで出てくれなかったら、それは完全な拒絶だ。
呼び出し音は続くことなく、プツっと途切れて沈黙が始まった。
「もしもし?――――――春祈?」
「・・・・・・なんで?」
「なんで、じゃねェよ。何居留守使ってんでィ」
「・・・・・・私に、用がある人なんて、こないから」
「俺が来ただろィ。開けてくだせェよ」
「無理」
「・・・・・・」
聞こえてくる声は小さくて、携帯に耳を押し付けても聞き逃してしまいそうで。
それなのに、「無理」の一言だけははっきりと聞こえた。
「何、しに、来たの」
「彼女が連絡もなく学校休んでんですぜ?様子見に来て悪ィかよ」
「・・・・・・彼女?」
「おい―――あっ、春祈!」
不穏な疑問を口にしたかと思えば、春祈はサッと身を翻して部屋の奥へ消えてしまった。
なぜ「彼女?」と疑問系なのか。
俺は別れ話なんてした覚えはない。
繋がったままの携帯に何度も呼びかけるが、答えはない。
だけど何かバタバタと騒がしい音がして、それが電話越しではなく、直に聞こえるようになったかと思うと、なんとなく向かい合っていた玄関の扉が勢いよく開いた。
「昨日」
飛び出してきた春祈は、自称運動音痴の名に恥じず、おそらく階段を駆け下りただけで息を切らしていた。弾む息を無理やり飲み込み、ようやく発した言葉は意味がある言葉とは思えない。
「昨日、会ったよね?」
「お前ェ、その年で痴呆ですかィ?」
「違う」
妙にキッパリと、荒い息の元、断言する。
「晋・・・・・・高杉と」
「ああ。会いやしたねィ」
「なら、もういいよ」
「は?」
おそらく、「晋助」と言いかけたのだろう。一瞬考え、名字で言い直し、そしてなにがもういいのか分からない。
全く話の流れが読めない俺に、春祈は妙にすっきりした顔で続けた。
「今まで晋助に会った人、みんな別れてくれって言ってた。だからもういいよ」
そして今度は「高杉」と言い直さなかった。