「お妙さんがさぁ、ハーゲンダッツのさぁ、ど、どり、どるちぇ?とか言うさぁ、限定のヤツ500個持ってきたら隣に座ってくれるって言うんだけどさぁ」
「ああ」
「その、ど、どろり、ちえ?ってヤツ、期間限定なもんだからもうどこにも置いて無くってさぁ」
「ああ」
「製造元まで問い合わせたんだけどやっぱりなくってさぁ」
「ああ」
「これってアレかなぁ。巷で聞く『恋の試練』ってヤツだよね!用意出来ないと月に帰っちゃう的な・・・・・・うわっ、どうしよう!お妙さんが月にっ!」
「ああ」
「ちょっ、トシ!?さっきから『ああ』しか言ってくんないけど聞いてくれてる?」
「ああ」
「トシィィイ!?」
近藤さんの妄想話を聞くともなしに聞き流し、適当に相づちを打ちながら、箱から出し、くわえたばかりのタバコに火を点けようと袂を探ると、そこに目的の感触は見つけられなかった。念のため逆の袖、懐、と小物が入りそうな所を探るが、やはり空振り。
愛用のライターが紛失したらしいことに思い当たり、思わず舌打つ。
ライターを無くしたことはもちろん、このままでは、部屋に戻らなければ火が無い。すなわちタバコが吸えない。
「ああ、昨日のお妙さん。まさしくかぐや姫の様だったなぁ」
それはおそらく昨日が満月だったからだろうが、そんなことはこの人には関係ない。もちろん、俺にも。
「月にもハーゲンダッツあるのかな・・・・・・あれ?おーいちゃーん?」
てっきり自分の世界に浸かってしまっていると思っていた近藤さんが、目ざとく廊下の端から顔を覗かせる小さい影に気がついた。こっちこっちと手招く先には先日総悟が拾ってきた幼子。人見知りが激しいのか、それとも総悟に育てられているからか、ほとんど俺の側には寄ってこない。子供はじっ、と声もなく、まばたきも控え目に辛抱強く呼び掛ける近藤さんを見据えている。その近藤さんの何度目かの「大丈夫、怖くない」といったニュアンスの言葉に、ようやく子供は壁の影から体を離した。
「どうしたのかなぁ?総悟ならここにはいないぞ?」
とてとて、と足音をさせ近寄ってきた子供はその問いかけに、ふるふると首を横に振った。
「そーご、そと」
「あ、もしかして近藤さんに会いに来てくれた!?よぉし、何して遊ぼうか?お馬さんごっことか」
そしてなぜか浮かれた調子の近藤さんに、こてっと首を傾げ、「うま・・・・・・?ごりら」となぜか断言する口調で呟いた。
もちろんそれを聞いた近藤さんは落ち込んだ。
「ん?おい、ガキ。お前、その手に持ってるもんは何だ?見せてみろ」
ぎゅっと体の前で握った両の手には非常に見慣れたものが握られていた。
子供の手にも包まれてしまうサイズの、黄色いボディに赤いキャップを持つそれは―――
「あれ?それトシのライターじゃない?」
「ガキ、いつの間に取った。それはおもちゃじゃねぇ。さっさと返せ」
ずいっと手のひらを上に、子供の前に差し出せば、子供はきゅっと唇を噛んで一歩後退る。
「っの、ガキ」
「っ、ガキじゃないもっ!」
「うっせーチビ。さっさとそれを寄越せ」
「取ってないもっ!落ちてたもっ」
そう、囁くような声で、しかししっかり主張し、それっきり子供は黙ってしまった。
無言の睨み合いが続く・・・・・・かに思えたが、そんな空気も次の瞬間、四散した。
「そうかそうか。ちゃん、トシに渡しにきてくれたのか」
そう豪快に笑いながら、豪快に子供の頭を撫でくりまわす近藤さんによって。
「じゃあ、トシにどうぞってしようか」
「・・・・・・そーご、近づいちゃ、ダメって」
何を教えているんだ、あの男は。
「大丈夫大丈夫。ちょっと瞳孔開いてるけど怖くないから」
「どーこーぉ?」
「はい、どうぞーって」
「・・・・・・どう、ぞ」
微妙にかみ合わない会話に、子供の方が渋々と両手、に包まれたライターを差し出してきた。向けたままの手のひらにそっとライターが乗せられると、流れでくわえたままだったタバコに火を点けた。大きく一口吸いこみ、そして肺が空になるまで吐き出すと、依然こちらを見据えたままの子供と目があった。力のこもった唇は少し震えている。
「ほら、トシもお礼言って!」
ばしっと背中を叩かれ、声をかけることに思い至る。ありがとな、と呟き、ついでにその頭を撫でてみると、そのあまりの小ささに驚き、手が止まってしまう。さらにその手の下では突然撫でられた子供が驚き体をちぢこませて固まっていた。
◇
「ひ〜じ〜か〜たぁぁああ」
夜、地獄の蓋でも開いたのかと思うような声と共に、子供の保護者が顔を出した。
「あんたヤニ臭ェ手でに触りやしたね。が汚れるからやめてくだせェって頼んでんのが何でわかんねェかな土方コノヤローバカ死ねマヨ」
「それのどこが頼んでる態度!?てかマヨは悪口じゃねぇからな!?」