かぶき町の一角にある、一軒の小さなスナック。店主の源氏名を看板にしたそこは、決して綺麗とはいえないがまるで実家に戻ったような、それでいて少しいけない空気をまとった建物、その2階。
ワックスなど切れて久しいフローリングに古ぼけたソファとテーブルの応接セット。奥に位置する事務机と合わせて、粗大ゴミ置き場からこっそり持ってきたということはこの部屋が万事屋と名付けられたときからいるここの主(間借り)とその妖精のみが知る。襖を挟んだ和室の畳を最後に換えたのはいつだろうか。妖精の記憶に相棒がそんな大仕事をしていた場面は無いし、第一そんな予算はない。畳に敷かれた布団はこの部屋を借りたときからあったもの。
つまりこの建物の大家さんの持ち物であるからして、一体どんな年代物であるか想像がつかない。少し前から万事屋の従業員になった家政夫兼メガネがマメに干してくれるとはいえ、それでは追いつかないくらいの煎餅布団である。
もう一室、果たしてそこを部屋と呼んでいいか判断に迷うところだが、もう一人の従業員である夜兎の少女の部屋があるのだが、そこはおそらく、世間では押し入れと呼ばれるものだろう。
つまり万事屋というのは本人の生気と建物自体の年齢相応の古さと気だるさを醸し出しているのである。
そんな家の中、一つだけ華やぎを放つ物がある。
夜、万事屋の主人、つまりは坂田銀時が布団を敷く時、そっと枕元に添える小さな籠。中には鍋敷き程度の大きさのふかふかした羽毛布団。丁度頭を乗せると敷かれた布団に眠る人物とT字になるようにコースター程のサイズの枕。
銀時の妖精であるの寝床だ。
家主より段違いに立派なそれは、ちゃんと寝ないと大きくなれないぞと、妖精という生き物を完全に勘違いした主張によって用意されたものだった。妖精は相棒の人間がある程度成長すると自らの成長を止めると言うのに。
肝心のは、こんな贅沢させてくれなくていいから従業員たちに給料のひと月分でもはらってやればと思うのだが、用意されてしまったものは仕方がない。なにより、銀時が自分の為に用意してくれたというだけで、風速を超えられそうな程嬉しいのだ。
今夜もひらひらした寝間着に着替えたを銀時は膝に乗せ、腰を越えるふわふわの銀髪が眠っている間に絡まらないように二束に分け、毛先を結んでやる。長く細い、それでいて量の多い髪は小さな妖精の手では扱いきれない。
「よぉし、終わりましたよ、お姫様」
「ありがとうですわ」
毎晩の会話を交わしながら準備の整った妖精をベッドの上に下ろされる。は整えてもらった髪が崩れないよう、丁寧に素早く布団に潜り込む。それを見届けると銀時は電気を消して自分も床に就く。
妖精の視界の半分に、月明かりに照らされた銀色のふわふわした塊が写り込む。間近に感じるその銀色にほぅと安心して、緩やかに眠気が襲ってくる。
いつものことだ。
どんなに気持ちが高ぶっていても、銀時の気配さえ感じられれば、はいつだって眠りに落ちることが出来るのだ。
「おやすみなさいませ」
「おぅよ」