一度眠りに就いた妖精は多少の物音では目を覚まさない。
例えば、銀時の膝で昼寝中、頭上で万事屋トリオが怒涛の漫才を繰り広げ、巨大犬が銀時の頭をすっぽり口に含み、玄関をからくり家政婦が軽やかな歌を口ずさみながら吹き飛ばしていてもすよすよと穏やかな寝息をたてたままだったりする。
「ぎんとき?ねむれないんですの?」
だから、いまいち睡魔に避けられ寝付けずにいたのを指摘されたときは、少し意外だった。
「隣で添い寝して差し上げましょうか?」
「明日押し花になっていたいんならどうぞ」
「子守歌歌って差し上げでもってよくてよ?」
「お前の子守歌はなんかそこはかとなく永眠しそうだから遠慮しとくわ」
「もう・・・・・・じゃあどうして欲しいんですの」
妖精の提案は一々微妙だった。こんなちっこいのに添い寝などされたら潰してしまいやしないかと一層心配で眠気どころではなくなってしまう。
子守歌は論外。
決して悪い声ではない、どころかガラスで出来た鈴の音の様な、いい声をしている。だがその可愛らしい口から紡がれる唄は、母の腕で眠る子供が血で温かかったり、冷たくなったからだが温まったら空の上だったりて、空恐ろしい内容なのだ。
眠れるハズがない。
それより少し小腹が空いた気がする。妖精と話していてはっきり覚醒してしまったし、散歩でもすればまた状況が変わるかも知れない。
よっ、と気合いを入れて上体を起こすと、小さなベッドで妖精もがばっと起き上がった。
「・・・・・・おでかけですの?」
「ああ、ちょっと腹も減ったしな。コンビニでも行ってくらぁ」
手早く寝間着を脱ぎ捨て、いつもの服に着替える。防寒に綿入れを羽織り、マフラーを巻く。
妖精はその様子を、小さな、だけど大きな瞳で見上げ、こちらは正真正銘小さな両手で籠の縁を握りしめて銀時の一言を待っている。
一言。
一緒に行くか?と。
しかしそんな甘い言葉は一つもなく、銀時は「留守番よろしく〜」とさっさと玄関を出てしまった。
残された妖精はふかふかの布団の上できゅっと膝を抱えた。
立派な寝具を用意して貰っても、肝心の銀時がいなければそれらは全く意味を為さない。布団に潜っても温かくなんてならないし、枕に頭を乗せても眠たくなんてならない。
(たった一言、一緒に行こうって言って下されば・・・・・・いいえ、問答無用で連れ出されたって構いませんのよ。それとも銀時は四六時中私と一緒にいるのが煩わしいのでしょうか・・・・・・)
思えば銀時がまだ幼かった時からだらしのない銀時に小言を言う度に「お前は俺の母ちゃんか」と嫌がられたものだ。まだ本当の母親が必要な時期のそのやり取りは、現在交わされる同じ様なやり取りとは似て非なるもので。
いつの間にか銀時は親の面倒など不要なまでに成長してしまった。それはとても喜ばしいことだけど、10歳ほどで成長が止まってしまった自分は置いて行かれてしまった気がしてならない。
現に今だって置いてけぼりだ。
夜中のトイレについて行っていたころが懐かしい。
妖精の耳にポタっと音がして、寝間着の膝に小さな衝撃が走った。それが自分の目からこぼれた涙だと気づき、あまりの失態に慌てふためいいると、また玄関が開く音がした。
「っ・・・・・・・早かったんですわね」
慌てて目をこすり、何事も無かったように振る舞う妖精。
だけどそんな事、長年の相棒たる銀時にはバレバレで。
少し曇った表情や、水気を多く含んだ瞳にわずかに赤くなった目尻。
一瞬でそれらを見止めた銀時の片眉がピクリと動いた。
「いや〜、忘れもん」
「お財布でもお忘れになりまして?おまぬけさんですわね」
「ちげーよ。1分で着替えろ。外寒ィから帽子も忘れんなよ」
驚きと喜びで一瞬固まった妖精は、50秒で準備を終えた。