玄関を出た途端襲い掛かる、真冬の澄んだ冷たい空気から逃れるべくは銀時のマフラーに潜り込んだ。銀時の体温で温まったそれは羽毛布団なんかよりずっと温かい。


「ちょっとちょっとちゃん、あんまもぞもぞしないでくれる?すきま風が寒ぃんだけど」

「だって寒いんですものっ。銀時、もう少し発熱なさいな」

「あのね、ちゃん。銀さんが熱出したら辛いのはちゃんだからね。いっつもふらっふらになって。おちおち風邪もひいてらんねェよ」

「・・・・・・バカは風邪引きませんわ。なんか気分的に燃え上がる感じにすればよろしいではありませんこと?」

「ダメダメ。そんなんしたら別の所が熱くなっちゃうから。ちゃんがどうしてもソコ触りたいって言うなら銀さん頑張っちゃうけど」

「・・・・・・っ!最っ低ですわっ!なんで貴方はいつもそう下品な事ばっかりっ!」

「いって!ちょ、それ地味に痛い。抓られてるのに刺されてるみたいに痛い!」


 ちかちかと頼りなく点滅する街灯の下をいくつか過ぎれば、煌々と店名を主張するコンビニにたどり着く。
 うぃんと作動音と共に自動扉が開くと、2人は自然と口を噤んだ。

 いらっしゃいませーと気の無い声につられ妖精はつい返事をしようと顔を向けるが、店員は特にこちらを向いてはいなかった。コンビニや量販店に行ったときはいつものことだが、少しいたたまれなくなり、もう寒くも無いのに包まったマフラーをきゅっと握り直した。
 そんな動きはに銀時は、しかし何も言わず、レジの前、温かい飲み物コーナー、お弁当コーナーを通り過ぎ、一目散にデザートコーナーへ向かった。

 商品の入れ替わりの激しいコンビニのデザートコーナーはいつ来ても楽しい。
 しかし当たり外れが多いのも確かで、銀時の死んだ魚の様だと称される目にかすかに光が宿り、真剣に吟味し始めた。

 一方妖精も、ぬくぬくと温まっていたマフラーからえいやと気合を入れて飛び出した。自分の入っていた形に盛り上がった部分を整えて、色とりどりのデザートが並ぶ棚の前にふわりと浮かぶ。調度銀時のあごの下辺りの高さで。
 ひんやりと冷気が振りかかってくるが、もうはそんなものさして感じていなかった。

 糖分命の相棒と過ごしてきて2X年。も負けず劣らずの甘党だった。

 定番のシュークリームは上手に食べられない。エクレアもおなじく。大きなフルーツがごろごろ入ったゼリーも魅力的だが、やはり食べにくいし何より銀時の好みではない。

 やっぱりここはプリンだろうか。

 プリンなら一口だけならと言う約束で、ほろ苦いカラメルと甘いプディングの境目を貰えるのだ。プリンに照準を絞ったはふよふよと高度を調節する。
 やはりプリンは国民のアイドル的存在なのだろう、驚くほど色んな種類がある。
 定番はぷっちんプリン。牛乳プリン。同じくコーヒー牛乳プリン。
 イチゴ牛乳プリンは無いのかしら?と左から順に移動していくと他と比べ一際小さいパックが目に入った。小さいと言っても妖精であるにとっては十分巨大だが、それでもぷっちんプリンの半分くらいの大きさである。そのくせ値段は倍。


(何でしょう?これ初めて見ますわ・・・・・・新商品ですわね?りっちってことは高価って意味ですわよね?小さいのにお高いですわ・・・・・・お味もきっと高価なのですわ・・・・・・でも銀時のお財布では厳しそうですわね・・・・・・)


 すっかり興味を引かれたの体がふよふよと揺れる。プリンに集中するあまり、飛ぶことへの意識が鈍っているのだ。
 当然、頭上で銀時が面白そうに自分を眺めていることなどさっぱり気づいていない。

 銀時とて食事を必要としないはずの妖精であるを甘党に育て上げてしまった張本人。最初は本気で夜食を選んでいた。
 シュークリームのしっとりした生地とカスタードと生クリームの共演は魅力的だが人間サイズのこれはには食べ難い。エクレアは、今はチョコレートな気分ではなかった。糖全般をこよなく愛すとはいえやはり生クリーム的なものが食べたいのでゼリー系は却下。自分の懐具合から言って限定もののパフェは厳しい。
 いやしかしファミレスのパフェに比べればまだ安いような量的に不満が残るような・・・・・・と半ば本気で悩み、視線を巡らせ、一箇所を食い入るように見つめる妖精を見つけた。


「よぉし、決めた!」


 背中で聞こえた銀時の声にははっと我に帰った。そして背後から伸びてきた腕が自分の頭上を通り過ぎ、「限定!」と赤く主張している縦長のパフェに伸びていくのを見た。
 軽い落胆と共に、視線も下がる。

 大体、どれがいいかとか、せめてどれに決めたとか一言くらいあっても良さそうなものなのに、まるでの意見など関係ないという態度に、重くなった体を何とか相棒の肩まで持っていく。 自分に決定権があるなど思ってもいなかったし、銀時が食べたいものを食べればいいのだし、あのプリンがどうしても食べたかったわけじゃないし、でもホント一言でいいから欲しかったなともぞもぞとマフラーに潜り込んだ。
 うつぶせに、顔を銀時の背中に向けて、ぐったりと落ち込む妖精の姿に、銀時の口元に苦笑が浮かぶ。
 長い付き合いだと言うのに、この子はいつまでたっても分かりやすく単純だ。銀時の挙動が驚くほど一喜一憂する。その様子が楽しくて、わざと一動作外したり、一言言わなかったり。
 自分でも悪趣味だとは思っている。


ちゃん、ちゃん」


 レジで会計を済ませ袋に入れられる寸前、頑なに後ろを向いたままの妖精に声をかける。銀時の声に逆らえない妖精が、しぶしぶ振り向いた。
 そして袋に入れられていくパックを見て、目を見開いた。それはまさにさっきまで妖精が目を、思考を奪われていた、ちょっと小さな、だけどには巨大なプリンだった。あの「りっち」なヤツだ。

 はっと小さく息を止めて、小さな手で口を押さえ、戸惑いと喜びとが全身から滲み出てくる。これがあるから止められないのだ、と期待通りの反応を返す妖精に、銀時は気付かれないようにほくそ笑んだ。




言の葉ひとつ、ただそれだけの事




後書戯言
ツンデレじゃなくて、ただの意地悪な大人だ・・・
09.03.13
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