人間とポケットサイズの妖精
−悦ばしき絶望−
「あー、退だー。おか、え・・・・・っ!退クサい!」
診療所から帰った山崎を迎えたのは、そんな人として(妖精として)言われたら死刑宣告にも匹敵するような言葉だった。
***
「おー、山崎ィ知らね?」
「知りませんよ・・・・・・」
「・・・・・・なんでィその黒いの。なんか出てんぞ」
「放って置いて下さいよ、もう、俺なんて・・・・・・」
屯所内にいれば常に周囲をふよふよと漂う相棒が見当たらない沖田は廊下の隅にうずくまる、彼女の数少ない友人にその所在を尋ねた。返ってきたのは普段ならすり潰してやりたいと思う様な態度だったが、その余りに暗く落ち込んだ様子に、言葉を失う。
黒いもやもやしたのが見える気さえする。
「・・・・・・あー、そういえば、そろそろ定期検診だそうですよ・・・・・・」
多分土方さん伝言忘れると思うんで―――そう言ったっきり真選組副長土方の妖精山崎はどんよりと自分の殻に引きこもっていった。
もはや黒いもやもやでその姿も霞んで見えない、なんて言うのはもちろん気のせいだろう。
ともあれ、その言葉で相棒の不在の原因がはっきりした。
沖田の妖精、は筋金入りの医者嫌いなのだ。
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そうとわかれば話は早い。
山崎を捨て置いて、沖田は颯爽と自室へ向かった。
襖を開けると朝部屋を出たときと何も変わらない風景が目に入る。基本的に私物が少ない上、布団さえ上げておけば、あとは暇な妖精がちょこちょこと片付けてくれるのだ。
一目見て、誰もいないことが見渡せる。
「、出てこい」
後ろ手で襖を閉めながら、室内に声をかけるが、当然コトリとも音はしない。だが沖田は確信を持ってトーンを2つほど落として続ける。
「」
ガタッと音がすると、部屋の隅に置いた机の真ん中の段の引き出しがズズズっと出てきた。気合いの入った隠れっぷりにこれから告げなければいけない言葉を飲み込みそうになる。
だけどそれは許されない。
彼女の為、では無く自分の為に。
そろそろと引き出しから覗いた顔は既に蒼く引きっていて、検診よりも早急に診察が必要にさえ見えた。
「明日「やだ」・・・・・・医者行きやすぜ」
「やだっ!あたしどっこも悪くねーもんっ」
「定期検診でさァ」
「もう受けたっ」
「それは一昨年の話だろィ」
去年の定期検診は、あまりに嫌がるがなんとか逃げ切り免れた。そんなに嫌なら仕方がないと沖田が折れたのだ。
だが今年はそうは行かない。
「だって、だって、総悟が健康で怪我しなかったらあたしだって大丈夫なんだから、いらないだろ?」
「妖精特有の病気だってあるんだろ?」
「そんなん、ちょっとだし、絶対かかるもんじゃないし、それに人間の方に影響するわけじゃないし「!」」
必死で言い繕う妖精を遮った声は沖田自身驚くほど厳しく、大きな声だった。
そんな声に馴れていないはピシリと何か呪文でもかけられたかの様に硬直し、極上の黒曜石の様な一対の瞳が見開かれ、みるみるうちにそれが潤み、雫が零れる寸前でゆらゆらと留まった。
沖田は大きく深呼吸をし、彫像の様に固まってしまった妖精の元に歩み寄る。もしこれが彫像や彫刻といった芸術品の類なら、これを作った人物は相当鬱屈しているのだろう。ふよふよにこにこしているのがとても似合う彼女にこんな表情をさせるなんて。
そんなことをさせているのが自分だと思い出し、胃の奥から苦いものがこみ上げてきた。
「」
幾分調子の戻った声で呼ぶと、金縛りにあっていたからだがびくりと跳ね上がり、引き出しの奥へ逃げ込んだ。
引きずり出さなくても分かる。
きっと彼女は暗い引き出しの奥でうずくまり、拭えない医者への嫌悪感と、沖田に怒られる恐怖心とに挟まれて、膝を抱えて震えているのだろう。だから沖田は無理に引っ張りだすことはせず、そのまま机の前に腰を下ろす。
そして机に頬杖を付き、沈黙した。
ここで甘やかす訳には行かないのだ。
の為じゃなくて、自分の為に。
「妖精の病気は、人間には影響しねェんでさァ」
人間の不調は妖精へ影響する。
人間が死ねば妖精もその運命を共にする。
だけど妖精の不調は人間には影響しない。妖精が死んでしまっても、人間はただ、家族より近しい存在を失った喪失感を味わうだけ。体には何も影響しないのだ。
「俺は気づいてやれねェ。だからちゃんと診てもらいやしょう」
返事は無い。
だけど引き出しの中の妖精は泣いている様な気がした。