当てにならない年の功
「あ゛ー気持ち悪ィ」
路上での告白の直後、強烈なボディブローを食らった総悟は情けなくも気絶した。
仕方なく後部座席に放り込み、運転を始めるとしばらくして呻き声が聞こえてきた。
「あ゛あ゛あ゛〜今にも吐きそうでさァ、土方さんの運転が下手で」
「うっせー文句があるならお前が運転しろ」
「冗談キツイぜ土方さんよォ・・・・・・ったくあの女なんつーバカ力してやがんでィ」
後部座席で目覚めた総悟は寝そべったまま憎まれ口を叩いている。
強烈な拳の持ち主は、いけ好かない銀髪に促され原チャに乗って帰っていった。
面倒だから2人乗り云々は指摘しない事にした。
そうでもしなきゃ、あの小娘はずっと国道に立ち尽くしていたことだろう。
「いや、あれはお前が悪いだろう」
「何でですかィ?」
一連の出来事を回想して見てもどう考えても総悟に非がある。
それを告げると心底意外そうにバックミラー越しに覗き込まれた。
「何でってお前、普通斬り結んでた相手にいきなり告られて人前でキスでされたら怒るだろ」
(ま、人の15倍は捻くれてるこいつからは考えられないくらい直球な告白だったが)
「つーか、お前等付き合ってたんじゃなかったのか?」
「はぁ!?俺とが?まさか」
「まさかってお前あれだけ・・・・・・」
「勘弁しろよなァ土方コノヤロー。男と女がいたら即色恋に繋げるたァ欲求不満ですかィ?」
「欲求不満はお前だろ!」
「人聞きの悪ィこといわねーで下せィ」
幼い頃から見てきた総悟にこれだけ接近した女は今までにいない。
総悟がの事が好きなのは一目瞭然。隊中が知っているだろう。
これだけあからさまな態度をとられて気が付いていなかったの方に驚いた。
初めてと会った時「手を出したら殺す」と脅された。
どうせまたいつもの冗談かと思っていたが―――
「まさか本気だったとはなぁ」
「―――ねェ土方さん。これからどうしよ」
ポツリと呟かれた空が降って来そうな言葉。
思わず急ブレーキを踏んだのは仕方が無いと思う。
***
「好きだからに決まってんだろィ」
「アホか。、テメェのことに決まってんだろ」
なんだかとんでもない事が起こった気がする。
沖田にボディブローを決めた後、万事屋さんに家まで送って貰った気がするが記憶が曖昧だ。
―好きだからに決まってんだろィ
沖田の声が頭から離れない。
好きって言われた。告白された。何で?いやなんでって言うのもおかしな話なんだけど。いやおかしいよ。決まってるの?何が?止めてよ。好きとかホント意味わかんねー。
気が付いたら顔が沸騰しそうに熱くって沖田にボディブロー決めていた。
なんで殴りかかったんだろう?
キスされたから?
え、でもそんなの初めてじゃないじゃん。
***
「そろそろ来るんじゃ無いかと思ってたよ」
「そりゃすげーな万事屋さん。万事屋止めて占い師にでも転職しろよ」
「そういう生意気な子にはお引取り願っちゃうよ?」
「芋羊羹買って来たんだけど、食う?」
「さ、入って入って」
自分で考えてても埒が明かない。
3日3晩考えて、とうとう人を頼る事にした。今のところ女の影は見えないけど無駄に人生経験は積んでそうな万事屋さんに。
「子供達は?」
「出かけてる。お茶で良い?」
「うん・・・・・・ホントに万事屋さん1人?」
「―――何、ちゃん。寝不足なんじゃない?」
「うん、まあ」
万事屋さんに招き入れられると、いつ見ても心躍る「糖分」の二文字に迎えられる。
メガネと中華娘は不在らしい。でっかい犬(定・・・なんだっけ?)も出かけているみたい。
部屋には万事屋さんと私しかいないはずなのに、なんか落ち着かない気がする。
指摘されたとおり、寝不足だったからだろうか?まあ、気のせいだろう。
ソファに腰掛けると、向かいの定位置に万事屋さんが腰掛け、羊羹一本を豪快にまる齧りしている。
3本セットで買って来たんだけど、こういう食べかたされるとは思わなかったな。
「で、今日はどういうご用件で?」
分かってるくせにニヤニヤとした笑いを浮かべて聞いてくる天然パーマが憎らしい。
「依頼・・・・・・つーか相談?に乗って欲しいんだけど」
「ふ〜〜ん。ま、払うもん払ってくれたら考えないでも無いよ」
「それ、依頼料」
「現物支給かよ!?」
「酢昆布が給料なトコに言われたくありません」
「・・・・・・ま、いいけどな。で、どうした?」
報酬は羊羹でOKらしい。
改めて聞かれ、私は言葉に詰まった。
「沖田君のこと?」
「っ!・・・・・・うん」
ていうか、わざわざ聞かなくてもいいと思う。
だって万事屋さんもあの場にいたんだし。
「何を悩んでるわけ?」
「・・・・・・何っつーか」
「ていうか、今まで付き合ってなかった事にビックリだけどなぁ」
「え゛」
「今までアイツの気持ちに気付いてなかったのか?」
「・・・・・・全然」
「相当仲良しだよね?」
「・・・・・・多分」
「俺の知る限りじゃ、江戸で一番仲いいよね?」
「・・・・・・うん」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
あまりの私の迂闊さに、2人の間に沈黙が降りる。
「それってある意味凄いよね・・・・・・」
「〜〜〜〜〜〜っ、好きとか、考えたねーんだもん」
「・・・・・・つかぬ事を伺いますが、ちゃん初恋は?」
「・・・・・・初恋は実らないっていうだろ?古傷えぐんじゃねー」
「あ、それは済ませてるのね。じゃ、初チューは?」
「・・・・・・!!〜〜〜〜っ」
「あれ?それも体験済み?え、相手は?」
「・・・・・・・・・・・・た、隊長、さん」
「・・・・・・・・・・・・え、何、キミ達キスまで済ませてるわけ?」
16年間の濃密な過去を振り返り、初チューと思われる行為の相手が沖田だということに気が付いた。
我ながら気付くの遅いにも程がある。
だって普段そんな事意識して生活して無いし。
「済ませてるとか言うな!っつーか何その可哀想な子を見る目は!」
「可哀想なオツムの子を哀れみの目で見て何が悪い!普通何かしら思うでしょ!つーかキスしてんじゃん!まさかとは思うけどその先まで行ってないよね?好きって言って無いだけでヤる事ヤっちゃってる関係じゃないよね!?」
「ちょっ、何人聞きの悪いこと言ってんだよ!キスぐらいするだろ?人工呼吸みたいなもんじゃん!」
「ほ〜、じゃ今銀さんにしてみろよ」
「!?・・・・・・やだ」
「なんで、人工呼吸なんだろ?」
「・・・・・・?なんでだろ?」
「・・・・・・・・・・・ちゃんって、鈍い?」
「え?」
せっかく相談しに来たのに、また頭が混乱してきた。
なんで?
この目の前に渦巻く銀色のもじゃもじゃが原因か?
この死んだような目が私の思考を鈍らせるのか?
人が真剣に悩んでるというのに変わらない死にかけた目を睨みつけてると万事屋さんは深くため息をつき、3分の2が齧られた羊羹を机の上に置いた。
「ねー、前から思ってたんだけどさーちゃんって人のこと名前で呼ばないよね」
「え?」
「俺は万事屋さんで、新八はメガネ、神楽は中華娘。沖田君は隊長さんだし、多串君は副長さんかマヨ。なんで?」
「・・・・・・なんでって・・・・・・」
「ちゃんを保護者的な気持ちで見守ってる銀さんとしてはさ、何をそんなに怖がってるのかな〜と思うわけですよ」
「保護者?」
「いや、食いつくトコそこじゃないから」
万事屋さんはやる気の欠如した態度で、何だかんだ言って痛いところを付いてくる。
「その、名前呼ばないのってさなんかの予防線でしょ?」
「・・・・・・」
「親しくならないための。必要以上に入り込まないための」
「・・・・・・」
「違う?」
違わない。
もう名前を呼んでくれる人を亡くしたくない。
もう呼ぶ名前を無くしたくない。
いつ訪れるか分からない別れに備える為に―――
「でもさ、そうやって意識するってことはもう手遅れってことだよな?呼び名を変えてももうちゃんの中に俺等は存在するわけだし」
それでも、私は無駄な抵抗を続けなきゃ。
「ちゃん、沖田君のことどう思ってるの?」
「どうって・・・・・・」
「好き?嫌い?」
好きか嫌いか。
究極の二者択一。
「たい・・・・・・総悟は、すき」
「なら何も問題ないじゃん」
「すき、だけどダメなんだ」
「何が?」
「あ、あたし・・・・・・」
好きか嫌いか。
そんなの好きに決まってる。
分かってた。
わざわざこんな所に来なくっても。
でも私は―――
「だめなの。あたし・・・・・・好きなんて言ったら・・・・・・」
「言ったら?」
いやな予感に体が強張り、産毛が逆立つ。
「これ以上総悟が大事になったら、あたしきっと総悟を押し潰しちゃう」
沖田のことは好き。
でも特別な好きになっちゃいけない。
だっていつか沖田もいなくなるんだもん。