組伏せた女から上がる下品な声と卑猥な音に気分が悪くなる。
 狭い部屋に立ち込めるのは息も詰まるような女の匂い。
 白粉と、香水と、・・・・・・女の匂い。

 混ざり混ざって、吐き気がする。






 蛇口を全開にして打ち付ける水に手を晒す。女に触れていた感触も、その事実も打ち消すように。
 石鹸を泡立てては洗い流し、5回も続けてようやくキレイになった気がした。
 ついさっき仕入れた情報を、忘れないよう頭の中で復唱する。
 たった一言言質を取るために、どれだけかかったことだろうか。そもそもこういう類は山崎の仕事だというのに。慢性的な人手不足は否めない。だったら土方がやればいいのに。もう解放されたと言うのに気持ちは一向に晴れない。
 役得だと言う無かれ。もともとキツい匂いの女は嫌いだ。
 それでも以前ならついでに性欲のはけ口にさせて貰ったり(俺だって健全な青少年だ)、普通じゃ出来ないようなSMプレイを試してみたりしていた。
 でも今はとてもそんな気になれない。

 屯所への帰り道、そうなった原因を目に留め、問答無用でその襟首を掴んだ。





 どうやら引きずり方に不満があるらしい声を片っ端から聞き流し、黙々と歩き続けると、諦めたように静かになった。
 その代わり歩くことも諦めやがったから、小柄な体を小脇に抱えて引きずって帰った。
 もう抗議の声はあがらない。

 屯所の門を抜けて、その足で土方の部屋へ向かう。乱暴にふすまを開け放つと、文句を言うために振り返った顔が固まった。俺が抱えた荷物を見て。


「・・・・・・なに遊んでんだ小娘」

「誰が小娘だおっさん」

「誰がおっさんだ。おい総悟、今更屯所に部外者入れんなとはいわねーから俺の部屋に近づけ「18日菊の間23時」・・・・・・だぁから・・・・・・」

「?」


 軽口を叩き合う2人に混ざることなく、短く調査結果を伝えると、は不思議そうに首を傾げ、土方は軽く頭を抱えてため息を吐いた。





 どさりと乱暴に落とされさすがに上がる抗議の声は聞き流し、体勢を立て直される前に転がる体の上にのし掛かる。


「ちょ、な、なに?」


 突然の行動に色気も何もない戸惑いの声が上がり、思わず笑いがこみ上げる。我慢しきれず上がった口角を見て抵抗らしきものはゼロになった。
 代わりに眉が訝しげに寄せられた。


「・・・・・・なにごとですかー」

「無性にに会いたくなったんでさァ」

「ほぅ・・・・・・こんなに女の匂いプンプンさせてどの口が」


 正直に、ただ会いたかったと言っただけなのに、帰ってきたのは不機嫌極まりない視線。当たり前だが。俺だって自分が纏う移り香に辟易しているんだ。この距離で、が何も感じないはずがない。
 抵抗はしなくても、少なからず不機嫌になってくれたことに不謹慎にも安心して、だけどその様子は無視して露になった首筋に顔を埋める。

 胸一杯に空気を吸い込む。
 一日外にいたのだろう。少しの埃っぽさの奥に、何の変哲もないシャンプーの香りを見つける。はシャンプーもボディーソープも好きなブランドは特になく、買いに行った時、一番安い銘柄を使っている。甘さも高級さもない、清潔感だけのさらに奥に、ようやく本人の匂いにたどり着いた。

 先ほど発散させたはずの熱が蘇る。それが同じ性質のものだとは意地でも認めたくなくて、露わにした鎖骨に吸いつきたい衝動を、なんとか歯を立てるだけに留めた。
 耳元でひゅっと息をのむ音がする。睦めいた響きなど微塵も感じさせない、むしろのど元に白刃を突きつけられた時の様な反応。もう笑いをこらえるのは無理だった。












+++



 一段と体にかかる負担が増し、疲労と安堵がどっと押し寄せ盛大なため息となって排出される。
 青白い顔で人の襟足を掴んで強引に連行したかと思えば、体から漂う嗅ぎなれない女の匂い。嗅覚を刺激するのは人工的に作られた香料だ。乱暴に投げ出されたかと思えば、圧し掛かられ、あまつさえ首に噛みつかれ。今はぷっつりと糸が切れたかのように寝こけている。
 少し血の気の戻った顔に、穏やかな寝息。もう本当にため息しか出ない。

 どうでもいいけど、首筋に寝息と髪の毛が当たって無性にくすぐったい

 意識してしまえば後戻りできないであろう感触から何とか気を紛らわせようとしているうちに、足音が近づいて来た。
 トストスと無造作にこの部屋の前で止まり、「おい」という声とともに襖が開く。
 現れたのは、今しがた寄り道し報告を済ませたはずのこいつの上司で。
 部屋の真ん中で連れ込んだ部外者を押し倒したまま寝こけてる部下を見止め、絶句している。

 その間抜けな様子に、急に腹が立った。


「あんま酷いコトさせんなよ」


 丁度副長さんが何かを言おうとしたタイミングに被った。
 開きかけた口を何度かパクパクと動かすと、結局何も言わずに小さく舌打ちして、再び襖を閉めて行った。
 去り際に小さく、聞こえないほどの音で「わるかったな」と聞こえた気がしたけれど、聞こえなかったフリをする。

 他人になんか、謝ってもらっても意味がない。
後書戯言
総悟くんはキスマークの方が噛み痕よりエロいと思っています。
11.4.25
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