01.飛び越えた夜
―――以上の結果から、本実験の精度は信頼できるものでは無いと考えられる。よって今後は操作に以下の方法を加え、実験を行う事とする。
ふあぁぁぁ。
ただ今の時刻夜10時30分。
大学生にとってはまだ夜とも言えない時間。
いや、それは言い過ぎか。
ともかく、普段なら元気溌剌、爆発寸前のテンションで風呂でも洗っている時間だ。
しかし、卒業研究要旨の提出日を控えている私は昨日の朝6時から起きている。
さすがに24時間どころか36時間以上起きっ放しだとテンションは上がる訳も無く、下がったまま地面を這っている。
頭の大部分はひたすら「眠いねむいネムイ」と呪文のように繰り返して、時々、「もう寝ちゃいなよ。寝ちゃえよ。むしろ寝ろ」という悪魔の囁きが混ざっていた。
それでも考えた文章は正確に打ち込める私は実は凄いんじゃないかと思う。
最後の1文を打ち、プリントアウトの準備をしているとディスプレイに「インク切れ」の表示。
マジでか。
思わずデスクトップ型のパソコンの液晶ディスプレイを投げ飛ばしたくなるが、その後の事を考えて思いとどまる。
大人になれ、。
もう立派な成人女性なんだからっ。
そう自分に言い聞かせ、USBメモリを突っ込む。
データを移し替え、気合一発、立ち上がる。
何時間振りに立ったか分からない。
フラフラしながら部屋を出て、弟の部屋に向かう。
ペタペタと薄暗い廊下を歩き、襖を開けた。
―――直後、開けなきゃ良かったと激しく後悔した。
***
「ぅおーい、パソコン貸してくれィ」
スパンっと気前良く、襖を開け放つ。
我が家にはプライバシーなどと言った高尚な概念は無く、ノックなんてお互いした事がない。
それでもいまだに色々とある年頃の男の子な事情に遭遇したことはないから、きっと相当廊下の音に気を使っているのだろう。
私もそうだし。
まあ、それはともかく。
反応の無い室内を不審に思い、眠くて立ったまま閉じてた瞳を無理やりこじあける。
「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」」」」
瞳を開くと、そこは弟の部屋などでは無く、20畳余りはありそうな部屋で。
中に弟の姿は無く、代りに黒ずくめの服に身を包んだむさ苦しいおっさんたちがざっと30人以上―――。
誰も何も言わない。
否、言えない。
「え、誰?」
一番はじめに口を開いたのは、一際むさ苦しいゴリラっぽいおっさんだった。
その声に、(大きな声では言えないが)半分夢の世界に旅立ちかけていた私は正気に戻り、部屋には入らず、来た道を一目散に引き換えした。
後ろで制止の声が上がるが構っていられない。
長い廊下を直進し、(うちの廊下はこんなに無い)角を曲がる。
と、私の部屋があるべき所は壁で塞がれていた。
「そんな――――――なんで―――?」
呆然と呟きながら、その壁に触れる。
隅を押しても横に滑らせても壁はビクともしない。
家が突然忍者屋敷になった訳じゃ無い様だ。
チャキ
聞き慣れない音と共に、首の後ろに悪寒が走る。
「手あげてゆっくり振り向け」
「ちょっとでも怪しい動きしたら叩っ切りやすぜ」
これが噂のホールドアップかと呑気な事を考えながら、ゆっくりと両手を肩の高さに掲げ、ぎこちない動作で振り向く。
途端に目に飛び込む黒い服と銀の刃。
悪い夢だと思った。