35.酔っ払いのあしらい方
酔っ払いはなぜ人にも勧めたがるのか。
そして総悟くんは完全に絡むターゲットを私に絞ったらしい。
私はまだいけるけど、総悟くんはもうそろそろ限界だろうに。
「総悟くん、お酒はもうおしまい。お水飲も?」
「嫌でィ」
「総悟くん、私の注いだお水飲んでくれないの?私は総悟くんとお水飲みたいなー」
とろんと見上げてくる総悟くんの頬に手を当てて瞳を覗き込み、幼児に言い聞かせるように語り掛ける。ちらっと山崎さんに目配せするのも忘れない。アイコンタクトを受けた山崎さんはすばやく水差しと空のグラスを用意してくれる。
「はい、総悟くん。総悟くんも注いで?」
それを受け取りさっさと一杯注いでしまい、私の分を催促する。
「・・・・・・酒の方がいいでさァ」
「い・や。一緒に飲んでくれないともう一生総悟くんのお酒は飲まないよ」
「それはダメでィ」
つん、とおでこを人差し指で弾き、水を注がなきゃ席を立つぞと言外に伝えると、意外としっかりした手でグラスに水が注がれる。
「はい、かんぱーい」
仏頂面で不貞腐れている酔っ払いと、わざと明るくグラスを合わせて水を呷る。
飲みっぱなしだった私も喉が渇いていたらしく、冷たい水分が食道を通って胃を満たすのを感じる。
「やっぱり酒のがいいでさァ・・・・・・」
ちゃんと言うことを聞いて飲んでくれた総悟くんは、空になったコップの縁に前歯を引っ掛けぶすっと文句を垂れている。
それでも自分でお酒を注ごうとはしない。
「まあまあ、今日はもうおしまい」
私に半身預け、すっかり脱力していた総悟くんの肩をくるりと回し、その丸い頭を膝で受ける。天地が反転し、「う?」と可愛らしく声が上がるが抵抗が始まる前にまぶたを手のひらで覆ってしまう。
「ちゃん!?」
大人しく気配を殺していてくれた山崎さんが何故か慌てた声を出すので、人差し指でもう少し黙ってくれるよう伝える。
まぶたを覆った手をどかそうと少し体温の高い手が添えられるが、結局それ以上動かされないまま、すぐにむにゃむにゃと寝息が聞こえだした。
あっという間に落ちたらしい。
「・・・・・・す、凄い」
「そうですか?総悟くんは扱いやすい方ですよ。素直に言うこと聞いてくれるし」
「酔っ払いの扱い、慣れてるんだね」
「最後まで残っちゃうことが多いからね。大体はうっとうしいから潰しちゃうけど一番隊隊長さんが酔い潰れて二日酔いは困るでしょう?」
明日一番隊は朝から巡回のはずだ。
総悟くんに限ったことではないが、ここの人たちは次の日の業務のことは考えないのだろうか。
「もう手遅れな感は否めないけどね」
「そこまでは責任持てませんよ。もうちょっと正気頃に来てくれれば何とかなったんですけどね。ウコンとかないんですか?」
「う、うんこ!?」
「・・・・・・いや、なんでもないです」
飲み会のお供はこちらの江戸にはないらしい。
もう一杯自分で注いで水を飲み、そろそろ自分たちもお開きにしようという流れになる。
散乱した食器はそのままに、山崎さんには転がっている皆さんに申し訳程度に毛布をかけてもらい、私はすっかり寝入った総悟くんを抱えて部屋に戻った。
意識のない青年を運ぶのは思った以上に苦しかったが、隣の部屋なのに彼を転がしておいて自分だけぬくぬくと自室の布団で眠るのは気が引けたから。
逆隣の土方さんは居間に置き去りだということに気がついたのは、眠りに落ちる瞬間だった。