夜。深夜と呼ぶにはまだ早い時刻。
夜陰を引き裂く泣き声に、たたき起こされた。
寝入り端の奇襲に、一瞬何が起こったのか分からなかった。
なぜ屯所で子供の泣き声がするのだろう。
飛び起き、惰性でアイマスクを剥ぎ取り、キョロキョロと音の発生源を求めて首を巡らす。そう探すまでもなく、発生源は隣に敷いた布団の上でうずくまっていた。
そこでようやく子供を拾ったことを思い出した。
「?」
思い出した名を口にしても泣き止む訳がなく、むしろ音量が上がったような気さえする。
このままではコレよりうるさいのが起き出してきてしまう。
「ー、どうしたんでィ」
どうした、なんて我ながらマヌケな質問だ。
拾った子供が夜、泣かない可能性なんて無い。
布団の上で喉が張り裂けそうな声を上げている小さな塊に近づく。掛け布団を握り締めている小さな小さな手は指先が真っ白になるほど力がこもっていて解かせるのに少し抵抗があった。
よっこいしょ、とふざけて呟き抱き上げ、まん丸な頭を撫でると、イヤイヤと全身で拒否され、少しイラっとする。
「しっかし・・・・・・お前ェ、でけェ声出んじゃねェかよ」
これまで衣擦れにかき消されそうな、蚊の鳴くような声しか聞いていない。
元気に泣くのは子供らしくて非常によろしいが、この時間はよろしくない。その上、泣き声に「ちちうえ」だの「ははうえ」だの混ぜないで欲しい。居たたまれなくなる。
「、泣き止みなせィ」
俯き、俺のことなど視界に入れず、どこか遠い次元で泣いているつむじに語りかけるが、もちろん返事なんかない。
「早く泣き止まねェと―――」
警告は済んだ。
予想通り聞き入れる様子のない後頭部をひっつかみ、無理やり上を向かせる。
涙と鼻水だらけの顔が蛍光灯の灯りを受けてキラキラ光っている。
それをじっくり眺める間も置かず、その狭い額に自分のを思いっきり振り下ろした。
ガッと額を打ち合う音が、部屋中に木霊していた泣き声を打ち消す。
打ち消した、というより衝撃で泣き止んでくれたようだ。
痛みを堪え、呆然としていると瞳を合わせる。
本当に痛かった。体中ぷよぷよしているのだからもう少し柔らかいかと思ったのだが。
「――――――ぅ、ふぇ」
せっかく泣きやんだと言うのに、先程までとは明らかに違う理由で再び瞳が潤みだしていた。
「泣いたら、もう一発食らわせやす」
自分も痛かった事など微塵も見せず、低く宣告すると、ヒュッと息を飲み、額を両手で庇い、フルフルと首を振る。
ひとまず、危機は回避できた。
「眠れねェんですかィ?」
頭を撫でると、泣きすぎで汗ばんだ髪がしっとりと絡みついてくる。
今度は嫌がる事なく、は答えの代わりにふるっと下唇を震わせた。
「泣いたら頭突きですぜ?―――一緒に寝たらすぐ寝付けまさァ」
「―――いっしょ?」
ひくっとしゃくりあげながら、さっきまでの爆音が嘘のような小さな声。これがの素の状態なのだろうか。
明かりを消して、と2人、俺の布団にもぐりこむ。
自分の布団の中に自分以外の他人がいることなんて、一体いつ振りだろうか。ふと、ぬいぐるみでも抱いているような感じかと思ったが、そもそも俺はぬいぐるみなんかと同衾したこともない。
ぬいぐるみと違い、生きた人間であるは、もそもそと動き回る。何度か体勢を変え、やがて枕の替わりに貸してやった腕に小さな頭を乗せ、ぴったりと体を寄せて落ち着いた。それを見届け厚みのない体を挟むように逆の腕を下ろす。正直、少し熱い。
「今日は特別ですぜ?」
幸い今日はさほど暑くはないが、毎日この調子で子供体温のおすそ分けを食らうのは勘弁願いたい。
「とくべつ」
さっきまで屯所を揺るがすような大声で泣き叫んでいたのが嘘の様な小さな声は、聞き逃してしまいそうなほどだが確かに、嬉しそうな色を滲ませていた。