夜中に信じられないような爆音が轟いた翌朝。
食堂に現れた沖田隊長を、正確には隊長の隣にある(いる?)小さな物体を見て、一同騒然とした。
それは一見人間のミニチュアに見えた。最低限露出している肌の色は許容範囲内の白さだし、ぱっと見毛や羽が生えているようにも見えない。触角や尻尾も見当たらない。9割の確立を持って人間だろう。そして10割の確立で・・・・・・子供だった。
なぜ真選組の屯所の、それも食堂という生活スペースで、さらに朝食の時間にそんな生き物が現れるのだろう。それも一番隊隊長の腕に抱かれて。
そんな周囲共通の戸惑いなんてどこ吹く風。
奇妙な握り箸でお茶碗をかき回す子供のために、せっせと塩じゃけを解してあげたりしている。覚束ない動きでお米を数粒ずつ運んでいるそばから茶碗にバラけた鮭が放り込まれる。食べた先から増える茶碗の中身に目を白黒させ、戸惑うように沖田隊長を見上げたかと思うと、差し出された卵焼きを口いっぱいに頬張りもぐもぐと膨らんだ頬が動く。はっきり言おう。めちゃめちゃかわいい。
朝礼で正式に紹介された子供の名前は。例によって局長の人情味あふれる大雑把な話からは沖田隊長がどこからか拾ってきた子供だということしかわからなかった。まさかあまりの可愛さに魔がさしてどこからか攫ってきた、なんてことはないだろうが。
「あのガキの裏を洗え」
こういう出自のわからない人間と真選組がかかわる時。
すなわち俺の出番だ。
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フンっ フンっ フンっ
とは言ったものの。あんなぬいぐるみみたいな子供の背景に一体どんな巨悪が隠れている可能性があるというのか。箸も満足に扱えないような子供を疑って動く気持ちになかなかなれず、仕方が無いのでミントンをすることにした。
沖田隊長が連れてきた、という事実がさらに俺の腰を重くした。隊長は9割5分の確立でトラブルメーカーであることはゆるぎない事実だが、本当の意味で真選組を危機に陥れるよな厄介ごとは寄せ付けない。その嗅覚は、時に副長の上を行くと俺は見ている。
だから一層、気分が乗らなかった。
「あ、山崎発見」
そろそろ副長に見つかるかもしれない、という頃合い。現れたのは子供―ちゃん―を小脇に抱えた沖田隊長。指のほとんどを使って箸を握っていた小さな手が、今はしっかりと隊長の隊服の襟を握り締めている。子犬を思わせる黒目がちな瞳が、じっと俺を見つめてきた。
「、この地味なのが山崎でさァ。地味だから覚えにくいかもしれやせんが、とりあえず地味で黒いのがジミィでさァ」
「じみぃ?」
「そうでさァ」
「違いますよ」
舌っ足らずに小首を傾げてもその口から発せられている言葉は「地味」以外何物でもない。おもわず間髪いれずに否定すると、ちゃんはきゅっと下唇を突き出した。
そして「挨拶しなせいィ」と柄に無いにも程がある台詞とともに地面に下ろされたちゃんは心許なさそうに空いた両の手をもじもじと胸の辺りで動かす。
なんなんだろう、このかわいい生き物は。子供ってみんなこんなんだっけ?少なくともかぶき町界隈にいるガキどもを見てこんな気持ちになったことは無い。そう思うと、やはりこの子はその辺りの路地裏で拾ったとか、そういう訳ではないのだろう。大体、いくら物騒な町だとは言え、そう子供が落ちているものでもない。
もう一度沖田隊長に催促され、ようやく少女の口が開いた。
「、です」
風が吹いたらかき消されそうな小さな声。ミントンの素振りの音の方が大きいのではないかと思うような。それでも十分俺の耳には届いたし、隣に立つ沖田隊長も満足げに見えた。
俺は視線を合わせるため、ちゃんのもとにしゃがみこむ。
「はじめまして、山崎退です」
にっこりと毒気の無い笑顔を向けると、ちゃんはきゅっと唇を噛み締め、うつむいてしまった。