それじゃあ俺ァ見回りがあるんで―――
そんな似合わなさ過ぎる真面目な台詞を吐いた隊長は、きっかり始業時間通りに出かけていった。それは当たり前といえば当たり前の光景だったけど、ばいばいと小さく呟いたちゃんの顔を見て、今日くらいはいつもどおりサボっても良かったんじゃないかと思った。
そして、沖田隊長の姿が見えなくなった途端、ちゃんの表情も消えた。
「今日俺非番だし、何して遊ぼうか?ミントンやる?あ、もう屯所の中は見た?結構広いし入り組んでるから迷子にならないようにちゃんと覚えないとね!・・・・・・ちゃん?」
もともと意味のある表情なんて見せてくれていなかったから、その表現は正確ではない。でも、隊長に向けていた戸惑った様な、いじけた様な、何か言いたいけれど言い出せない様な、そんな気配がナリを潜め、ただただ人形のように静かな空気だけが帰ってきた。
「・・・・・・部屋、戻ろうか・・・・・・」
考えてみたら、慣れない場所で初対面の男の大人とふたり置いていかれて、いきなり懐けと言うほうが無理なのだ。さらにちゃんは一目で分かるほどのはにかみ屋だ。
下手に人の気配が多い共有スペースより、一晩過ごして慣れているだろう隊長の部屋へ連れて行っても、態度は変わらず硬いまま。
「えーっと・・・・・・おままごととか・・・しないよね。お絵かきならするかな?子供が読んで楽しいような本は無いし・・・・・・あ、お腹空かない?・・・って朝飯食った直後か・・・・・・」
職業柄、沈黙のまま何日も過ごすことは慣れているけれど、これは勝手が違う。
重ねる言葉がむなしすぎる。
こんな小さな子供、それも女の子と関わるなんて慣れていない―――どころか初めての体験だ。どうしたら気を引けるのか、何をしたら喜ぶのか、全く見当がつかなかった。
隊長が出かけた後、しばらくはぼうっと放心状態だったちゃんに、やがて変化が訪れた。それに気付いたのは、もう話しかけるのを諦め、子守と言う名の観察に趣旨を移行してから大分たってから。
見覚えのある、きゅっと引き結ばれた口元。
ガラス玉の様にすべてを反射していた瞳が今はしっとりと濡れている。
「ちゃん」
相変わらず、返事はしてくれないけれど。
ぎゅっと体をすぼめ、答えることを拒絶する。
「・・・・・・えっと、ちょっとお話しようか」
その様子に傷つかなかったかといえばそんなことは全く無いが、子供にとっての俺たちなんてそんなものかと諦めの気持ちの方が強かった。
「ちゃん、どこから来たの?」
全くのシカトも覚悟していたが、意外にも返事は返ってきた。ふるふると首を横に振るだけの意思表示だったが。
「ご両親は?」
また、ふるふると首が振られる。
それはそうだ。家が分かっていて両親健在なら、こんなところにはいない。
「・・・・・・どうして、沖田隊長について来たの?」
惰性で首を振っていたのかさわり心地のよさそうな頬が1.5往復すると、ぴたっと止まった。そしてきょとんとした表情が返ってくる。ぱちぱちと瞬きしたかと思うと、その眉がきゅっと寄った。
「お、きた・・・?」
「え?―――あーっと、あの人、沖田総悟って言うんだよ?」
初めて聞く言葉のように首を傾げるちゃん。
「・・・・・・そーご」
そして、ようやく発してくれた声は、今にも泣き出しそうに震えていた。