偶然の出会い、必然の想い




ジリリリリリリリリ









 けたたましいベルの音をBGMに豪勢な屋敷の敷地をひた走る。

 こんばんは、です。
 ただいま本職である探偵業の任務遂行中。
 誰ですか?そんなトコ初めて見たなんて言う人は。
 地味でもそれなりに依頼は入って来るんです。
 本日の依頼は『とある天人の屋敷に忍び込み、ある人物に手紙を渡す事』。
 これだけだと、どんな政治的陰謀が絡んでいるのかドキドキものだけど、何のことは無い。
 手紙は恋文――ラブレター――だと思う。さしずめ、和製ろみじゅりってトコだろう。
 別に何かの陰謀でも私は全く気にしないけど。私は依頼をこなすだけ。

 下調べは十分。カメラの位置も、赤外線トラップの位置も完璧に頭に入っている。
 私は警報装置に触れていない、はず。
 それなのに今鳴り響いているコレはなんだろう。
 爆音目覚時計か?いやそんなまさか。
 センサーでも見落としていたのだろうか?そんなはずは無いと思うけど。

 屋敷から外に飛び出す。

 今の服装は全身黒ずくめ。手足の裾を絞り、指紋を残さないよう手袋をはめ、顔が見られないよう同じく黒い覆面をしている。早い話が忍者ルック。
 コスプレかって?いやいやいや。忍び込むのに適した格好を追及したら自然とこの格好にたどり着いたんだ。


 ―――――いたぞ!こっちだ!


 見つかった!?

 私は息を潜め、闇に乗じて広い庭を走り出した。バタバタと複数人の足音が聞こえる。
 まっすぐ私に向かって来る気配は無い―――?。


 ――――――桂だ!


 カツラ?何、この屋敷はカツラ禁制なの?そこは個人の自由だと思うけど。


 ――――――桂小太郎!


 ・・・・・・・・・・・・あー、うん。
 なんとなく分かってたけどね。
 カツラごときでこんな大騒ぎになる訳無いってさ。
 でもこう最悪の事態からは目を逸らしたいのが人情ってものでして。
 ったく、なんでよりによって過激派攘夷志士が同じ日に忍び込んでんだよ・・・・・・。




 ズンっ



 腹の底に響くような爆発音。
 近いな。

 今私が向かっている方角。事前に警報装置を誤魔化して置いた所だ。きっと桂とやらにも利用されたのだろう。
 どうする―――?
 今から別の退路を探すか?
 候補はいくつかある。
 でもここからの距離は遠い。強行突破しかないか。
 よし。爆発に乗じて抜け出そう。

 爆発音が近くなる。

 煙と炎の向こうに背後に白い影を従えなびく黒髪を見た。
 混乱に、屋敷の人間は私に気が付いていない。
 チャンスとばかり、煙の中から飛び出すと、間近で爆発が起きる。
 体が宙に浮き、浮遊感を感じる前に地面に叩き付けらた。

 こちらを見つめる巨大な瞳と視線が合ったのを最後に、私は意識を失った。



***



「いくぞ、エリザベス」

『待ってください』

「なんだ?」

『今吹っ飛んだ者が』

「爆弾投げているんだ。吹き飛びもするだろう」

『違います、子供だったようです』

「・・・・・・・・・・・・」



 月の無い晩。兼ねてから幕府と癒着し、江戸を腐らせている疑いのあった天人の屋敷に忍び込む絶好の夜。
 下調べでは警報装置あったはずの場所のスイッチが切れていた。これ幸いと侵入し、目指すは金庫。
 しかしどうやら警報が切れていたのはあそこだけだったようで、いくらも進まないうちに見つかった。
 警報が鳴り響き、ゾロゾロと警備の人間が出て来る。

 仕方が無い。最初の予定通り、派手にやるしかあるまい。
 用意してあった小型爆弾を次々と投げ付けると、雇われ警備員達は瞬く間に散った。

 他愛の無い連中め。

 いざ事前に調べて置いた金庫室に向かおうとすると、子供が吹っ飛んだとエリザベスが言う。

 子供がなぜこんな所に?
 しかし、放って置く訳にもいくまい。


「お前は子供を保護しておけ。ここの関係者のようなら目立つ所に捨てておけば良い。俺は中に行く」


***


 目的の書類を手に入れ、予め打ち合わせて置いた合流場所に向かうと、エリザベスはやはりというか、黒い塊を抱えていた。


「結局拾って来たのか」

『はい、我々と同じ侵入者と見られます』

「ふむ・・・・・・」


 どうしたものだろうか。敵の敵が味方だとも限らない。しかもこの格好、忍者のような黒ずくめ。明らかに堅気の人間じゃない。
 しかし気を失っている顔を覗き込むと、そこにはまだあどけない幼い寝顔があった。寝顔というのは正確では無いが。


『怪我もしてるようです』

「・・・・・・仕方が無い。アジトに連れ帰るぞ」


 アジトに運び、いざ手当てをしようと言う時、初めて子供が少女だと言う事に気が付いた。

 なるほど、確かに愛らしい顔をしているわけだ。

 なんとなく、あんなところで会った所為か男だと思い込んでいた。
 仲間に女手は無いため大至急医者を呼ばせる。俺たちが頼る医者だから当然闇医者だが、まだマシだろう。
 次いで俺の私室に運ばせ、エリザベスと共に看病にあたる。


「―――ぅっ、んっ」

『桂さん、目を覚ましそうです』

「ん――――――ん?うわっ!」


 目を開き、しばらく寝ぼけていた少女は、視界一杯に広がるエリザベスの顔に驚き飛び上がった。


「な、な、な?はんぺん?」


 はんぺん!?
 ペンギンやアヒルと言うヤツはいるがはんぺん―――。


「はんぺんではない、エリザベスだ」


 少女の不思議な感性に驚きながら、いつもの癖で訂正する。今まで気が付いていなかったのか、横から声を掛けると、弾かれたようにこちらを振り向いた。意思の強そうな瞳がまっすぐに俺を捕らえる。


「・・・・・・あー、桂・・・小太郎?」


 今度は俺が驚く番だった。


「いかにも。――――――なぜ?」


 なぜこんな小娘が俺の名を知ってるんだ?


「・・・・・・なんか、体が痛いんだけど、ちゃんと五体満足に残ってる?」

「おい」

「だってアナタ指名手配犯じゃん。ここは?秘密結社の隠れ家?」

「秘密結社じゃない、攘夷党のアジトだ」

「ふーん。手当てしてくれたの?」

「ああ。軽い火傷と、打撲が数か所。左肩は脱臼していた。しばらくは安静にしていろ」

「そりゃ、どうも。自宅療養するんで帰ります」

「まあ、待て。手当てしてやったんだ。名前くらい名乗ったらどうなんだ?」

「名前――――――もう調べたんじゃないの?」

「所持品は改めさせてもらったが、身許を確認できるものは何もなかった」


 代りに出て来たのは物騒な道具の数々。ゆとりのある服の至る所から出るわ出るわ、凶器の山。そのかわり身元を悟らせるようなものは一切持っていなかった。
 この少女、何者だ?


「ねえ、扇子と懐刀は?」


 所持品を改めたと聞いて、少女は慌てて周りを探り始めた。
 だが服は着替えさせているし、武器一式は別の所に保管してある。


「質問に答えたら返してやろう」

「ふざけんな。先に返せ」

「正体も分からんヤツに武器なんか渡せるか」

「指名手配犯の言う事なんか信じられるかよ!―――っと、え?」


「エリザベス!何を勝手なマネを」


 警戒も露に噛み付いて来る少女。心配しなくても返すと言うのに。
 しかし、いつの間に持って来たのか、エリザベスが勝手に扇と懐刀を返してしまう。ただの扇じゃない。一見少し大きめな何の変哲もないものだが、すべて特殊な極薄の金属で出来ている。恐らく天人の技術だ。しかも、骨の中からは金属糸が伸びるようになっていた。扇と同じ素材で出来ているそれは十分な殺傷能力を備えている。
 もう1つの懐刀はいうまでもない。


「あ、ありがとう」


 心底安心したようで、2つの武器を抱き締めて息を吐く。


「名は?」

「・・・・・・

「苗字は」

「黙秘」


 返してくれたらという言葉の通り、渋りながらも答えた。何故か苗字は伏せられたが、まあいい。


「では。なぜあんな所にいた?」

「散歩」

「そんなわけないだろう。しかもあんな格好で」

「あれが私服なんです。人のセンスに口出しすんな」

「嘘を吐くな、あんな格好で街を歩いたら目立って仕方が無いだろう」

「大丈夫。江戸の人は他人に無関心だから」

「貴様、ふざけているのか?」

「大まじめですが?」


 埒が明かない。
 なぜか一瞬のうちの嫌われたようだった。


「もういい?名乗ったんだし、そろそろ家に帰せよ」

「・・・・・・それが年長者に対する口の聞き方か?」


 敵意むき出しの瞳で見据えられる。
 が、不思議と腹が立たない。


「指名手配犯に対する口の利き方だ」

「・・・・・・指名手配犯ではない。桂だ」

「・・・・・・?アナタ、もしかして頭悪いの?」

「・・・・・・・・・・・」


 前言撤回。やっぱり腹立たしい。


「警報装置は切っておいたのはお前か?」

「そうだよ。アンタが余計な真似しなきゃ何事も無く帰れたのに。大体、同じ忍び込むにしても人の仕掛けを使うなんてどういう了見だよ。普通そこは察して避けて通るべきだろうが。その上、爆弾なんか使ったらご近所さんにも迷惑だろ。つーかあの程度の警備にあの火薬量はありえねーって。そんなんだから過激派とか言われるんだよ。侍なら刀一本で勝負しろコノヤロー」

「・・・・・・よく天人の屋敷には散歩に行くのか?」

「別に天人の屋敷を狙ってるわけじゃない」


 怒涛の様な苦情を垂れ流したつつ、警戒を解く様子は全く無い。

 「あの程度」・・・・・・か。
 正直、あの屋敷の警備は厳重な部類に入る。
 それを1人で、気づかれる事無く侵入し中で「何か」をして出て行こうとしていたというのか。

 相当手馴れている――――――。




「ふむ・・・・・・時に。攘夷に興味は無いか?」


 この娘、素性は怪しいが能力は腐らせておくには惜しい。少しでも有力な人材は確保しておきたいものだ。
 しかしこの台詞を口にした途端、の周りの空気が鋭く冷えた。



「あたし攘夷浪士なんか大っっっ嫌い」




 完璧な微笑で吐かれた台詞。
 しかしその瞳に浮かぶ感情は―――「憎悪」と呼べるものだった。





後書戯言
微妙さが収まらないので強制終了。
ヒロインにエリザベスをはんぺんと呼ばせたかったんです。ちゃんとお仕事もしてるんだよって言うお話です。仕事内容が明らかに探偵業じゃありませんが、不景気なので何でも屋さんと化していると思っておいて下さい。 
06.09.14
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