甘美な夢を見させて
「隊長さんっ!」
市中見回りの最中、珍しくの方から声を掛けて来た。一見少年かと見紛う様な格好で、パタパタと通りの向こう側から駆け寄ってくる。
「なんですかィ?」
「明日暇?」
仮にも、真選組一番隊隊長に暇かだって?
「もちろん暇ですぜ」
本当はガッツリ仕事だが、気にしない。小首を傾げてこちらを伺うににっこり答えてやると、は何の疑いも無く目を輝かせた。
「ホント!?」
「ああ」
「じゃ、ちょっと付き合って!」
「いいですぜ〜。代わりに何くれるんでィ?」
「いいモノ!」
冗談のつもりで言った言葉に上機嫌に返される。
マジかィ・・・・・・。
「じゃ、明日よろしく!」
そして一方的に待ち合わせの時間と場所を告げると、来た時と同じように慌ただしく去って行った。
***
翌日、待ち合わせの時間になってもは現れなかった。一応、非番ではないので隊服を着て、適当にポケットに手を突っ込んで彼女の到着を待つ。
と待ち合わせるなんて初めてだ。
この俺を待たせるなんて何様のつもりでィ。
このまま帰ってやろうかと思っていると、パタパタと駆けて来る足音がした。
でもの物じゃない。小さい歩幅と軽い足音は女のモノ。普段男みたいな格好をしてるはもっと飛ぶような思い切りのいい歩き方をしている。
「ごめん!準備に時間掛かっちゃって」
しかし掛けられた声は間違いなくのもので。俺は訝しがりながらも、声につられて振り向いた。
「遅ェですぜ・・・・・・・・・・・・って、?」
「はいはい?」
振り向いた先には見たことの無い可愛らしい少女がいた。
「どちらさんで?」
「は?」
いつもの男装ではなく、明るい色の着物姿。髪は小さいお団子にまとめ、ふわふわした後れ毛を垂らしている。化粧は特にしていない。顔は確かになのに、服と髪型が違うだけでこんなにも雰囲気が変わるものなのだろうか?
「じょ、女装?」
「・・・・・・一応あたし女なんだけど」
この俺が素直に可愛いと思ってしまうくらい、の女装姿は可愛かった。
そしてそんな感想を持つ自分が気持ち悪かった。
「どう?」
着物の袖を持ち、ふわっと一回転してみせる。
いまだかつて見たことの無い女の子らしい動作に、頬が引きつるのを感じた。
「一体どういう風の吹き回しでィ」
「今日はこれじゃなきゃダメなんだよ。やっぱ変?」
変かって?変だろう。が女装だなんて。チャイナの和装くらいありえない。
「おーい」
黙ったままの俺の前でが手を振る。そのあまりにいつもどおりな動作と、外見に申し訳ないような言葉遣いに、やっと少し安心した。
「で、今日はどうしたいんでィ」
「この格好に関する感想は無しかよ」
「ああ、可愛いですぜ。着物」
「ここは馬子にも衣装って言って蹴飛ばされる場面だろ?」
「ぶたに真珠でさ」
「せめて猫にしてくれ」
貶されたいのか?
目的は告げないまま、歩き出したについていく。
自ら馬子にも云々言い出すヤツなんて聞いたことねェ。
***
「ちょ、待て隊長さん。そっちじゃねー」
気が付くと、追いかけていた背中を追い越していた。慣れない着物姿で歩きにくいのか、いつもよりペースが遅い。
「遅いでさァ。つーか目的地教えろィ」
「2丁目の公園」
「んなとこ行ってどうするんでィ。まさかデートですかィ?」
「そんなとこ」
は?
「・・・・・・普通デートの待ち合わせ場所に男同伴で行こうとしやすか?」
アホらし。なんで俺がコイツをデート場所までエスコートせにゃならねーんでィ。
「はぁ!?なーに言ってんだ?キミとあたしがデートだろ」
「はぁ!?お前ェが何言ってんだィ?」
誰が誰とデートだって?そんな話聞いてねーぞ。
それなら隊服なんか着てこなかった。
普通の町娘と黒い隊服を着た真選組とじゃ釣り合わねェだろ。
「ほら、あれ」
俺の心の葛藤なんて何のその。いつの間にか公園の入り口に到着していた。
の指差す先には白地にピンクや黄色でポップな文字が書かれた頭の悪そうな看板。
曰く、「本日カップルデー 熱々な2人で冷た〜〜いアイスを!」
「・・・・・・アンタ、アホですかィ」
「ぅえ?なんで?今日、カップルで買いに行くとスペシャルアイスが買えるんだって!しかも1個分の値段で!」
「お前ェ、和菓子専門じゃなかったのか?」
「うんにゃ。甘い物ならなんでも好きだけど?」
言いながらはどんどんとアイス屋へ近づく。俺の隊服の袖を引きながら。
アホらし。
***
カップルだらけの公園から離れ、俺達は河川敷で並んで座っていた。
「隊長さん、食べないの?」
カップル限定のアイスは、通常の倍近いサイズのコーンに2人分アイスを乗っけたひたすら強引なものだった。
さすがに食べにくいからか、スプーンが2つくっついてるが、そのスプーンも柄がハートを象っていたりして妙に気持ち悪い。
コーンはが持ち、「食べないの?」と聞いてくるくせに俺に分けようと言う態度には見えない。アイスも全部が選んだし、金を払ったのも。
アホらし。
本当に俺は買うためだけに呼ばれたのか・・・・・・。
「ほい、チョコミント。好きだろ?」
自分の使っていたスプーンにチョコミントアイスとデコレーションの生クリームを乗せて差し出してくる。
食えってか?
「なあ。アンタ、これが食いたかっただけかィ?」
「ん?そうだけど?」
「そのためだけにわざわざ女装までして?」
「うん。だって今日限定だよ?毎年やってるんだけど今まで彼氏役頼める知り合いなんていなかったし、ここは甘味好きとして抑えて置かなきゃね。今度万事屋さんに自慢しなきゃ。あの人絶対買えてないよね。彼女いなさそうだもん」
「だって人のこと言えねェでさ」
だって俺別に彼氏じゃねーもん。
「いいんだよ。食べられたモン勝ちさ。―――ねえ、食べないの?あたしのおごりなんだから食べなよ。わざわざ付き合ってもらっちゃったし」
ぐいっと差し出されるスプーンを渋々咥える。
「・・・・・・別にいつものと変わんねーでさ」
「それを言ったら、キミ・・・・・・身も蓋も無い。いいんだよ、イベントみたいなもんだから。別に美味くも無いのに桃の節句に雛あられ食うのと一緒だよ」
「お前ェ、桃の節句祝ってるのか!?」
「昔はね。あの甘いあられは甘味好きでも受け入れられん。甘いかしょっぱいかはっきりして欲しいよな」
もしゃもしゃとアイスを口に運びながら、気が付けばいつもの意味の無い会話が始まっていた。こんなもんの為にわざわざ慣れねー着物着て、彼氏役見繕ってくる気が知れない。
「次どれ食べるー?」
「わさびソフト」
「そんな味ねーよ」
色だけ似ている抹茶アイスが運ばれる。
「なあ、万事屋の旦那でも良かったんじゃねーの?」
「万事屋さん?ちょっと年齢的にカップルに見えねーだろ。見られて兄弟か親戚だよ。しかもヤツは万年金欠だからあたしに払わせるに違いない」
「じゃああの、志村とか言うの」
「メガネくん?・・・・・・万事屋さん差し置いて誘ったら血を見るだろ」
「土方さ」
「あの人とモノ食いたくない」
「じゃあ山崎」
「・・・・・・・・・・・ねえ、なんで怒ってるの?」
「別に怒ってないでさ」
「・・・・・・そう?監察くんねぇ。思い浮かばなかったな。ここのイベント知って、キミと来ようと思ったんだけどね。迷惑だった?」
「・・・・・・いや」
「ふーん。ならいいけど。食べないなら全部食べちゃうよ?」
「腹壊しますぜ。手伝ってあげまさァ」
「いやいやいや、そんな無理して食べられてもアイスさんが可哀想っ!」
思いつく限りの男の名前を挙げてみて。
その中で一番に思いついたのが俺って訳で。
「おい、」
「ん?」
「このあと暇だろ?付き合えィ」
「どこに?」
「デート」
「うえぇぇえ!?」
今日のところは、残り半日献上で許してやらァ。