ささいな風に揺れ動く心
 深夜の大捕物。
 殺しにかかって来るヤツ等を斬る事に何の躊躇いも無い。
 むせ返る様な血の匂いを纏う事に何の感情も抱いたことはなかった。

 仲間を置いて逃げ出したヤツを追いかけ、最後の1人を斬り捨てる。

 民家と民家の間の、細い路地。

 はっと微かに息を飲む音がした。

   民間人か?面倒くせィ・・・・・・。

 振り向いたそこにいたのは、目を見開いて立ちすくむだった――――――。

 瞳を逸らさず、まっすぐ見つめて来る視線に内臓が締め付けられる気がした。


「――――――隊、長さん?」


 目を凝らし、俺の姿を捕らえた小さな声が呼ぶ。
 死体を挟んで2人、血の匂いが辺りに立ち込める。
 こんなに不快なものだっただろうか。
 は地面を濡らす血に気を留めもせず、一歩近付いて来る。


 ―――来るな。


 ちらっと足下の死体を見やり、うわっと顔を歪める。お互いの表情が分かる距離まで近付いた所まで来ると、の足が止まった。


 ―――そうだ。それ以上・・・・・・



「沖田さん?」

「っ!―――」


 名前を呼ばれた瞬間、俺はその場から逃げ出した。




















 人を斬る事に疑問を抱いたことは無い。
 何の感情も抱かない。


「総悟」

「なんですか、土方さん」


 あの夜から、血の匂いが消えない。


「あの小娘だ」


 通りの向こうの本屋で、が立ち読みしてる姿があった。


「ああ、そうですかィ」

「そうですかって、おめぇ行かないのか?」

「何言ってるんですかィ、今は仕事中ですぜサボってんじゃねーよ土方」

「・・・・・・ああそうかい」


 血の匂いが消えない。


 ふと、顔をあげたがこちらに気がついた。
 視界に俺を捉えた瞬間の表情が見たくなくて、目が合う直前、俺の方から顔を逸らした。
 がどんな顔をしたかは知らない。
 知りたくも無い。

 アイツは俺の仕事を知ってるし、そこらの町娘よりずっと血なまぐさいコトに馴れている。実際本人も何をしているのやら、戦い慣れはしているし、性格も好戦的だ。
 でも、アイツから血の匂いはしない。
 考えてみれば、その方が当たり前なのに。真選組の中に居て、感覚が麻痺していたのか。
 に会って初めて、自分が纏う血の匂いに気がついた。








「・・・・・・ィ、オイ総悟!」

「ァ?なんですかィ?」


 偶然見つけた小物の攘夷連中を、土方さんと2人で追い詰めた。
 ただの雑魚だ。
 奉行所との面倒くさい事務手続きを終え、パトカーに戻ってきた土方さんは面白いくらい渋い顔をしていた。


「どうかしやしたか?顔が面白いことになってやすぜ」

「どうかしたのはお前だ」

「―――何の事ですかィ?」


 この人は、俺に負けず劣らず血の匂いが絶えない。


「あの晩の捕物からおかしいぞ」

「何がですかィ」


 心当たりはある。
 それでもとぼけていると、隊服を指差された。黒だから分かりにくいが、血に濡れた隊服。

 ああ、だからこんなに血生臭かったんだ。


「これがどうかしやしたか?」

「お前普段は返り血なんて浴びねーだろ」




と何か」

「アイツは関係ねェでさ」

「んなことねーだろ。ここん所全然アイツのトコでサボって無いんだぞ?」

「良い傾向じゃないですかィ」


 いつもサボると怒るくせに。


「何があったんだ?」

「土方さんに関係無いでさァ」

「ああ、そうだな。だがそんな血みどろな姿で辛気臭い顔されるとこっちの気まで滅入って来るんだよ」

「・・・・・・そりゃ、どうもすみませんね」

 血に濡れた姿を意識した途端、返り血が制服を通して体に浸透して来る様な錯覚に陥った。
 気持ち悪ィ。


「小娘に何か言われたのか?」

「何も」


 ここ数日、顔も合わせていないし、あの晩だって俺が逃げ出したから。最後に口を利いたのはいつだっただろうか。


「だから何でそこでが出て来るんですかィ」

「アイツくらいしかいねーだろ。お前が落ち込む原因なんか」

「落ち込む?」

「・・・・・・お前、気がついていないのか?あの晩以来、一度も俺の命狙ってねーんだぞ?」


 そういえば、ここ数日土方さんをおちょくった記憶が無い。というより、記憶そのものが霞がかって曖昧だ。


「・・・・・・土方さん、今から有給取りまさァ」

「有給は事前に申請しろ」

「書類手続き苦手なんでさァ。適当に誤魔化しといてくだせェ」

「明日には帰って来いよ」

「へーい」


 ムカつくが、本当にムカつくが土方さんは同じ穴の貉。隠し事は出来ないらしい。
 どうしようもなく、アイツに会いたくなって、見慣れたショボくさい長屋の前まで急いだ。

 遅くは無いが、もう日が沈んだ後。




 の部屋から漏れる明かりに、ほっとすると同時に、何故か無性に泣きたくなった。



後書戯言
別人警報
06.10.01
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