求めたのはキミじゃない人


「お嬢さん。こんな夜更けに何してんだィ?」


 深夜、というにはまだ早い時間。
 河川敷で仰向けに寝転んでいると特徴のある口調が降って来た。


「悪質なナンパお断り」


 そちらに視線を送る事無く答えると、軽い溜め息が聞こえる。


「夜中に出歩くなって何度言ったら分かるんですかねィ。襲われても知らねーぞ」

「わざわざ男狙って来るような好きモノに負ける気はしねーよ」


 私の格好なら夜陰に紛れて男にしか見えない。好き好んでこんなガキんちょ狙う変態もいないだろう。


「分かってやせんね〜。みたいな変わり種、その道のヤツ等には恰好の獲物に映りまさァ」

「寄るな変態」

「俺ァ違いやすぜ」


 言いながら、勝手に隣りに腰を下ろす。


「いい月ですねィ」

「・・・・・・・・・・・・」


 今宵は満月。月を愛でる国民としては欠かせない月1のイベント。毎回天気が良いとも限らないからこんなに良い月、見ないなんて勿体ない。
 だから私はできる限り、きれいな月夜はお月見に当てる。
 夜空だけじゃない。青空でも、花でも海でも。綺麗なものはゆっくりゆったり見ないとね。


「こんな晩には一杯。一緒にどうですか」


 言いながら懐からハーフボトルの日本酒を出す。


「・・・・・・隊長さん、未成年だろ」

「関係ねぇでさァ。俺が法律でィ」


 ・・・・・・まあ、この腐れ公務員が今更未成年だから飲酒はしないとか言ったってそれ以前に色々手遅れだ。


「それよりは飲まねーんですかィ?」

「だから未成年に飲酒を勧めるなって」

「何を今更。自活してる人間に成人も未成年もあるかィ」


 警官の癖に。その言い様が面白くて、思わず笑ってしまった。


「あたしはこっち」


 言って取り出したのは大量の月見団子。笹に包まれたそれを開くと、沖田は嫌そうに目を細めた。


「なんだよ」

「またそんなに買い込んで・・・・・・どう見ても一人分じゃねェだろ」

「そんなのあたしの勝手だよ」


 沖田は未だに、普段の少食振りから私の甘味の摂取量が納得いかないらしい勘が鋭くて困っちゃうね。
 万事屋さんですら、ただの発作だと思ってるのに。


「こら、勝手に食うな」

「一人で全部食う気だったんですかィ。ったく、どうして俺の回りには食に難を抱える人間が多いのかね」


 私の制止に構わず、沖田は次々と団子を口に運ぶ。
 こいつだって、出されたものは(勧められなくても)何でも食う雑食性じゃないか。




***




「飲んだ事は無いんですかィ?」

「何が?」


 柳の斜め上方にあった月が中天に差し掛かった頃、いきなり沖田が切り出した。
 勝手に私のお団子に手を出しながら。あげるって言ってないのに。


「酒」

「・・・・・・まあ、無いことは無い」

「なんでィ、なら遠慮するこたねェでさ。んな甘ったるいもんばっか食ってないで一杯飲みなせィ」

「だから未成年者に飲酒を勧めるなって」

「酒乱とか?酔ってキス魔になったりするなら大歓迎ですぜ」

「黙れ変態」


 一体何を期待しているのやら・・・・・・。
 妙に輝かしい笑顔で両手を広げる沖田に冷たく一瞥をくれる。


「なんでそんなに飲ませたがるんだよ」

「別に。ただみたいな生い立ちなら飲まない方が不思議でィ。ちなみに俺はの年齢で近藤さんより強かったですぜ」


 まじでか・・・・・・。


「近藤さん、酒好きな癖に弱いんでさァ」


 ああ、なるほど。
 沖田が近藤さんの話をする時の顔は、本当に嬉しそうで。いや、基本的にはあの人をバカにした無表情なんだけど。全身で近藤さんのコトが好きだって言っているのが伝わって―――嬉しくなる。

 だから柄にも無く。

 ちょっと、昔話をしてみる気になった―――




「・・・・・・昔、一度だけ」

なんとなく、気恥ずかしくなり後ろ向きに倒れる。


「うちの道場、お酒飲む人少なくてさ、あんまり酒宴の経験も無いんだ」

「へえ、ゴロツキが集まる所に酒が無いなんて」

「ゴロツキって・・・・・・」


 お酒なんか無くっても、それこそ白湯1杯で腹筋が痛むほど笑いあえた。
 師匠がお酒に逃げる事を許さなかった。
 それなのに。


「ただ、時々・・・・・・師匠がね、隠れて飲むんだ。隠れてって言っても、みんなが寝静まった深夜に自分の部屋でなんだけどさ」


 虫の声も静まった深夜。一人、夜星に向かって杯を傾ける後ろ姿。
 まるで何かの儀式の様に、毎月同じ場所に座り、無言で同じ動作を繰り返す。
 その日が師匠の無二の悪友、つまり私の両親の月命日だと気がつくのに時間は掛からなかった。
 眠れないのは私も同じだったから。
 それは私の手前、沈んだ顔を見せられない師匠の唯一の弱音に見えた。
 だから私も知らない振りをした。


「師匠やみんなが死んで、独りぼっちになった時、なんとなく両親の命日に独りで飲んでた師匠を思い出して・・・・・・その時、初めて飲んでみた」

「・・・・・・どうだったんですかィ?」

「・・・・・・大人って良く分かんない。別に美味しくないし、なんか体が熱くなって、余計独りだって思い知らされて。泣きたくないのに涙が止まらなくて、泣いてるのに誰もいなくて、2度と口にするもんかって―――っ!?」


 ―――突然、口を塞がれる。
 寝そべっていた体に覆い被さられ、合わさった唇から冷たいのに焼けるような感触のする液体を流し込まれる。
 咄嗟に飲み込んでしまい、むせ返った。


「ぅ、ごほっ、てめ、なにすっ」


 起き上がり、咳の合間に搾り出した抗議の声は間髪入れず注ぎこまれた2口目と共に飲み込まれる。
 立て続けに無理やり飲まされたアルコール(しかも度数の高そうな)の所為で喉と胃の奥が焼ける様に熱い。苦しさで生理的な涙が目に溜まる。
 頭が真っ白になった。
 いきなり2度もキスされた。
 しかも飲まないって決めてたお酒を飲まされた。
 一体何を重点に怒るべきか図りかねる。


ちゃーん?」

 呆然と口元を押さえる私に、拍子抜けしたのか、沖田はヒラヒラと目の前で手を振ってくる。
 腹立ち紛れにその手軽く殴りつける。


「何しやがるっ」

「どれのことですかィ?」


 心当たりがあるのだろう(あって当然だ)。ニヤニヤとした笑みがムカつく。


「全部だ、全部。ったく、なんで・・・・・・」

が女々しいからですぜ」

「忘れてるかも知れないけどあたしは女だ」

「んな後ろ向きな理由で嫌われたんじゃ酒が可哀相でィ」

「回想話を完璧シカトされたあたしが可哀相だ」

「一人酒なんてタダでさえ寂しいもん、そんな状況でするからんな目に合うんでさァ。両親でも師匠とやらでも、いくらでも思い出せば良い。俺が一緒に居てやる」

「な、に、言ってんだよ。別にあたしはっ」


 師匠が死んで、両親の為に杯を傾ける人がいなくなった。
 死んだ師匠やみんなへの弔いはどうしたらいい?
 頭の悪い子供だった私には、師匠の真似をするしか思い付かなかった。
 だけどそれには幼くて。
 お酒のもたらすほろ酔い感を、心地よいと感じることは出来なかった。

 沖田なんか、バカな癖に。

 今では、私なりの追悼の方法も見出だした。お酒なんか飲まなくったって平気なのに。


「もう一口行きやすか?」


 言って襟首を掴み引き寄せられる。


「い、いえ。結構で―――っ」


 こ、こいつっ!いらないって言ってんのに!
 しかも口移しは必須なのか!?


「飲むって言うまで続けやすぜ」

「っ飲みます!謹んで受けさせていただきます!」


 ニィっと口の端をあげて言ったセリフに、危機を覚えて即答する。
 盛大な舌打ちが聞こえたのは無かったことにしよう。
 またまた懐から取り出したお猪口に注いでもらう。

 いやー、真選組一番隊隊長様にお酌していただくなんて贅沢極みだね。


「気の利かねー女だな。俺に手酌でやれってか?」

「はいはい、すみませんね」


 私は月見団子を食べに来たはずなのに。
 そのお団子の半分は沖田に食われ、無理やり飲まないって決めてたお酒は飲まされるし。
 しかも口移しだよ?

 ああ、師匠。はもうお嫁に行けません。



「あたし、酔ったこと無いからどうなるか知らないよ?」

「そりゃ、丁度良い。酔った勢いで既成事実作りゃこっちのもんだィ」

「酔った勢いで誘われても、覚めてそんな気は無かったって言われたら強姦罪だぞ」


 オイオイ、なんだその驚いた顔は。こいつ、警官の癖に法律ナメ過ぎだろ。


「強姦罪が怖くて真選組が勤まるかィ」

「ちょっと待て、真選組って何の集団?」



***




 翌朝。
 まだ日の出前。
 目が覚めたのは私の部屋で。自分で帰った覚えもなければ布団を敷いた覚えも無い。頭がぼんやり重くて、上手くものが考えられない。
 ふと、妙に体が暖かい、むしろ熱いことに気がついた。
 重い目をこじ開け、無理やり焦点を合わせるとそこには白いYシャツ姿の沖田が・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・落ち着こう。
 どうして私はこいつの抱き枕になってるんだ?

 沖田は上着とベストは脱いでスカーフも外しているけど他はちゃんと着てる。
 対して私は昨日と同じ服・・・・・・って何で袴脱がされてるんだよ。

 いや、確かに寝苦しいけどさ。
 慌てて体をチェックする。
 特に痛むところも無いし、異常無し。

 人が大いに焦っていると言うのに呑気に寝こけてる寝顔がムカついて、布団から蹴りだした。


「痛ェなあ。なにすんでィ」

「うるせー、朝だぞ。屯所戻んなくていいのかよ」

「ったく色気の無い女はこれだから困りまさァ」

「色めいたことなんか無かっただろ」

「へいへい。あーあ、土方さんがまたうるさいだろうなぁ、の所為で」


 私?私の所為か?100%違うだろ。


「今度は花見酒にしやしょうや」


 そう言い残して、沖田は明け方の町へ去って行った。





「ばーか。花見の季節はとっくに過ぎただろ」

後書戯言
お酒は二十歳になってから!!
06.10.01
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