別人のような彼女の演技
最近、沖田隊長にお気に入りが出来たらしい。
相変わらず屯所にいる時は傍若無人な態度で副長にバズーカぶっ飛ばしたり、変なアイマスクで所構わず昼寝したりしてるけど。今まで以上に外回りを、というか市中見回りを楽しみにしているようだ。
もともと屯所の中にいるよりフラフラ出歩きたがる人だったけど。なにか明確な目的があるような、仕事に向かうにしては楽しそうな気配が、あのとぼけた無表情から滲み出ている。
その理由はすぐに分かった。
***
「副長、山崎です」
「入れ」
沖田さんが市中見回りに出かけた後副長の部屋に呼ばれた。
まったく、今日は非番だというのに。
どんよりとした空模様が、与えられる任務を象徴していなければいいんだけど。
「こいつを洗って来い」
差し出されたのは一枚の写真。ふわふわした黒髪を無造作に襟足で束ね、みたらし団子を咥えた美少年。見覚えのある子だった。
「この子・・・・・・ちゃん?」
一見少年のような格好だが、間違いなく女の子だ。
これ、隠し撮りだよな?
「知ってるのか?」
「ええ、かぶき町では結構有名ですよ。人懐っこいし、腕っ節は立つし、・・・・・・あ、団子あげると喜ぶそうです」
「・・・・・・なんだそれは。まあいい。とにかく、こいつを調べてくれ」
「いいですけど、何故です?」
「総悟が気に入ってるんだよ」
苦虫の変わりにタバコのフィルターを噛み潰す姿に思わず半眼になる。
そんな事の為に俺は休日出勤をさせられているのか。
「・・・・・・・・・・・・ふくちょー、人の恋路を邪魔するのはどうかと思いますよ?」
そんなんだからふんどし仮面にほどこしパンツ貰うんですよ。
「んなんじゃねぇよ。もしこいつが攘夷派で総悟に取り入ろうとしてたらやっかいだ。それからあのパンツは総悟の悪戯であってほどこしじゃねぇ!」
「沖田さんなら大丈夫だと思いますけどねえ」
「とにかく、問題が無ければいいんだ。攘夷派との接触やテロへの関与が無いか調べろ」
「・・・・・・もし、あったらどうするんですか」
「斬る」
「・・・・・・副長、何だかんだいって沖田さんの事大事にしてますよねー」
何気なく言った一言は、副長の逆鱗に触れてしまった。
「るっせぃ!!いいからとっとと行って来い!何も分かんなかったら切腹だからなァァア!」
「はいぃぃっっ!!!」
***
。
職業フリーター。
と、本人は言っているが朧狐屋という古本屋を窓口に探偵社を営んでいる。万事屋とは少し毛色が違うし、看板も無ければ宣伝もしていないが、閑古鳥が鳴いている様に見せかけて実はそれなりに繁盛しているらしい。さらに、それだけでは飽きたらず、江戸中至る所で短期のアルバイトに励んでいる。
現在分かっているのはこの程度。
あ、ターゲット発見。
俺は気配を殺して後をつける。藍色の着物と黒の袴姿にふわふわした髪が揺れている。
と、突然彼女の足が止まる。
肉まんの屋台で呼び止められた様だ。
にこやかに笑顔で対応し、一抱えはありそうな袋を受け取った。
「あー!、美味そうなもの持ってるアルな。私にも一袋寄越すヨロシ」
「げっ、中華娘・・・・・・」
「中華娘違うヨ。私には神楽というプリティな名前があるネ」
「これはやらねーぞ。あたしの昼ご飯だ。キミは酢昆布食ってろ」
少し離れたところにいる俺にまで聞こえる様な大声での会話に、道行く人は微笑ましい物を見る様に眺めている。
チャイナ娘もある意味有名人だ。
「聞いてヨ、。銀ちゃんはヒドいネ。今月も給料酢昆布だったネ」
「酢昆布が給料として認識されていることにびっくりだよ」
「酢昆布確かにおいしいヨ。でも腹に貯まらないアル。だからその手に持ってる肉まん寄越すヨロシ!」
言ってあろう事か彼女に飛び蹴りを仕掛ける。
あんなナリでも一応女の子・・・・・・。
「あー、はいはい。じゃこれやるから大人しくしろって」
でも俺の心配は杞憂に終わる。
飛び掛かるチャイナ娘を軽く躱し、避けられた事に逆上しさらに仕掛けて来る前に、大きい方の包みを差し出す。
「おおっ!話の分かる人間は好きアルヨ!」
「そりゃどうも」
「そっちの包みは何アルか?」
「胡麻団子」
「おおっっ!」
「やらねーぞ」
「なんでヨ!ヒドいヨ!私肉も好きだけど団子も好きアル!幸せは分け合うべきヨ」
「あたし幸せは独り占め派だから」
「あーあー、これだから大人はいやアルヨ。心の寂しい人間にはなりたくないアルネ」
「あたしより2つ3つしか違わないくせに何言ってんだ?大体腐った大人代表選手の万事屋さんが保護者な時点でキミももう手遅れだな。そのうちもっちりと糸を引く日も近い」
「こそ腐った酢昆布になってしまえばいいネ!後悔したら胡麻団子20個寄越すヨロシ!」
・・・・・・・・・・・・。
万事屋の旦那、もうちょっと真面目に教育に励んだ方がいいんじゃ・・・・・・。
しかしさんもチャイナ娘の毒舌に負けていない。
最近の女の子って・・・・・・。
肉まんはチャイナ娘に取られ、胡麻団子で腹を満たしたターゲットは今度は喫茶店に入って行く。
まだ食べるのか?
奥まった席に通され、何か長い名前のパフェを頼んでる。
まだ食べるんだ・・・・・・。
時計をチラチラと見ているから待ち合わせかな?
後をつけていた俺は植え込みに身を隠し背後の席を伺う。
3時を少し過ぎたころ。ようやく待ち合わせの相手が現れた。
何の変哲もない女の子。
なんだ・・・・・・友達かな?
俺は攘夷派との密会かも、と警戒していた緊張を解いた。
「頼んでいた物は?」
「ここに」
ぅぉおい!せっかく安心したというのに、いきなり緊張感溢れる前フリに一気に注意を向ける。
植木の間からチラッと白いメモ用紙が見えた。
まさか本当に攘夷派と?
俺は息を殺して2人の会話に耳を澄ませた。
「渡す前に1つ。ここを訪ねてどうするつもり?」
「あなたには関係の無いことよ」
「確かに。だけど、あなたは大切な依頼人だし、依頼人には幸せになって欲しい。もちろんあたしには関係の無いことだから、言いたくなければ言わなくて良いけど。最後まで見届けたいってのがあたしの本音だから。行ってどうするの?」
雲行きがおかしい。
ただの友達ではないが、これは本業の探偵業の顧客か?
「・・・・・・・・・・・・会いたいだけよ。ただ一目元気な姿が見たいだけ。ただそれだけよ」
「・・・・・・元気な姿が、必ずしもアナタにとって幸せな光景に映るとは限らないよ」
「それでもっ。・・・・・・私は、私を産んだ人が今どうしているのか知りたい。別に一緒に暮らしたいとか、生活の援助をして欲しいとか、そう言うのじゃないわ」
「そっか。じゃ、これ」
「・・・・・・ありがとう」
「どういたしまして。あたし、強い女の子好きだよ。頑張れ。帰って来たら自棄食いくらいなら付き合うからさ」
その後、彼女は喫茶店を出ると老人の井戸端茶会に参加したり、コンビニで雑誌の立ち読みしたり、とにかく怪しい動きは無かった。
さっきの女の子だってただの依頼人だったみたいだし。本当に仕事してたんだ。
会話から察するに生き別れでもした母親を探していたのだろう。よくある話とは言わないけど、珍しい事じゃない。ただ、それに対する対応が妙に大人びてて、とても15、16の子供には見えなかった。
副長が警戒する気持ちも分かる気がする。