勘違いすれ違い
「ねえ」
「ん?―――ぅええっっ!?」
不意に声をかけられ、顔を上げると今日一日後をつけていたターゲット、が不信感満載の表情で俺を見下ろしていた。
ちなみにここは屋根の上。
「ご、ごきげんよう」
「ったく、真選組って本気で仕事する気あんのか?一日中鬱陶しいったらありゃしねー」
「え、なんで真選組だって・・・・・・」
今日は隠密行動だから隊服じゃない。それに俺は初対面のはずだ。
「血の匂い」
「え――――――」
「あと気配の消し方が似てる」
「だ、誰に?」
「キミんとこの副長さん。で、なんであたしをつけてたんですか?」
うろん気な眼差しで屋根に這い蹲る俺を見下ろす。
「いや、あの、つけてた訳では―――いや、はい、ごめんなさい」
副長の様に瞳孔が開いている訳でも無く、本気になった時の沖田さんの様にどこか切れた鋭さがある訳でも無いまなざしに、なぜか逆らうことが出来なかった。
「ふぅん・・・・・・暇なんですね、真選組」
いや、決して暇な訳では無く。これだって立派な仕事のはずだ、多分。
それよりも問題はこの子だ。
調査対象に追跡がバレてしまった。
これはもしかして切腹モノか?ああ、こんなことならもっとミントンしておけば良かった。こんな仕事で切腹か、って自分で「こんな」って言っちゃったよ。
「それ隊長さん命令?」
いつの間にか俺から視線を外し、どこか遠くを眺めていた彼女が問う。
「え?隊長って?」
うちには隊長と呼ばれる人は10人いる。
「沖田総悟。キミんとこの1番隊隊長じゃないんですか?」
ああ、沖田隊長か―――って、えっ!?
「な、なんで沖田さんだと?」
「だって他に知り合いいねーし・・・・・・ってことは違うのか。じゃ、あの感じ悪いニコチン野郎か」
ニ、ニコチン・・・・・・。副長の事だよな。
「な、なんで?」
「だーかーら、その2人しか心当たり無いんですってば。まあ、隊長さんがわざわざこんな回りくどいこと―――って、こっち!」
「うげっ」
話している途中、突然襟首を掴まれ後ろ向きに引き倒される。傾斜の付いた屋根を転がり落ちそうなところは俺を倒した本人によって支えられた。
「い、いきなり何を・・・・・・」
「ん?ああ、隊長さんに見つかりそうになった」
「はあ?」
「5ブロック向こう。見つかったらマズいんでしょ?」
「ああ、まあ・・・・・・」
・・・・・・確かにマズい。マズいんだけど、調査対象に心配される俺って・・・・・・。
「で?ご用件は?」
「いや、これと言って用がある訳では・・・・・・」
「んんー?用も無いのに善良な市民を付け回すのがキミ達の仕事ですかあ?もうちょっと有意義な生活を送るべきですよお?」
うわ、憎たらしい口調。誰かを髣髴とさせる、人を食ったような。薄く浮かんだ微笑、軽薄な口調から伝わるのは・・・・・・微かな敵意?
「確かに俺もどうかとは思うんだけどね。こればっかりは命令だからねぇ」
「だからなんて命令されたのか聞いてんだよ。警察に追いかけられる様なことして無いと思うけどなぁ、今のところ」
ぼそっと一人ごちる言葉は乱れ、機嫌が急降下しているのが見て取れる。
今のところ。
ならこの先は?
「何か聞きたい事があるの?だったらさっさとしてくれる?こそこそ嗅ぎ回られて不愉快だ」
「なら単刀直入に聞きます。さん、攘夷志士と関わりはありますか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
やべっ、直球過ぎたか!?
これでもしこの子がどこかの攘夷組織と通じていたら斬り合いになってもおかしくない。
しかし「攘夷」の一言を出すと、さんは一瞬不思議そうに首を傾げて直後、きゅっと眉を細め俯いてしまった。
「―――なっ・・・」
「え?」
くぐもった声の内容は聞き取れない。
「ふざけんな!!」
聞き返した俺に、さんは今までの人を食ったような態度を一変させ、険しい表情で睨みつけてきた。
「あたしがっ!なんでっ!・・・っ、くそ!」
激昂するさんを呆然とみつめる。
苛立ち紛れに踏みつけた足元の瓦が鈍い音を立てて割れた。
この反応はどう捉えたらいいのか・・・・・・。
「おやー、珍しいお2人さんですねィ」
「沖田隊長!?」
一触即発、というよりさんは既に爆発しかかっている―――と呑気な声が降りてきた。
「山崎ィ。そいつァ俺んでィ。手出すんじゃねェ」
突然現れた沖田隊長は、さり気なく俺とさんの間に入って来た。
「も、変なヤツについて行くなって言ってんだろ」
「・・・・・・な」
「はい?」
「近寄るな!」
さんの警戒は、少しずつ歩み寄りながら呑気に説教を始めた沖田さんに移った。はっきりと拒絶された沖田さんが、危ない目で俺を見据える。
「山崎・・・・・・テメェに何しやがった」
「な、何も・・・・・・」
マズイ。これは本格的にマズイ。
調査対象にそれがバレただけでなく、沖田さんにまでバレてしまった。
ただバレただけじゃない。
「キミも・・・・・・」
「?」
「隊長さんも?あたしが攘夷浪士と繋がってると思ってたの?だから近づいてきてたの?見張ってたんだ・・・・・・」
「はぁ?何言ってんでィ?」
「なんで、あたしがっ、攘夷なんかっ・・・・・・」
「おい、。ちょっと落ち着「触んな!!」
さんの取り乱した声に、涙が滲み始めた。
それに気が付いた沖田さんが近づくが、伸ばした手を思いっきり叩かれる。
ぱしん と乾いた音が妙に響いた。
「冗談じゃないっ、あたしはっ」
「おい、」
「攘夷?冗談じゃない。攘夷浪士なんて大っ嫌い」
「、分かったから」
「――――アンタ達も」
「え?」
「攘夷派も幕府も大っ嫌い。皆いなくなればいいんだ!」
そう叫ぶと、さんは沖田さんの制止を振り切って屋根を飛び降り町中に走り去ってしまった。