箱庭に閉じこめて
「。聞き覚え無いか?」
「無いかって、ありゃ、俺のぱふぇ仲間だ」
「そうではない。―――もしや医師では・・・・・・」
「おいおいヅラァ、そりゃいくらなんでも考え過ぎだろ。何てどこにでもある苗字だし・・・・・・奥さん若返り過ぎだろ。俺らが初めて会った時より若ェじゃねーか」
「銀時、キサマ本気で言っているのか?が奥方のはずないだろう。あれは恐らく夫妻の一人娘―――」
「―――・・・・・・あー・・・確かに言われて見りゃあのくせっ毛にあの目・・・・・・いやしっかしなぁ」
「もし本当に医師の子供なら・・・・・・何としてでも俺達は守ってやらなきゃならない」
「・・・・・・ああ、そうだなぁ」
10年前、果たせなかった約束。
***
かぶき町からの姿が消えた。
あの後、すぐに追いかけたにもかかわらずその姿を見つける事は適わなかった。
山崎締めんのなんて後回しにすれば良かったぜィ。
それもこれも全部土方のバカヤローがいけねーんでィ。
備蓄マヨを全部カスタードに変えたくらいじゃ気が済まない。
だが全てはが戻ってからだ。
アイツを泣かせたんだ。
仕返しもがいなきゃ意味が無い。
仕事の合間に、(というか探す合間に仕事をしていたのだが)調べたところ、掛け持っていたバイトは全て辞めていた。そしてあのボロ長屋に立ちった形跡はゼロ。
は『本業』に入る時、副業は全て辞めてしまう。可能性は薄いがもしかしたら本業の方かも知れない。
勝手に入り込んだ部屋を見回す。
『本業』にしたって期間が長過ぎるし、生活感が残り過ぎている部屋は長期出張への備えがされているとは思えない。冷蔵庫の中で野菜や牛乳がすでにやばい事になっていた。窓の向こうでは、恐らくいなくなった日から干しっ放しと見える洗濯物が埃を被っている。
とりあえず洗濯物を室内に避難させ、冷蔵庫の生物をまとめてごみ捨て場に放って置く。
・・・・・・ったく。この俺に何させるんでィ。
帰って来たらたっぷりお礼させてやろう。
帰って来たら。
――――――本当に帰って来るのだろうか。
***
『朧狐屋』
立て付けの悪い引き戸をくぐると、所狭しと積み上げられた古本に圧倒された。
屯所の書庫室よりもヒドい状態に足を踏み入れるのがためらわれる。
しかしここがの本業窓口。
どこからどう見ても商売をする気が無いこの古本屋が、知る人ぞ知る、しかし名前も付いていない探偵社の事務所らしい。(山崎調べ)
迷路の様な通路を、隊服を引っ掛けない様気をつけてすり抜けると、店の最奥部、うず高く積み上げた本にシワシワの老人が囲まれていた。
「ほッ、お客さんかね?―――ほぅ、これはこれは」
人の気配に顔を上げた老人は俺の姿を認め何か感じ入った様に何度も頷く。
「真選組の一番隊隊長さんがこんな所に何の用じゃ?」
「爺さんを知ってるな?」
「ほッ、ここには幕府殿に役立つ様な本は置いておらんよ」
「本に用はありやせん。を」
「はて、税金はきちんと納めておるし・・・・・・真選組のやっかいになる様なことはないはずじゃがのぅ」
「人の話を聞け、ジジィ」
「ほッ、その態度は関心せんな。―――老人に優しくないヤツはちゃんに嫌われるぞぃ」
老人は首筋に真剣を突き付けられても飄々とした態度は崩さなかった。
の名前に目を細める。
「を出せィ」
「出せとゆうてものぉ・・・・・・生憎ここにはおらんからのぉ」
「ならどこにいるんでィ」
「ほッ、何故おぬしにそれを教えなくてはならんのじゃ?」
「職務質問でさァ」
「ほッ、職務のぉ。尚更教えてやる訳にはいかんな」
「ほぅ?」
このジジイがの居場所を知っていることは分かった。
何としてでも吐かせてやる。
「無駄じゃよ。こんな老いぼれ相手に、命は取引の道具にはならん。ほッ、それより、わしに危害を加えるとちゃんが泣くぞ」
「あんた、のなんでィ?」
「ほッ、特別な関係なんてなーんもありゃせんよ。ただの知り合いよりは知り合っとるがのぉ。ほれ、刀をしまいなさい」
俺は舌打ちとともに刀を収めた。
殺気は向けたまま、次の言葉を待つ。
「ほッ、ちゃんの言っておった通りの人じゃな」
「・・・・・・なんて?」
「ほッほッほッ」
今になってようやく「ほッ」というのが笑い声だと言うことに気がついた。
・・・・・・何がおもしろいんでィ。
「おい、爺さん」
「教えんよ」
俺が続く笑い声に痺れを切らした頃、ジジイは楽しそうに嗤ったまま口調だけ厳しく言った。皺の奥に隠れた目は全く笑っていなかった。
「幕府の狗があの子に近付くのは止めてもらおうか」
「なんだって?」
「ほッほッ、わからんか?・・・・・・ちゃんはなーんにもおぬしに話していないと見える。その程度の関係だったんじゃ。これを機にから離れてやってくれ」
「んなこと、なんで爺さんに指図されなきゃならねーんでィ」
「・・・・・・他に指図してやれる人間がおらんから、かのぅ。おぬしこそちゃんのなんなんじゃ?なんの権利があってあの子の周りを嗅ぎ回る」
「・・・・・・・・・・・・」
改めて問われ、返答に詰まる。
何故?
がいないからだ。
理由なんか無い。
いつもどこかの騒ぎの中心にいたが、ファミレスの窓際でデザートメニューを並べて嬉しそうにしているがいない。
他に理由なんか無い。
「ちゃんの行き先は知っとるよ。じゃがいつ帰って来るのか、本当に帰って来るかは知らん」
「冷てーんですねィ」
「そんなことは無い。戻って来るのも、このまま消えるのもあの子の自由じゃ。あの子は必死で戦っておる。本当に健気な子じゃよ。―――それにはおぬし等真選組が邪魔なんじゃよ。――――――これ以上わしから話すことは何も無い。とっとと帰っておくれ」
そう言った切り、ジジイはぜんまいが切れた様に動きを止めた。