色づく感情、色づく世界

 さらに3日が過ぎた。
 が江戸から姿を消してからもう2週間。
 あの古本屋にはあれ以来行っていない。
 ただ、の通っていた茶店に毎日足を運んでいる。


「へーい、団子1人前ね」

「ども」


 もうすっかり顔なじみになってしまい、外の長椅子に腰を下ろすと団子を一皿持ってきてくれる。
 運ばれた串団子をゆっくりと口に運ぶと、甘すぎず辛すぎない絶妙なタレの味が口に広がる・・・・・・ハズ。
 が、あまり味がしない。というか、全く味がしない。
 味の無い団子はただの歯切れの悪いゴムを噛んでいる様で・・・・・・。
 今までは、黙っていても隣で美味しそうな雰囲気を垂れ流していたから―――。

 味がしねェ。・・・・・・つまんねーの。

 いつのまにか一押しの味だって忘れてしまった。
 俺は頭が悪いから。
 そのうちアイツの声だって――――――<



***



「あーあー、なんつー顔で食ってんだよ。お団子に失礼だろ」


 え?


「おーい、シカトですかー?あ、もしかしてしばらく会わないうちに顔忘れちゃった?」


 なんで。


「おーい隊長さーん。・・・・・・?まあいいや。美味しくないんならあたしにくれ―――って、ちょ、ゴメンナサイ!返す!返しますから刀しまって!!」


 おいおい、2週間も留守にしていたんだぞ。
 しかもあんな逃げるように姿を消したくせに。
 いくらだからってこんな現れ方はないだろう。
 こんな、あんなコト無かったかの様な―――。
 だからコイツは偽者だ。
 本物だって構わない。
 こんな舐めた態度を取るやつは叩っ斬られても文句は言えないだろう。

 問答無用で抜刀し、斬りかかると懐から取り出したあの大振りな扇の骨で受け止められる。
 片手は団子を口に運んで。
 あーちょっとお腹すいてて力出ないなんて呑気な事を言っていて。


「なにしてんでィ」

「仏頂面で食われて可哀想なお団子救済」


 こんなバカ以外ありえない。


「そうじゃなくて―――ったく、今までどこ行ってやがったんでィ」

「里帰り」

「里帰りってお前・・・・・・」

「お墓参りに行ってきたの」

「・・・・・・」


(あーあ、俺ってホント馬鹿だ)

 勝手に俺の団子を食いながらは目を細めて言う。
 笑顔を作っているつもりなら失敗だ。


「ホント久しぶりでさ。もうこれでもかってくらい雑草が生い茂ってて大変な事になってたよ。――――――あたしが行かなきゃ、誰もいないのにね・・・・・・」

「だから・・・・・・時間掛かったのかィ」

「んー・・・・・・手入れは・・・すぐに終わったんだけど・・・・・・。なかなか離れ難くって。4日ほど、ずっとお墓の前に座ってたら倒れちゃってさ、住職さんに説教されちゃったよ」


 あはは、と明るく笑う表情が寂しそうで―――見ていられない。
 食べ終わった団子の串を咥えてジッと地面を見据える。


「あたしの両親、父上と母上は・・・・・・幕府に殺されたの」

「な、んで・・・・・・?」


 唐突に告げられた真実に、一瞬思考が止まる。
 の両親は幕府に?あの時代ならやっぱり攘夷関係者か?

(あ、串落ちた)


「・・・・・・悪い事なんて、何もしてなかったのに」


 ああ、だから。だからあんな風に、幕府が、俺達が嫌いだと泣いていたのか。



***



「両親のとこ行きてーかィ?」


 そんな風に、墓の前で緩やかに死を待つ位なら、いっそのこと俺が―――


「・・・・・・行きたい・・・なんて言ったら師匠に殺されるんじゃないかな―――心配しなくても、そんな事言わないよ」

「―――古本屋の爺さんに会った」

「ああ、ジジさま?なんか言われたでしょ。気にしなくて良いよ。あの人過保護だから」

「別に気にしてなんかないでさァ ムカつくジジィだったがねィ

「なら手を離せ。食べ難い」

「それ俺の団子でさァ」

「ちょ、それ最後っ」


 の手にある串から、最後の1つをもぎ取る。
 甘辛いタレの味が口いっぱいに広がる。


(ああ、戻ってきたんだ)


「うるせーなァ―――オヤジーもう1皿追加でさァ」

「3皿!」

「誰がそんなに食うんでィ」

「あたしあたし。京から水あめで食いつないでた所為でもう腹減って腹減って」

「・・・・・・夕飯奢ってやるからなんかまともなモン食えィ」

「あ、無理。この後顔出すトコあるから」









「お前、冷蔵庫の中身大変な事になってやしたぜ」

「あら」

「洗濯物も」

「・・・・・・また勝手に入ったのか?」

「いやー警察手帳って便利だなィ」

「キミ達はその制服でどこでもパスできるだろ」









「あーっ、またバイト探さなきゃ」

「うちで働けばいいでさァ」

「い・や」

「何でィ。給料弾みますぜ」

「なんか足を踏み入れたら最後、抜けられなくなりそうだから」

「暴走族かなんかと勘違いしてやせん?」

「似たようなもんだろ」









 先を争うように団子を口に運ぶ。
 道中水あめで食いつなぐなんて正気の沙汰ではないが、こっちだって味の分からないままゴムみたいなモン食べ続けていたんだ。

 やっと味を思い出した。









「さーてと、そろそろ行くね」


 散々人の金で腹ごしらえをし、満足したは立ち上がって伸びをした。
 「ご馳走様」って俺の奢りは確定か。別に異論は無いけどな。
 気のない返事を返す俺を気にせず、歩き出す。


「あ!ねえ、ちょっと立って」

「は?」

「いいから立て」

「へいへい」


 そのまま歩き去るかと思っていたら、は振り向き、立ち上がるように促す。訳も分からず立ち上がると、ぼすっ と軽い衝撃と共に正面から抱きつかれた。
 腰に手を回され、かなりの密着率。


「ああー、さん?何のマネですかィ?」

「んんんー」


 ぎゅーっと擦り寄ってくるに内心かなりビビリながら爆発しそうな心臓に気が付かれないよう体を反らすが、意外と力の強い腕がそれを許さない。それどころかわざわざ左胸に顔を押し付けて来る。

(だからマズイんだって・・・・・・って何がマズイんでィ?)

 離れるのは諦めた頃、抱きついてきたのと同じくらい唐突にの体は離れていった。
 行き場を失って腕が宙を彷徨う。
 俺はこの手で何をしようとしていた?



「うん!やっぱり生きてる人間が一番だ」

「・・・・・・あーそーですかィ」

「ん。ありがと総悟。キミがいなかったらきっとあたし帰ってこなかった」


 にっこりと意味深な台詞を残し、今度こそは去って行った。

後書戯言
早く色づけば良いのに……
この2人さっさとくっつかねぇかなぁ。 私、明らかにキャラに愛される話が好きみたいで大抵お相手がかわいそうな話になってしまいます。 え?総悟が偽者?そんなの私が一番そう思ってます!シリアスなときの総悟はあの理不尽なSっぷりが発揮できません。
06.11.20
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