零れ落ちた雫を受け止める器
問.ここはどこしょう?
答.定食屋です。
問.向かいに座っているのは誰でしょう?
答.真選組の副長さんです。
問.なぜ私は定食屋でこんなマヨ煙い人と向かい会っているのでしょう・・・・・・?
答.・・・・・・・・・・・・さあ?
2週間振りに江戸に戻った私を待っていたのは心持ち不機嫌なジジさまの手厚い歓迎だった。
まあ、心配かけたのは申し訳ないと思うけどさ。
だからって留守の間も依頼を受け続けるのはどうかと思いますよ。
まったく、帰らなかったらどうするつもりだったんだろう?
何はともあれ、今度の仕事はもっぱら夜のお仕事。
あ、おじ様と健全なエロを嗜むお仕事では無いのであしからず。
仮眠も取って、目覚ましがてら散歩に出かけたはずなのに、気がつけばこの状況。
「あの・・・・・・突然拉致られた事とか、かっ開いた瞳孔が不気味だとか、ケムいってかお食事中タバコ吸う神経が信じられないとかいうことは百歩譲って心の内に秘めて置かないでもないんですが」
「まったくもって秘め切れてねェよ」
瞳孔開き気味の黒い人は憮然と人のセリフを遮りながらもタバコを灰皿に押しつける。
意外といい人じゃん。
でもそういう問題じゃないんだってば。
「あ、ありがとうございます。―――ってそうじゃなくてですね、・・・・・・この可哀相な丼は何ですか?え、災害?」
「土方スペシャルだ」
「サスペンスだろ?」
丼から零れんばかりにうず高く積まれて白い何か。
匂いからしてマヨネーズ?
え、米にマヨネーズ?
確かにそうやって食べる人もいるって聞いたけど、メニューには無いって言うかこの量が無いって。
・・・・・・って下に米あるよね?
「いえ、聞きたいのは名称ではなくどうしてあたしの前にこの被害者が鎮座しているのかってことでして。というかそれ以前にどうしてあなたと向かい合って座らなきゃならないんですか?」
「なんだ?隣に座って欲しいのか?てか被害者ってどういう意味だ」
「隣なんて願い下げです。どうしてあなたと一緒にご飯食べる羽目になってるか聞きたいんです。てかそのままの意味ですよ。溺死体以外何者でもありませんよ」
「ったく、奢ってやるんだから大人しく食え。美味ェぞ土方スペシャル」
「・・・・・・はあ。・・・・・・では、いただきます」
とりあえず腹を満たすのが最重要課題なのか、副長さんは全く用件を切り出すそぶりを見せない。
さて、どこから手をつけたものか・・・・・・。
手始めに箸を刺してみる。
(うわぁ、沈むなぁ・・・・・・)
割り箸の3分の1が飲み込まれた。
***
「沖田隊長!早く!!」
「なんでィ、山崎。俺ァまだお前のことも許してませんぜ」
「いいから早く!」
***
(あ、とんかつ)
マヨネーズの海を潜ると、そこはとんかつの国でした(混乱中)
マヨネーズまみれの可哀想な肉、否、肉の付いたマヨネーズを口に運ぶ。
マヨネーズの味しかしないんですけど。
「どうだ?美味ェだろ?」
「はあ、まあ」
美味いも何もマヨの味しかしない。
やっとマヨの海を抜け、比較的被害の少ないご飯にありついた。
副長さんは既に自分の土方スペシャルは飲み終わって、断りも無くタバコに火を点けている。
マナーがなってない。
確かに食事中吸うなって言ったよ。
そしてアンタは吸い込み終わったかも知れないよ。
でも私はまだ食べてるんですよ。
まったくもってこれっぽっちも食べたくない土方スペシャルを。
「あの、一体何の用件でしょうか?副長さん自ら出向いてこられるような心当たりがないんですけど」
***
「山崎ィ、こんなところに何の用でィ」
「いいから、静かに。―――良かった、間に合ったみたいだ」
「だから何が―――って!?」
「シっ。こっちへ」
***
「うちの監察が世話になったな」
「監察?―――ああ、あの屋根の上の人」
「あいつは俺の命令で動いていたんでね、悪く思わないでやってくれ」
意外だ。
この人は、部下の、それもただのパシリっぽい子のためにわざわざ私にご飯を奢るようなタイプに見えない。
大体、対象に一々フォローを入れていたらキリがない。
まだ何か疑われているのか?
「―――別に、真選組の印象なんか、これ以上落ちようがありませんけど?」
「ぐっ、この小娘・・・・・・」
「監察の人、なんて報告したんですか?まだ何か不審な点でも?」
「・・・・・・攘夷とは無関係だろうってよ」
「じゃあそうなんでしょう」
だって無関係だもん。
あんな奴らの関係者だと思われるなんて不愉快の極み。
金づるである事はあっても、仲間だなんてありえない。
「それとも部下の報告が信用できませんか?ずいぶん、腕の悪い部下をお持ちなんですね」
「別にヤツの報告を信用してねェ訳じゃない。だがどうも解せねェ」
「・・・・・・」
お前の感なんか知った事か。
「この2週間一体どこに行っていた」
「その質問はすでに隊長さんに答えました」
「そんな報告は受けてねぇな。それにこの件に総悟は関与していない」
「っ!・・・・・・・・・・・・墓参り」
「里は?」
まだ疑われているなんてもんじゃない。
この人は私を信じるつもりはあるのだろうか?
ムカつく。
怒りで息が上がる。
感情のコントロールが出来なくなって震え始めた手を見られないよう机の下へ降ろし、の上できつく両手を握った。
「聞いてどうするんですか」
声が震える。
「お前、出身地は?」
「墓には両親の首しか入ってねーよ。幕府が返してくれなかったから」
続く言葉を無視して挑戦的に言い放つと、瞳孔が開き気味の目が危なく光った。
「・・・・・・幕府が、ね。お前ェそれは」
対して私は視界が白く染まり、向かいに座っているはずの副長さんの姿が霞んで行った。
―――、お前の両親は立派な人たちだったよ
変わりに聞こえる、懐かしい師匠の言葉。
幼かった、まだほんの5歳だった私を、町角に晒された両親の首の所へ連れて行った時の言葉。
変わり果てた両親の姿に頭が真っ白になったのに、不思議と師匠の言葉だけが浸透していく。
―――立派だったよ。言う事だけはね。アイツらに足りなかったものは何だと思う?
親の首を目の前にした子供に、何て残酷な質問。
「私の両親は、攘夷軍の従軍医師として幕府に処刑されました」
―――理想を掲げるのは結構。でもそれだけじゃダメなんだよ。
「でも攘夷思想なんて欠片も持っていなかった。ただただ人が死ぬのが嫌だった。だから圧倒的に不利だった攘夷軍について行ったんですよ。小刀1つ持たずにね」
―――本当にバカなヤツらだよ。医者はまず自分が生き延びなければ誰も助けられない。なのにヤツらはそれを怠った。
「父上と母上は誰も傷つけない。怪我人なら人間も天人も構わず助けてたのに。ただそこにいたからって、あんた達は丸腰の人間を殺したんですよ」
―――、アンタに私の持つ全ての技術を教えてあげる。自分と、自分の大切なものを守れるに足る力をあげる。
先に涙を流したのは、どっちだっただろう?
***
「沖田隊長っ、抑えて」
「ふざけんなよ、てめェら!何考えてやがるんでィ」
「さんの容疑を晴らす機会なんですから!」
「容疑なんて初めから何もねェだろィ」
「だけど、副長は自分で確かめないと気が済まないって」
「い い か ら!離せ!」
「うわっ!」
***
「ふーん。それじゃ、幕府への恨みは払っても払いきれないってか」
「なんとしても私を攘夷関係者にしたいようですね」
「いい加減にしろよ土方さんよォ。あんた仕事ほっぽってこんな所で何がしてェんですかィ?」
「総悟!?何で?―――って、山崎ィイイ!お前の仕業か!!」
「す、すいません!」
「、もうこんなマヨラーのことは放っておいて行きやしょう」
突然、後ろの席から現れた沖田は今までに見たことがないほど怒っていた。
あ、この人ブチ切れると冷静に見えるタイプだ。
何故か後ろから監察くんも出てくる。
前は尾行に気が付いたのに全然気配に気が付かなかった。
それほど余裕がなくなっていたのだろう。
でも2人の登場で、沸騰しそうだった脳が一気に冷めた。
「いいよ、隊長さん。キミも聞いてけば?気になってんだろ?」
私の腕を取って立ち上がらせようとしている沖田の腕を逆に引き、隣に座らせる。
「幕府なんて大っ嫌い。だからって攘夷に走るなんて、いくらなんでも発想が貧困なんじゃないですか?」
副長さんの隣には監察くんが腰を下ろした。
「あの後、両親の友人に引き取られました。師匠は、絶対にあたしが誰のことも恨まない様に、何があっても生き延びられる様に生き方と身の守り方を教えてくれました」
自分の意思を貫くことを教えてくれたのが両親なら、師匠は私に取捨択一の精神を教え込んだ。
自分の力量を見きわめろ。
本当に大切なものを見失うな、と。
「その師匠も・・・・・・攘夷派のテロに巻き込まれて亡くなりましたけど」
産みの親を奪った幕府。育ての親を奪った攘夷志士。
私は一体誰を恨めばいいのだろう?
すっと視界の隅に白いハンカチが映る。沖田が差し出したものだ。
その時、初めて自分が泣いていることに気が付いた。
「ぅぷっ・・・・・・」
どうしたものかと、ハンカチを見つめていたら乱暴に目元に押し付けられた。
・・・・・・痛ぇっての。
頬が擦り切れる前に(本当にそんな強さだった)、その布切れを受け取り自分で涙をぬぐう。
あーあ、格好悪い。こんな奴らの前で泣くなんて。
「土方さん。まだ何か疑わしいことでも?」
沖田の静かな声に抑えきれない怒りが滲んでいる。
なんでこの人はこんなに怒ってくれてるんだろう?
「あー・・・・・・」
「・・・・・・」
嗚咽が喉を吐いて、返事が出来ない。
「悪かった。その・・・・・・なんだ・・・」
「ごめんね、ちゃん。別に、君の事を本当に疑っていた訳じゃないんだ。ただ、絶対に信じられる確証が欲しかった。ですよね?副長」
「・・・・・・ああ。この先、何があっても俺達はお前を疑わねェ」
「俺ァ最初っからこれっぽっちも疑ってやせんぜ。腹切って詫びろや土方」
「うっせー。元はといえばお前が・・・・・・いや、何でもねェ」
「何ですかィ、俺が一体何したって言うんでィ」
「あああああもうっ!違うんですよ、副長がただ心配性なだけでっ!「るっせい山崎!余計な事言うんじゃねー!!」
「山崎ィ、後でお前事情聴取な。用が済んだならとっとと行って下せェよ。が泣き止まねィ」
沖田の言うとおり、すっかり私への疑いは晴れ(そもそも何の疑いなのか分からない)、いつの間にか内輪揉めへと会話が移行しても、涙は止まらず、繰り返す嗚咽に気持ちが悪くなってきた。
沖田に急かされると、副長さんは小さく舌打ちし、監察くんに急かされ、定食屋を出て行った。
***
「、そろそろ泣き止めィ」
「っ・・・・・・っ・・・」
「パフェ奢ってやるから」
「・・・・・・ぅ、か、かき、ごおり・・・も」
「あー抹茶のヤツな」
「パフェ・・・・・・イチゴの・・・」
「でにぃず行くかィ?」
「ん・・・・・・」
私は泣きながら要求を重ね、沖田は私が泣き止むまで私の頭を撫で続けていた。
ねえ師匠
幕府なんて大嫌いだよ
でも幕府の狗なんて呼ばれているこの人の手は
どうしてこんなに暖かいんだろう?