珍獣注意報
 ただ道を歩いていただけなのに。
 善良な市民になんてことをしてくれるんだ。

 ああ、もうホント嫌。あのド変態。



***



 本当にただ歩いていただけ。私には珍しく、何の目的もなく。バイトに向かうわけでも、バイト帰りでも、ましてや本業でもなく。久々に本当に暇で、(今日はどの茶店にしようかなー)なんて呑気に考えていただけなのに。



カシャン

くん

ぐぇっ!!



「おいおい、色気のねェ声だなァ」

「ふざけんなよ、クソ公務員。どこの世界にいきなり首を絞められて色っぽく喘げる女がいるんだよ」

「真性のMっ子なら喜んでヨがりますぜ」

「あたしMじゃないんで。てかそいつ連れて来い」


 ただ道を歩いていた善良な市民の、首に光るのは・・・・・・・・・・・革で出来た、輪っか。
 ・・・・・・視界の端に移る色は・・・赤。
 そう赤い首輪だ。
 さっきの音は上から、首輪がかけられる音、つながった鎖が引っ張られる音、私の首が絞まる音、だ。


「で?これは何のマネ?」

今日暇だろィ?」

「忙しい」

「バイトねーだろ」

「・・・・・・本業が」

「ねーよな?」

「ねーよクソ。何であたしのスケジュール把握してんだよキモイっててててひっぱんなよ!」

「口の利き方に気をつけなせェ。今日1日うちでバイトしやせんか?」

「はぁ?」





***



 訝しがるを半ば引きずるようにして屯所に戻ってきた。
 首輪から繋がる鎖を引っ張られると苦しいのだろう、途中から抵抗らしいものはなりを潜めた。
 中庭に面した、屋敷中で一番日当たりのいい縁側に通し、ちょっと待つように伝える。
 抗議の声は「ソレの鍵、捨てやすよ」と言って封じ込めた。

 どっかの星のバカ皇子に献上するペット捜索のとき、土方イジリの為に作った首輪。
 何かで使えるかもしれないと、取っておいて良かった。
  今日は退屈しなさそうだぜィ。



「お待たせしやした」

「遅ェよ」

「まあまあ、秋の新製品でさ。の為にわざわざ買いに行かせたんですぜ」

「監察くん?」

「いや、今日はうちの隊の平」

「おまっ、それはちょっとひでーんじゃね?」


 隊士に買いに行かせたのは栗まんじゅう。
 かぶき町から少し遠い、車じゃないといけない店のだ。
 ここの季節限定の菓子は甘味通の間では有名らしい。
 車を持っていないは、案の定目の前に差し出されたまんじゅうに釘付けだ。


「くれんの?」

「俺のお願い聞いてくれたら」

「・・・・・・お願いって、この首に巻かれた謎の物体に関係するもん?」

「首輪ですぜ」

「うん。腕輪は首に回らないもんな」

「俺ァネコ飼うのが夢だったんでさァ」

「勝手に飼えばいいだろ」

「でも土方さんが拾ってくると怒るんでさ」

「ああ、仮にも武装警察の屯所だからなぁ」

「だから今日1日俺のペットになってくだせィ」

ネコは鎖で繋ぎませんよ?


 相変わらずどこかピンボケした返事に笑いがこみ上げる。


「何だそのバカにした笑いは」

「ああ、そういえば俺犬も飼いたいと思ってたんでさァ」

「ねえ、思いつきで話してないよな?」


 犬も猫も飼いたかったのは本当。
 ただ、商売上、明日をも知れぬ命で人の庇護なくして生きていけない小動物を手懐けるのは気が引けた。
 まあ、早々くたばる気はないが。


「いいじゃねーかよ、何でも屋なんだろ?」

「いえ、探偵ですが?」

「細かい事は置いといて、報酬はこの栗まんじゅうあげやすから?」

「・・・・・・夕飯と、デザートに葛饅頭つけてくれたら・・・・・・」

「よし、交渉成立っ!でさァ」

「うわっ」


 追加料金を呑んで、交渉成立。
 と、同時に首輪から伸びる鎖を思いっきり引っ張る。。
 完璧油断していた所に、不自然な体勢で力を掛けられたは踏ん張ることが出来なかった。
 衝撃に備えて固く目を瞑る頭を、膝で受け止める。
 予想と違う感触に、小動物を思わせる瞳が数度瞬いた。


「・・・・・・おい隊長さん」

「ご主人様って呼べィ」

「はぁ!?」

「依頼主の言うことには絶対服従ですぜ」

「それプレイ違うよ。ペットじゃないよ、メイドさんだよ」

「メイドプレイもいいけど今はペットが欲しいでさァ」

ペットは口利きませんが?

ちゃんは賢いですね〜」

「あーもー色々おかしいよこのゴシュジンサマ」


 とうとう諦めたらしく、俺の戯れに乗ってくれた。
 このノリの良さが堪らない。


「この体勢は何デスカ、ゴシュジンサマ?」

「何でカタコトなんでィ」

遠い星からやってきたネ。江戸の言葉難しいヨ」

「チャイナのマネはやめてくんね?」

「なんだよ注文多いなー。って何勝手に髪解いてんの?」


 膝にうつ伏せに寝かせたの襟足から、髪を束ねていた組紐を取り除くと、やや癖のある柔らかい髪が広がる。
 結った跡を消すように、くしゃくしゃとかき混ぜると抗議の声が上がった。


「ちょっと何してんだよゴシュジンサマ」

「うわ、ちょ、ヤバイでさァ。頼むから頭動かさねーでくだせィ」

「え?・・・・・・・・・・っ!?てめっ!コノヤロー離せ変態!」

「だーから動くなっての」


 膝に乗せたの頭が動くとナニがソレで健全な青少年な俺的にはかなりアレな状況になる。
 それはそれでオイシイ・・・・・・って今日はそういう趣旨じゃないんだって。
 しばらく謎の奇声を上げて格闘を続けるとようやく観念したは力を抜いた。
 膝寄りに位置がずれた気がするのは、気のせいだ。


「・・・・・・ところでさ、あたし犬?猫?」

「んー、何言ってんでィ。は人間だろィ」

「いやいやいや、人間に首輪付けてペット扱いの方が引くし。語尾は わん か? にゃー か?・・・・・・ ぴょん か?」

「なんだかんだ言ってノリノリですねィ」

「うん、もうノらなきゃやってらんねーし」

「じゃあ、にゃーで」

「ほうほう猫がお好みですか」

「・・・・・・にゃーはどうした?」

「あ、忘れてた」











「ゴシュジンサマー、まんじゅう食べたいにゃー」


 ・・・・・・あ、ヤバイ。
 なんでコイツこんなにノリがいいんでィ。
 がうつ伏せで良かった。
 今、俺ぜってー顔赤い。


「ごしゅじんさまーぁ?」

「・・・・・・あー、はいはい。ちょっとやっぱ にゃー は無しにしやしょう。心臓に悪くていけねー

「? そう?―――んーっ、やっぱおいしいなぁ。いいなー隣町。あたし移住しようかなー」

「なーにバカなこと言ってるんでィ。の家はここだろィ?」

「いや、違うけど?」

かぶき町(ここ) だろ?」

「・・・・・・・・うん。そうだね」


 まんじゅうを人質に無理やり肯定させ、猫にするように首根っこを撫でる。
 ふわふわした癖っ毛が指に絡みつく感触が気持ちいい。
 俺とは色も、感触も何もかも違う。
 も力を抜き、俺の膝に頭を預け、庭をぼんやりと眺めている。

 あー、やっぱ1日と言わずコイツ飼いてー。


「なんかさー。ペットも悪くないよね」

「はい?」

「こうやって、ご主人様と日向ぼっこして、毛づくろいしてもらって、おまんじゅう食べて。愛玩動物ここに極まり?」

「俺の愛玩動物になりやすか?いつでも大歓迎ですぜ」

「いやぁ、キミが言うと果てしなく卑猥に聞こえるのは何でだろうね」

が言い出したんですぜ」

「ははっ・・・・・・あたし、次生まれ変わったら総悟のペットになる」


 なる って。
 なりたい とか なれたらいいな とか、願望じゃないのか?

 コイツも大概意味不明だ。
 何でそんな泣きそうな声してるんでィ。


「だからいつでもしてやるって。来世といわず今すぐに」

「ダメだよ。残念ながらあたしは犬でも猫でもないから」

「別に、人飼ってる人間だってわんさかいやすぜ」

「そんな変態の仲間入りでいいのか?あたしはいやだぞ。変態がご主人様なんて」

「ご主人様なんて呼ばせてるヤツァみんな変態でィ」



 が俺に飼われることなんてあり得ない。限りなく自由な生き方をしているコイツに籠は似合わない。2日と大人しくしていられないコイツが、ただ愛でられるだけの存在を我慢できるハズがない。
 でも、安穏とした籠を求めているのもきっと本心で―――ああ、だからこんな遊びに付き合ってくれているのか。


「まあ、じゃ精々餌付けされた野良猫が精一杯でさァ」

「・・・・・・やっぱ血統書付きアメショは無理かぁ」

「その代わり、腹減らしたらいつでも来なせィ。団子と寝床用意して待っててやるよ」

「うん・・・・・・覚えておくよ」





後書戯言
ごめんなさい。私頭悪いんです。 だってあんなに美味しいネタがあるのに使わないなんてっ。めくるめく18禁ワールドに突入しないようにするのがどんなに大変だった事か。いっそ裏でも書いてみたいですね!ドS王子降臨すること間違い無しですが。
同系統でハチミツネタもあるですが、やめておくべきですよね。今度こそ裏行き決定ですよ。

06.11.30
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