君に望むことは
しくじった。
ある月のない夜、行われた大捕り物。
普段なら返り血1つ浴びない俺が、敵の一太刀を受けてしまった――――――。
気が付いた時には、絶命した攘夷志士の手を離れた武器は俺の左肩を貫通していた。
***
「待て小娘ェエエ!!」
だっだっだっだっだっだっだスパーーン
「総ーー悟ーーーーー!!!」
あれから3日。
事後処理は近藤さんと土方さんが済ませ、他の隊士共々日常業務に戻った頃。騒々しい足音とともに現れたが、これまた騒々しい音を立てて襖を開け放った。
「ぅえ、ちょ、ちゃん?――うわっ」
丁度包帯を交換しに来ていた山崎が動揺してか、水を張ったたらいをひっくり返した。
「うわぁ、何でィ。襖が壊れるだろィ」
「・・・・・・たい、ちょーさん・・・・・・」
?
様子がおかしい。
開け放った入り口から俺を見据えたまま、呆然と俺を呼ぶ。
「おいおい、今たった数秒前名前で呼んだじゃねーかよ」
半眼で未だ定まらない呼び名を指摘すると、は力が抜けたように座り込み、俺を凝視していた目から透明な雫が重力に従って落下した。
***
「へ?え?ちょ、ちゃん?ちょっと沖田さん!ななななんでいきなりちゃん、ぇえええ!?」
突然座り込んだと思ったら、泣き出したに山崎が面白い様に慌てた。
相変わらず監察らしくねーヤツだな。
しかしそういう俺も内心大慌てだった。
突然の泣き顔。泣き顔?
呆けた表情は、頬を流れている涙が無かったら泣いている様に見えない。
でも確かにその頬は濡れていて。
「ちょっと沖田さんっ」
俺が泣かしたのか?
何故か山崎が俺を急かすが、その言葉は、玄関から追いかけてきたのであろう土方さんによって遮られた。
「おい小娘っ、待てって・・・・・・て、てめェ何泣いてんだコラ」
いつもなら悪態をついては反撃されている土方さんもの様子に訝しげに言葉が続かない。
そして俺が泣かしたと言わんばかりの視線を向けてくる。
そりゃ濡れ衣ってヤツですぜ。
いきなり人の部屋に入ってきて勝手に泣き出したんでさァ。
俺を見て泣いたってことは、まあ俺の所為なのか?
誰に向けたわけでもない言い訳が、頭の中を駆け巡る。
って、違ェだろ?
俺ァ、サディスティック星の王子だぜ?
の涙如きで動揺してどうするんでィ。
「ちょっと土方さんあっち行っててくだせィ。山崎も」
***
2人っきりになった部屋で相変わらずは声もなく涙を流し続けている。
先に部屋にいた山崎にも、追いかけてきた土方さんにも、そして2人が出て行ったことにも気が付いた様子は無い。
俺は布団から立ち上がり、座り込んだの前にしゃがむ。
「―――?」
正面にいるというのに、声をかけても反応がない。
見開いた瞳は何を見ているのか。
何で泣いているのか分からなくて、腹が立つ。
「おい、」
「っ!?・・・・・・ぅあ・・・た、いちょ、さ・・・」
自由の利く右手でその胸倉を掴み、乱暴に揺すり無理やり視線を合わせるとようやくの瞳が俺を捉える。
「何いきなり泣いてるんでィ」
「―――っ、たい」
「総悟」
「〜〜〜っ、総悟、来ないから・・・」
「あ?」
「捕り物、あったのに、全然顔出さねーからっ」
「・・・・・・あー悪ィ、無理矢理安静にさせられてたんでィ」
話をしている間も、至近距離にある瞳からは止めどなく涙が流れ続け、俺は心底動揺する。
「お風呂、入れて、待ってたのに・・・・・・」
最近では捕り物の後はの家に行くのが習慣になっていた。
といっても、毎回のことではないしだって毎晩家にいるわけではない。
しかし負傷した俺はそのまま屯所に連れ帰られ、手当てを受ける羽目になった。
意外と深かった傷に、絶対安静を言い渡され、抜け出そうにも意外と強気な山崎の妨害にあって、治ってから顔を出せばいいかと思っていたのだが。
何より、怪我をした姿は見せたくなかった―――。
「怪我・・・・・・したのか?」
「ん?ああ、でも大したことは」
「大したこと、ねーのに、絶対、安静かよ」
「余計なお世話でィ」
少しずつ正気の戻ってきたのか、のテンポが上がってきた。
「痛い?」
「別に」
「ホントに?」
「い"って"っ〜〜〜!!・・・・・・て、てめぇ・・・このアマ・・・って、オイ」
人の傷口を思いっきり包帯の上から抉るようにしておいて、人が痛がる姿を見て、今度こそは泣き顔になった。
くしゃくしゃに歪んだ顔に、途方に暮れる。
「――――――お、お前ェ一体何がしてーんでィ」
「うっせーくたばれバカ」
「てめェ、そういう台詞はその目から垂れ流れている鼻水止めてから言えィ」
「鼻水じゃねーよ心の汗だバーカバーカ」
悪態を吐きながら尚も涙は止まる気配を見せない。
何でそんなに泣くんだよ。俺は生きているし、こんな傷全然大したことじゃない。
もういいから泣き止んでくれ。
でないと碌に頭が働かない。
***
「総悟ー、具合はどう―――って何してんのォォオ!?」
タイミングが良いのか悪いのか、見舞いに来てくれた近藤さんは泣きじゃくるに大いに慌てた。
だから俺が泣かせたんじゃねェってのに。
「ああ近藤さんいいところに。ちょっとコイツ目が今にも溶けそうなんでさァ。どうしよ」
「どうしよってお前・・・・・・―――えーっとちゃん?」
近藤さんが部屋に入って来ると、はびくっと身を縮めた。
「総悟、お前が泣かせたのか?」
「まさか、人聞きの悪い事言わねェでくだせィ―――が勝手に泣いてるだけさァ」
「そんなわけ無いだろ。いいから何があったか話してみろ」
俺から今までの様子を聞いた近藤さんは何やら合点がいった様に頷くと、いきなりの体を抱き上げた。
「ちょっ、近藤さん!?」
小柄なを軽々と抱き上げ、あぐらをかいた片足に乗せる。
は涙を流し続ける目を見開いて近藤さんを凝視している。
嫌がる様子は無い。
「ちゃん、不安になっちまったか?」
ぽすぽすとその小さな頭を撫でながら、小さな子供をあやす様に話しかける。
遠い昔の俺にしていた様に。
は一つ頷くと、そのまま俯いてしまった。
「総悟が怪我したのを見るの初めてだもんなぁ」
確かにに会ってから安静を必要とするような怪我は初めてだった。
だが俺達からしてみれば怪我なんて日常茶飯事で、ましてこんなの怪我の内に入らない。
「大丈夫だ。俺たちはしぶといからな。怪我くらいじゃ死なないさ」
「死、ななく、ったって、痛い」
「ああ、痛いのは嫌だなぁ。でもな、これが俺たちの仕事、生き方なんだ」
俺達は武装警察真選組だ。帯刀を許され、テロリストどもを取り締まる。
「だからちゃんも分かってやってくれ―――な?」
武力で解決する事しか出来ない不器用な連中の集まりで。ただ江戸に住む人の平和と秩序を守ると言う事が、俺達の誇りであり存在意義。
「わ、かんな、いよ―――やだ。死んじゃ、やだっ。いや、いなくならないでっ」
嗚咽とともに洩れる、駄々っ子のような言葉。
飛躍しすぎだ。
「いなくなったりしないさ。総悟はちゃんをおいて逝ったりしない。なぁ総悟?」
「死なねェよ。残して死んだりしねィ。約束、でさァ」
今まで、頑なに避けていた約束を口にすると、ようやくは涙を止め、濡れた瞳で俺を見返した。
「―――ほんと?」
「ほんとでさァ。死ぬ時は必ずを連れて行きやす」
「ちょっと総悟くん、それは言い過ぎ」
「もう、知らない所で怪我すんな」
死ぬようなへまはしないが―――怪我は・・・・・・多少は仕方がない。
「・・・・・・それは無理でさァ。そのかわり、怪我したらちゃんと知らせるから、お前ェも家でうだうだ考えてねーでさっさと会いに来い」
「っ――――――うん」
近藤さんの膝に抱えられ、ようやくは笑顔になった。
「よーし、良い子だ」
その表情を見て、近藤さんはくしゃくしゃとの頭をかき混ぜる。
ついでに俺のも。
ったく、子供扱いはやめてくだせぃ。
でもがあんまり嬉しそうに目を細めるから、俺も黙ってされるがままにしていた。
「そういうわけだからちゃん。好きなだけ看病していきなさい」
そう言ってを膝から下ろし、部屋を出て行く近藤さんっ背中を俺は苦い気持ちで見送った。
情けないにもほどがある。
俺一人の力で泣きやませる事も叶わないのか―――。
「なあ総悟。お前いい娘に出会ったなァ」