観覧車の使い方
「もし、お嬢さん。明日ちょいと遊園地なんぞにデートとしけこみやせんかィ?」
「・・・・・・もっと普通の誘い方は出来ねーのかよ・・・・・・」
そんな訳でやってきました大江戸遊園地!
もちろん沖田の奢り!1日フリーパス!ビバ公務員!
あ、最後のは関係無いか。
開園と同時に入場し、ゲートをくぐると目に飛び込んできた景色に圧倒された。
馬が止めどなくグルグル回ってるのとか、ヘビの骨組みの中をグルグル回ってるのとか、カップがグルグル回ってるのとか。目に見えるもの全てが新鮮で、キョロキョロと目移りしてしまう。
「落ち着きなせィ。何興奮してんだ?」
「だって遊園地なんて初めてきたんだもん!すげーな!どこ見ても初めて見るものばっか!」
「ほ〜〜ぅ・・・・・・初体験(やった!)」
「・・・・・・キミが言うとエロいな」
「初めてなら尚の事全乗り物制覇しねーとなァ・・・・・・どこから行く?」
エントランスを抜け、ちょっとした広場で周囲を見渡すだけで大興奮だった私の裾をがっちりと掴み、沖田は片手で器用に地図を広げる。
手伝ってやり、2人の前に広げると、一面色とりどりに描かれたアトラクションの数々。迷路みたいにくねくねした道の先々に乗り物のデフォルメした絵が描かれている。その地図すら面白くてキョロキョロと目を通していると、一際目を引く物体があった。
園の中央より少し奥まった所にあるそれは、地図から目を上げると直に見ることが出来た。
「隊長さ――いて!」
「お前ェ、こんな時まで隊長とか呼ぶバカがいるかィ?大体俺ァお前の隊長じゃねェ」
「お、おま・・・・・・思いっきり叩きやがった・・・・・・」
いつもの癖で「隊長さん」と呼ぼうとして、後頭部を叩かれた。
女の子に手を上げるなんてっ!
まあ今の格好じゃ女に見えないだろうけどさ。でも遊園地なんて聞いたら女装してくるなんてありえないだろ。動きにくいし。てかたとえ男相手でも痛いっつーの。
「で、どれ乗りたいか決まったのか?」
「うん!あれ!あれから行こう!」
そういって指差した先には巨大観覧車。
「はぁ・・・・・・分かってねーなァ。ありゃ一日を締めくくるデザートみたいなもんですぜ?(お前、今日の一大イベントをイキナリ持って来るか?)」
「えー?でもどこにもそんな事書いてねーし。夕方限定なのか?」
「いや、違ェけど」
「あ、総悟も観覧車好き?最後にとっとく派?」
「まあ、そうですねェ(別に観覧車が好きなわけじゃねーけど)」
「う〜〜ん・・・・・・・じゃあ最後にも乗ろう!」
「は?」
「まず高い所から全景を把握して、ついでに中でどう回るか考えよう!んで、帰る前にどう回ったか復習がてらもう一回乗ろう?」
「何でおんなじの2回も乗らなきゃなんねーんでィ」
「いいじゃん、好きなんだろ?つーかキミ来たことあるんだろ?なら初めてでこの上なく心躍ってるあたしの希望を尊重するべきだろうが。なんか文句あっか?」
「イエ、アリマセン(つーか俺のチケットなんだけど)」
「じゃ、けってー!」
そう言いながら、既に足はそちらに向かっていた。
沖田の言うとおり、入園直後いきなり観覧車から攻める人は少ないのか、並ぶ事無くすんなりと乗ることが出来た。止まる事無く、ゆっくりと動くゴンドラに乗り込むと、一瞬体がふらっと持っていかれるような感覚がした。可愛い制服に身を包んだお姉さんに「いってらっしゃいませ」と見送られ、扉が閉められる。
そしてゴンドラはあっという間に、生身では到達できない高度に達する。
初めて体験する高さ、少し曇ったガラスが残念だけど、どんどん小さくなっていく窓からの眺めが面白くて仕方が無い。
「すげー、人が虫のようだ・・・・・・」
「(虫・・・・・・)観覧車が何の為に作られたか知ってやすか?」
「んー・・・・・・休日の小市民が愚民どもを見下しちょっと偉くなった気分を味わうため?」
「何だその夢も希望も無い理由は」
「夢一杯じゃねーか。束の間の将軍気分だぞ?じゃあ何でだ?」
「さーねィ(帰りに乗ったときの教えてやらァ)」
頂上までもうすぐ。
「あ!そうだ地図見なきゃ」
沖田から奪った地図と見える景色を照らし合わせる。
上から見下ろす園内は地図上で見るより狭い。
「んーっと、今ここだから―――あれがこのジェットコースターか。うわ長いな〜、江戸最長?はん、江戸に遊園地は1個っきゃねーだろ。あの建物がスペースなんちゃらか。こっからじゃ中身見えねーな・・・・・・この電車は途中下車できんのか?げ、あの雰囲気ある建物はお化け屋敷か〜ありゃパスだな。あの傘みたいなのがメリーゴーランドか・・・・・・あれも微妙だったな」
「おーい」
「んー?あり?もう頂上過ぎちゃった」
「お前ェ、そういうトコはホント探偵っぽいよな」
「そうか?総悟は今日はあんま真選組っぽくねーな」
「そりゃ非番だからなァ」
「今日帯刀してねーしな。私服だと年相応に見える」
「ガキっぽいって言いてーのか?」
「ううん、隊服のほうが幼く見える」
「え゛・・・・・・(そんな事初めて言われた。つか、失礼じゃね?)」
地上に戻ってくると、さっき別れたばっかりのお姉さんが「お疲れ様でしたー」と笑顔で迎えてくれる。
お疲れ―――って座ってただけなんだけど?
「んじゃ、どこ行きやすか?」
「総悟希望は?」
「お任せで」
「いいのか?」
「もちろんでさァ」
「じゃ、こっから右回りに回って、最後にここに戻ってこよう?」
***
ジェットコースターの場合
「ん?どした?顔色悪いぞ」
「いや、コースターには嫌な記憶が・・・・・・」
「あらー、怖いの?」
「違いやす(ぜってーベルト確認しよ)」
コーヒーカップの場合
「ほらしっかり立ちなせェ」
「うえぇぇええぇ、ぐるぐるする〜〜〜」
フリーフォールの場合
「うわーすげーいい眺めぇええええ!?」
「あっはっは、すげー顔」
「なんか出るなんか出る内臓的なアレが―――ぐぇ」
メリーゴーランドの場合
「・・・・・・なあ、これ楽しいか?」
「楽しいですぜ?殿様の凱旋気分でさァ」
「おお、なるほど」
***
お化け屋敷の場合
「おーい、何素通りしようとしてるんでィ」
「ん?何だって?おお!?こんな所に建物が!?陰気臭いから気が付かなかったよ。さー見ない振りして先進もー」
わざと気が付かない振りして素通りしようとしたのに、目ざとい沖田はおどろおどろしい建物の前で足を止めた。
「お化け屋敷」と何の捻りもない名前も、これでもかというほど凝ったレタリングで描くとこんなに恐怖感を煽るのだろうか?
「何だ、。お前ェ怖ェのか?」
普通、こんな風にバカにされて様な言われ方をしたら「んな訳ねーだろなめんな!」的な展開になって自ら足を踏み入れる羽目になるのだろう。
だけど私の怖がりっぷりはそんなレベルじゃない。
「ふっ、怖いのかって?めっさ怖ェよ!おま、あたしは1人暮らしだぞ?こんなん入ってみろ、今晩から不眠症だよ。起きてたら起きてたでそれはそれは恐ろしい夜を過ごし、ついには彼等の仲間入りだよ」
「大げさだなァ、どうせ作り物ですぜ?」
「そうそう、そんな作り物見ても仕方が無いから次行こう、さあ行こう、れっつ行こう」
って言ってるのにどうして私は今お化け屋敷内を移動するゴンドラに座っているのでしょう?
もうやだこの人。マジ力強いんだもん。
いや始めっから力じゃ敵わないことくらい分かってたけどさ。
だからって力ずくで連れて入るか普通?
木で出来たぼろ舟を模したゴンドラで、川の中を進んでいくらしい。
自分で歩くタイプじゃ無いのがせめてもの救いか。
「俺等の番ですぜ」
「あーそーですかーあははははは」
ガタンっと無駄にでかい音を立て、舟は動き出した。
急な動きをするようなアトラクションじゃないからか、ベルトの類は一切ない。
限界まで沖田に近寄り、腕にしがみつく。
月明かりとは違う薄暗さ。冬の寒さとは違う肌寒さ。
全て人工的に作ったものであるとわかっていても、頭の中は加速度で気に怖い想像で満ち溢れていく。
「、まだ何も出てきてませんぜ?(腕に胸当たってんですけど)」
「もういいこのまま何も出てくるな」
「それじゃ意味ねーって(うわー、ホントに怖いんだなァ)」
「何だよこの舟もっと早く進めよ―――ぃに゛ゃー!!」
「(にゃーって)」
「ぅわきゃっーーーっ」
「(いや、今の怖ェか?)」
「―――みょっ――」
「(いやいや普通に怖くねーだろィ。どっちかってーと驚かすタイプのやつだし)」
「ふぎゃっ!」
「(普通なら絶対怖くないだろうに。てか、普段もっと危ねェとこうろついてるじゃねーか)」
「―――っ、〜〜〜っ、っ!?」
「(あ〜もう声も出ないってか?ったく、なんだこの生き物。可愛すぎだろィ)」
***
「あーくそ、2度とはいんねーぞこんなトコ。ったく何が面白いってんだよ悪趣味!」
「お前ェ半分以上見てねーだろィ」
「怖かったんだよ!」
「それにしたってなァ・・・・・・(こりゃからかっちゃいけねータイプの怖がりだな)」
ぶっちゃけ半分も行かない辺りから、もうなりふり構っていられなくなり、ずっと沖田に張り付いたまま目を塞いでしまっていた。
それでも気配で何か驚かそうとしている動きが分かるし、怖い想像は掻き立てられるばかりで。
こんな悪態をつきながら、いまだ手は沖田の袖を力いっぱい掴んだまま離せない。
「あー呪われたらどうするんだコノヤロー」
「あ、そしたらそれ土方さんに移しやしょう」
「ううっ、あんなマヨに効くかよ」
「土方さん、すげー怖がりですぜ?」
「マジでか!?仲間!今初めてマヨに親近感沸いた!」
「―――チッ」
「ん?―――あ、アイス!」
一刻も早く呪われた建物から遠ざかりたくて、競歩のようなスピードで歩いているとアイスクリームの屋台を発見。
「食べやすか?」
「うん!」
「じゃ、そこで待っててくだせィ(現金だなー、もう笑ってやがる)」
「え?買って来るよ。食うのあたしだし」
「い・い・か・ら、あのベンチで座ってて」
「へーい」
指定されたベンチに座り、大人しくアイスの到着を待つ。
抹茶かな〜。
こういうところで食べるのって初めて。
屋台の中がどんなんか見てみたい気もしたけどせっかくの奢りだから。
・・・・・・奢りだよな?後で請求されたりしないよな?
そうは言っても、沖田と一緒にいて、私が財布を出した事はあまり無い。
何だかんだ言ってヤツは高給取りだからな。
「もし、お嬢さん。お1人ですか?」
「いいえお2人です。ナンパなら他当たってください」
「誰がお前のような男女ナンパするか」
「失礼な―――って。あー、カツラの人・・・・・・?」
突然思考に割り込んできたナンパに顔を上げるとそこには長い髪の指名手配犯。大江戸遊園地と襟の部分に印刷された派手な半被を着て、後ろには同じく半被姿のはんぺんことエリザベスが控えている。
「カツラではない、桂だ―――ん?」
「あってんじゃねーかよ」
「いや、しかし・・・・・・その発音は・・・・・・」
「何してんですか、こんな所で」
「アルバイトだ」
「はあ?」
『風船いる?』
「え、風船配りのバイト?」
「配っているのではない。売っているのだ」
「はあ、別にいりませんけど」
この人、もっと仕事選べばいいのに・・・・・・
『奢り』
「マジ?じゃ、貰う」
エリザベスの手から渡されたのはエリザベスの形をした風船。
あれ?胸の所に「すてふぁん」て書いてある。
エリザベスの子供か?
「それはそうと、おぬし誰と来ておるのだ?」
「キミ等の天敵」
「何!?あの真選組の若造か!?、あんなのと付き合っていると芋侍が移るぞ!」
「どんな感染症だよ」
「とにかく「か〜〜〜つら〜〜〜」
「ちぃっ、逃げるぞエリザベス」
慌ただしいなぁ。
アイスを持ってこちらに向かっていた沖田が桂に気が付いて走ってくるが、持ち前の逃げ足の早さですでに桂の後姿は人ごみに消えていた。
桂のは。
しかし一緒に逃げているエリザベスの頭がひょこひょこ見えているので意味が無い。
あの人、ホントに頭悪いよね。
「待ちやがれ!」
「いや、お前が待てって」
アイスを私に押し付けて、指名手配犯の追跡に乗り出そうとした沖田の腕を掴み引き止める。
・・・・・・あれ?
「あーいやーそのー・・・・・・アイス、溶けるし、な?」
「・・・・・・お前ェ・・・・・・」
奇妙な空気が流れる。
あたりまえだ。
真選組一番隊隊長に指名手配犯を見逃せと言っているんだから。
振り払われるかな―――?
しかしそんな心配とは裏腹に、沖田は溜息を1つ吐き、隣へ腰を降ろした。
「ご、ごめん」
「ああ?」
「何でもないです」
「お前ェ、桂と知り合い?」
「・・・・・・」
桂は、ただの攘夷志士だけど、それだけじゃない。私の両親が死んだ、まさにその戦場にいた人。両親が、命をかけて助けていた人。
「あいつ、お前ェの嫌いな攘夷志士の親玉だぜィ?」
「分かってる」
「ま、それを言ったら俺ァお前のでーっ嫌ェな幕府側の人間ですがねィ」
「うん」
「何で止めた?」
「あ、あのさ!別に桂と特に親しいわけじゃないんだけど・・・・・・総悟は・・・・・・どうして桂を追いかけるの?」
「ヤツは指名手配犯ですぜ?」
「そういうことじゃなくて。沖田総悟は桂の事をどう思ってるの?」
攘夷なんて大義名分に呑み込まれて、本当に今の国を憂いている人がどれだけいるだろう?
ただいたずらに騒ぎを起こして、憂さを晴らしているヤツ等が大半だ。
だけどそんな中、桂は違う。
頭は悪いし、口は足りないし、先の展望なんて見えやしない。
だけど下手をしたら警察なんかよりよっぽど江戸の平和を願っているんじゃないかと思う。
「こそ、桂をどう思ってるんでィ」
「・・・・・・桂は、攘夷志士だけど、だけど違う。攘夷が犯罪扱いされるようになったのは天人が来てから、今の警察機構が出来上がってからだろ。でもアイツ何か悪いことしたか?」
「大使館爆破しまくってんじゃねーか」
「天人の大使館なんて知るかよ。一般市民への被害はキミら真選組の方がよっぽど出してんだろ」
「・・・・・・お前ェも大概危険思想だよな」
「総悟は、ホントに桂は討たれるべきだと思ってるの?」
「・・・・・・・・・・・・」
「真選組の一番隊隊長が指名手配犯を追いかけるのは仕方が無いと思うし、桂が無茶なテロを企ててたらあたしだって止める。だけど今日はただの風船配りのおっちゃんだし・・・・・・総悟だって非番だろ」
ああ、何て偽善的。
どんなに言葉を重ねたって、私は幕府も攘夷派の連中も嫌いで。知らない組織同士なら勝手にどんぱちやって共倒れればいいと思ってる。
だけど、沖田も桂も知り合いで。
沖田は言わずもがな、桂だってあの大使館での邂逅以来、鬱陶しいくらい周りに現れる。
どっちも悪い人じゃないって知っている。
だから戦って欲しくないなんて。
なんて女々しいんだろう。
「わかりやした。ありゃ、ロン毛のヅラを被った兄ちゃんとここのマスコットキャラの着ぐるみ着たおっさんだろィ。コスプレももうちょっと選らばねーとなァ」
しばらくジッと私の顔を見ていた沖田は、呆れ果てたように息をつき、勢い良く立ち上がった。
「あーあ、もう夕方だ。変なのが出た所為で最後まで全部回りきれなかったぜィ」
「・・・・・・ごめん」
「はぁ?何がですかィ?俺ァ職務中でもサボる男ですぜ。非番の時まで働いてられるかってんでィ」
照れ隠しに、明後日のほうを向く沖田。
この人は何て甘いんだろう。
優しすぎて、苦しくなる。
「観覧車、行こっか」
***
朝とは違うお姉さんに「いってらっしゃいませ」と笑顔で見送られ、小屋を模したゴンドラに乗り込む。
夕日に照らされた園内は、たった半日しか経っていないのに、朝見たときとはまるっきり違う顔をしていた。
ゴンドラの中には相変わらず奇妙な空気。
怒っていない、とは思う。無表情で分かりにくいけど、沖田は怒るともっと怖い。こう、空気がピリピリするというかオーラがどす黒くなるというか。
怒ってはいないと思う。
でもこの奇妙な空気は間違いない無く私の所為だ。
「・・・・・・あの」
「なぁ。観覧車ってなんの為に作られたか知ってやすか?」
朝と同じ質問。
意図が分からなくて小首を傾げると、沖田はにっこりと微笑んだ。
企みたっぷりの微笑。
「ちゅーする為に作られたんですぜ?」