15.正義は誰が為に
「あれ?そういえば局長さんは?」


 いつもなら騒がしいゴリラの不在に気がついたは、熱中していた手元から顔を上げて中空を見渡した。部屋の中から屯所全体が見渡せるわけではないが。


「ああ、近藤さんは昨日から出張でさァ」


 近藤が不在、つまり最高責任者は副長の土方が勤めているわけで。
 それは腹立たしい事この上ないが、近藤不在の穴を埋めるため、沖田は比較的大人しくすごしていた。
 必然的に増える書類処理。極秘資料もお構い無しに、遊びにきたの前で広げている。文字がびっしり整列した紙面から目を離さない沖田の部屋でなぜかはわら人形を作らされていた。束ねたわらの間接部分を同じくわらを縒った紐でくくり人の形にしていく。使用方法はともかく、手先が器用で単純作業がさほど嫌いではないは熱中していた。
 屯所に上がりこみ、半日も経てば必ず誰かが騒ぎを起こす。
 それはミントンに興じる山崎を追う土方であったり、沖田におちょくられる土方だったり、恒道館の想い人に殴られ凹んで帰ってきた近藤に泣きつかれた土方だったり。
 しかし近藤が不在のため、遊んでいる暇が無いのか屯所内はいつに無く静かだった。


「出、張・・・・・・?」


 聞きなれない単語には眉を寄せる。


「キミ達、江戸を守るお巡りさんなんじゃねーの?」


 江戸から出ていたら何も守れないではないか。


「う〜ん、まあ基本はそうなんですがねィ。上からお達しがあったり、攘夷浪士どもの潜伏先が判明したりした場合、出張することもあるんでさァ。ま、今回は前者らしいんで局長の近藤さんだけなんですがねィ」

「ふ〜〜ん」


 このとき、沖田が一瞬でも書類から目を離していればの変化に気が付いたかもしれない。
 いつもキラキラと周りを映すその瞳から、輝きが消えていたことに。


「悪ィ、用事思い出した。今日は帰るわ」

「え、おい?」






***






 近藤が屯所に戻ってきたのは、その2日後。
 夜勤の門番に声をかけ、昼間の喧騒が嘘のように静まり返った廊下を皆を起こさないよう足音を殺して歩く。


「お帰ェりなせー近藤さん」

「おう総悟、起きててくれたのか?」

「いやァ、厠に起きたついででさァ」

「そうかそうか。留守番ご苦労さん。早く寝ろよ〜」

「へ〜い」


 眠そうに目を擦りながら出迎えてくれた沖田の頭をくしゃりと撫でて自室へ戻るよう促し欠伸をしながらそれに従う後姿を見送り、自分も部屋へと向かった。
 短期の出張とはいえ、やはり自分の部屋が一番落ち着く。
 顔を洗い、寝支度を整え、ごろりと布団の上に寝転がると、見慣れた天井が懐かしい。
 出張明けの明日は非番だ。
 戦闘とは別に理由で体が凝り疲れているが、頭が妙に冴えて眠れない。
 障子越しに入ってくる月明かりにも段々目が慣れ、ぼんやりと天板の配列を眺めていると―――音もなく黒い塊が降って来た。

 一瞬見えた鋭い金属の光。
 途端に噴出す殺気に、近藤の体は一気に緊張を取り戻す。


 キィィイイイン


 間一髪、抜いた刀で首を狙う武器を跳ね返す。
 刀とは違う、もっと弾力のある感触。
 一撃目を外された刺客は、間を置かずすぐさま第2撃へと行動を移す。
 密着した状態から繰り出される攻撃を感だけで防ぐ。

 全身を使って跳ね飛ばし、(意外なまでの軽さに驚く)いざ反撃と構えた時、月明かりに照らされた刺客の顔を見て息を呑んだ。


、ちゃん?」


 唖然とする近藤には猛然と襲い掛かる。
 見知った顔に刀を振るうわけにはいかなくなった近藤はの勢いに任せて後退する。


「ちょ、待って!タンマ!ちゃん!?落ち着いて!話し合おう!話せばきっと分かるから!―――うわっ」


 枕に足をとられ転倒する。
 背中に柔らかい布団の感触、圧し掛かる小さい体からは刺すような鋭い殺気。


「ぐっ―――」


 躊躇う近藤の刀を跳ね除け、は倒れた近藤の胸を踏みつける。
 勢い良く振り下ろした扇を、手首ごと近藤に捕まれると、ようやくは言葉を発した。


「・・・・・・お勤めご苦労様、近藤局長」

ちゃん・・・・・・一体どうしたんだ?」


 胸の上、鎖骨の延長線上に乗せられた足を、少し上方へずらし体重をかければいかに大人と子供の体格差があれど首を折るのは簡単だ。
 それでも、不思議と命の危機は感じなかった。
 月明かりに青ざめた頬はもとより、自分を見据えるの瞳は

 暗闇でもはっきり分かるほど

 傷ついた、子供のそれだったから






















「真選組って、出張もしてるんですね」


 冷たく冷めた口調は、余所行きのあまり耳にしない響き。


「あ〜うん。お偉方がちょっとね。あ!心配しなくてもちゃんとちゃんの分のお土産も買って来たから!だから足どけて!」

「真選組って、江戸を守るお巡りさんって聞いてた」

「そうだ。俺達は江戸に住む人々の平和を守るため、日々働いているんだ!」

「なら江戸から出てっちゃダメじゃないですか」


 ぐいっとカミソリのように鋭い扇が差し出される。
 圧し掛かる声は相変わらず暗く、冷たい。


「テロリストは必ずしも江戸に潜伏しているわけじゃないからな。必要とあらば日本全国どこでも出張するさ」


 小さな子供に「パパって何のお仕事してるの?」と聞かれたときの返答のような噛み砕いた説明。
 なんとなく、今のにはその説明が相応しい気がした。


「なら!なんであの時来てくれなかったんだよ!!」


 答えを聞いたは突きつけていた扇を投げ出し、胸倉に掴みかかる。
 体勢が変わった所為で、膝が近藤のみぞおちに入り、全身から嫌な汗が噴出すが、近藤は顔色を変えずを見据える。


「なんでっ!アンタ等なら止められただろう!?なんでアイツ等を止めてくれなかったんだよ!江戸じゃないから?江戸に関係の無い土地はどうでもいいのか?なんで―――」


 ぽたぽたと、堪え切れなかった涙が近藤の寝巻きに水玉模様をつけていく。

 は江戸に来る前から真選組の存在は知っていた。
 しかし江戸の外であの黒い隊服を見たことは無かったし元から幕府の狗と呼ばれる彼等を頼る気持ちは微塵も無かった。
 だが4年前。
 あのテロを未然に防いでいてくれたら。せめてあの現場に居合わせてくれたら――――――師匠は、仲間は死なずに済んだかもしれない。

 もうすっかり殺気なんてものは成りを潜め、ただただ深い悲しみと孤独が小さな体から溢れていた。
 腹筋に力を込め、起き上がると、はいとも簡単に体の上から転がり落ちる。
 はっと我に返り放り出した武器に手を伸ばすが、一足早く近藤に手を取られる。
 細く小さな手。ずっと小さい時から見てきた総悟のものとも違う、ましてや自分のものとは比べ物にならない、小さな手。
 の言っている事は逆恨みだ。逆恨みにもならない、ただの八つ当たり。江戸で起きるテロでさえ、後手に回りがちだというのに。今でこそ武装警察の地位はある程度確立しているものの、の言う4年前はまだ―――。
 そんな事はこの子だって分かっているはずだ。


「それは―――師匠殿のことか?」


 この頭のいい子供にはなんて言えばいいのだろう。


「ごめんな。俺達のもっと力があれば―――」


 なんて言ったら、この孤独な少女を泣き止ませる事が出来るのだろう。


「ち、がうっ―――ちがうんですっ。ごめんなさいっ、あたしっ」

「ごめんな」


 はっと我に返った途端、謝りだしたの謝罪を遮るように抱きしめる。
 ごめんと繰り返せば、胸元に抱き寄せた頭がふるふると横に振られた。


「ちがうっ、謝らないで、下さい。あたしっ―――」

「ああ、いいから泣きなさい」


 必死で泣き止もうと唇を噛み締めるの背をぽんぽんと一定のリズムで叩きあやすが、逆効果。


「―――ごめんな、独りにしちまって」

「ちがう、局長さんの所為じゃない!分かってるんだ・・・・・・」


 最初から分かっていた。
 ここに4年前起きた事件に責任を負うものは誰も居ない。

 だけど誰かの所為にしたくって―――

 思考を染めた黒い想い。
 抑えきれなかった破壊衝動が去った今、ただ後悔の念だけが押し寄せてひたすら「ごめんなさい」と近藤の胸で繰り返す。


「もういい、もういいから」


 その姿はとても年相応には見えない。親に許しを請う幼子のようだった。
 許せば許すほど、の謝罪は止まらない。
 背中をあやす手は、敬愛して止まない彼の人のそれに良く似ていて
 似ているようで、全く異なるその体温に涙が止まらなかった。


「局長さんが、もっと嫌な人だったら良かったのに」


そうしたら、きっと躊躇わずに逆恨みできた。


「でも、近藤さんが近藤さんで良かった―――」













***







「おい、入るぞ」


「げ、トシ」


 泣き疲れ、近藤の腕に抱かれたまま寝入ってしまったをどうしようかと思案し始めた時、襖から声が掛けられ返事を待たずに副長の土方が入ってくる。
 こんな場面を見られたらマズイ人物その2だ。ちなみにその1はいわずと知れた一番隊隊長。今一番通りかかって欲しかった山崎は残念ながら密偵中。


「派手にやらかしたな」


 パチンと明かりがつけられる。
 急に明るくなった部屋を見渡すと、欄間に跳ね飛ばされた愛刀が突き刺さっていた。


「いつから居たんだ?」

「近藤さんが小娘に押し倒された辺りから」


 突如屯所内で膨れ上がった殺気に、書類処理で起きていた土方はすぐに気が付いた。慌てて駆けつけたものの、様子がおかしい。いよいよ危なくなったら割って入ろうと思いそのまま立ち聞きしていたのだ。


「あ〜、その、なんだ・・・・・・トシ。結局何も無かったんだからその〜」

「局長の部屋に闇討ちなんざ斬り捨てられて当然だ―――と、言いたい所だが、近所の小娘が寝ぼけておっさんの部屋に忍び込んだだけだろ。明日みっちり説教でもしてやれば十分だ」

「トシ・・・・・・」

「小娘と総悟に約束しちまったからな。この先絶対に疑う事は無いって」

「トシ〜〜〜」


 鬼の副長といわれるこの男からは考えられないような寛大な措置に、被害者である近藤の方が胸が熱くなる思いだった。


「いや〜それを聞いて安心しやしたぜィ」


 しかし感動の場面はバズーカの照準をぴったり土方に合わせた沖田の出現によってぶち壊される。


「返答次第じゃ、俺のバズーカが火を噴くところでしたぜィ」

「てめー、いつからそこにいた」


 かなり早い時点で駆けつけていた土方もその気配には気が付かなかった。


「さあねィ。ところで近藤さん、一体いつまでそれ抱いてる気で?」


 実はが侵入した時から気が付いていました、なんて言ったらまたどやされそうだと判断した沖田は言葉を濁す事にした。
 そしてずっとを抱いたままの近藤ににっこりと笑顔を向ける。
 いつに無い満面の笑みを向けられた近藤はダラダラと冷や汗が流れるのを止められなかった。


「それ、引き取っていいですかィ?」

「あ、ああ」

「おい、総悟・・・・・・」

「目が覚めて、俺が隣に居たらビックリすると思いやせんか?」

「ビックリするというか・・・・・・まあ、ビックリするだろうな・・・・・・」


 沖田がを持っていくと、急に部屋が静かになった。














***











「・・・・・・あれ?え、隊長さん?・・・・・・あれ?」

「こんな夜更けに近藤さんに夜這いたァなかなか積極的ですねィ」

「・・・・・・夜這いじゃねーよ」

「でもどうせなら俺のところに来て欲しかったけどなァ―――おい、もうちょっと詰めろ」

「・・・・・・なんでおんなじ布団?」

「重要参考人は野放しに出来やせんから」

「ああ・・・・・・そっかー、そうだよな。真選組局長の暗殺失敗・・・・・・か」

「暗殺はもっとスマートにやらなきゃダメですぜィ。俺や土方さんにまで気がつかれちまうようじゃ、本物の刺客なら今頃死んでらァ」

「・・・・・・暗殺未遂・・・・・・切腹?」

「は?」

「いや、あたし武士じゃないから切腹じゃないか。なら斬首か磔か・・・・・・磔とか市中引き回しは嫌だな〜なんか苦しそうだし痛そうだし」

「おいおい」

「なあ、斬首なら隊長さんが斬ってよ」

「はあ!?」

「どうせ処刑されるなら総悟がいい。キミ巧そうだもんな。皮は残さなくていいから高らかに空に舞い上げてくれ」

「・・・・・・俺ァ、ごめんでさァ。わざと失敗して斬首なのに失血死させてやる」

「いや、痛いのとか嫌なんだって」

「つーか、別に死罪じゃねーよ」

「!?なんで?キミの総大将殺そうとしたんだよ?」

「本気じゃねーだろ?それを言ったら俺だって毎日上司の首狙ってら」

「でも!」

「でも、じゃねーよ。このことは俺と近藤さんと土方さんしか知らねーんだ。被害も結局無かったしな。明日土方さんにこってり絞られるから覚悟しろィ」

「なんでそんな平気そうに笑ってんだよ!!だって、あたし、キミの・・・・・・っ!」

「近藤さんは気にして無いし、怪我もしていない。本人がお咎めなしって言ってるんだからいいだろィ」

「・・・・・・でも」

「ま、どうしてもって言うんなら・・・・・・」

「?」

「無期限真選組のパシリなんてどうですかィ?俺専属の」

「・・・・・・なんでキミ専属?一番被害少なかったじゃねーかよ。てか普段と変わんねーし」

「あ、ひでーや。今現在布団占領され中なのに」

「この前あたしの布団占領してた」

「うっせーなァ。・・・・・・まず手始めに抱き枕の刑でさァ」

「それって刑なの?」

「そうですぜ〜、俺の理性が持つか否か。俺自身にも分からないロシアンルーレットでさァ。因みにセーフは一発」

「勝率低っ!!」
後書戯言
私、真選組のまっすぐなキャラたちと組織の抱えるどうしようもない矛盾が大好きです(歪んでる)。相変わらず近藤さんは美味しいです。でも今回一番大人だったのは副長だと思います。総悟は神出鬼没。
近藤さんを守るべきか、ヒロインを庇うべきか悩んでたんですよ。きっと。

07.01.28
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