花火と共に散る
祝・鎖国解禁20周年
「ジジさま!出店のスペース決まった!」
「ほッほッほッ、それは良かった。こっちも氷の手配終わったぞ」
鎖国解禁20周年の祭りを1週間後に控えたある日。
客の気配の乏しい古本屋「朧狐屋」に明るい声が響く。
「ねえジジさま、はっぴは何色がいい?」
「ちゃんの好きなほうで良いぞ」
「う〜ん・・・スタンダードに青いのも良いけどピンクも捨てがたいんだよなー」
町内会から配られたチラシを見ながら真剣な表情で悩む姿は心底楽しそうで、江戸における彼女の保護者を自負する老人は暖かい気持ちで見つめていた。
本当に楽しんでいるのか。
何か心のうちに抱えているのではないか。
その笑顔に無理はないか。
天人はにとって憎むべき相手。
人を嫌わない代わりに全ての憎悪は江戸を侵略した異星人へと向いた。
1週間後の祭りはその天人の来訪を祝うもの。
どうして心穏やかでいられよう。
「ジジさま?大丈夫だよ」
にっこりと曇りの無い笑顔を向けられ、一体何が言えようか。
***
老人の心配を余所に1週間はあっという間に過ぎ、祭りの日が訪れた。
2人の出店は甘味大好きなのたっての希望によりカキ氷屋。
小さな屋台の中、古本屋の店主は無言で氷を削り続け、が客の相手をする。
元々の個人の知名度により、客足が途絶える事が無い。
「よぉ、!一杯おごれィ!」
最近最もの周りに現れる人物が、祭りの人ごみの中から姿を現した。
「い・や・だ・ね。こちとら生活掛かってるんだ。金払えよ」
「だーから、うちで働けば収入安定するって言ってんだろィ。むしろ食費は土方さんにたかればタダでさァ」
「誰が払うか!」
「あれ、副長さんもいたの?」
「いちゃ悪いか?」
「別に悪くありませんけど、店先でドンパチしないで下さいね。皆さん怯えますから」
チンピラ警察と悪名高い黒い制服の一団が近づくと、面白いように客足が止まった。
その周囲の様子をは面白そうに眺める。
「ごめんね、ちゃん」
「別にいいですよ。売り上げに貢献してくれればなんでも」
唯一申し訳無さそうにする山崎をあっさりと切り捨てる。
以前屋根の上でのいざこざ以来、2人のわだかまりは解けていなかった。
「ほれちゃん、氷の準備出来たぞ」
無関心を装いひたすら3人分の氷を削っていた老人が声をかける。
に付きまとう真選組を良く思っていない古本屋の店主は早く彼らに立ち去ってもらいたかった。
「ありがと、ジジさま。で、ご注文は?」
「お任せで」
「そんなメニューねーよ」
「土方スペシャル」
「家で氷にマヨかけて食ってろ」
「じゃあ俺レモン味」
「・・・・・・今初めて監察くんがいい人に見えました」
「・・・・・・・・・・・あのさ、一応俺監察だから役職で呼ぶのはちょっと・・・・・・」
「はい、レモンね。パシリくん」
「山崎だから!山崎!」
「何で山崎から渡すんでィ」
「お任せっつったんだから順番だってお任せだろ」
「おい、土方スペシャルは」
「うちは油まみれにさせる可哀想な氷は持ち合わせてねーんだよ。大体氷にマヨネーズなんてかけたって美味くねーだろ。油と水じゃん。分離するしかねーじゃん。アンタ阿呆ですか?理科の成績はアヒルか煙突ですか」
「こ む す め 〜〜〜」
「小娘じゃありませんー。はい隊長さん、お待ちどー」
「おお、これまた豪勢だィ」
土方に悪態を吐きながらも手は動かし続け、特設メニュースペシャルが出来上がった。
抹茶ミルクをベースにどこに隠していたのかつぶあんとバニラアイスを一すくい乗せ、仕上げに黒蜜を上からかけた、今すぐ茶店の目玉商品に出来そうな一品だ。
ひたすらの好みでもある。
「でしょでしょー。特にこの特製黒蜜がお薦めだよ。お代は1人600円ね」
「え、でもそこに300円って」
渡すものは渡すと、もう用はないと言わんばかりに追い出しにかかる。
あとは代金を貰うだけだが、言い渡された値段に山崎が異を唱えた。
屋台からぶら下がっているチラシには「かきごおり 300えん」とある。
「幕臣は倍額って決まってるんですぅ。ちなみに天人は900円ね♡」
完璧な営業スマイルでとんでもないことを言う。
「なんだそのぼったくりは」
「マヨは食ってねーから関係ねーだろ」
「俺の名前はマヨじゃねー!」
「うっせーよニコチン」
にこやかな笑顔のまま、沖田バリの態度(むしろ形ばかりの敬意すらない分こちらの方が酷い)に土方の口元が引き攣る。
鬼の副長を屁とも思わない態度にいつもボコられている山崎は顔を青くしている。
「ー、馴染み割引で150円にしてくだせィ」
「やなこった。どんな割引だよ」
「ていうかその料金設定は違反じゃ・・・・・・」
「違反じゃありません。江戸の人間には迷惑かけてませんから」
「ったく、仕方ねーなァ。おら山崎も大人しく払え」
「え!?」
「毎度あり〜♪」
不審に思いながらも上司に倣った山崎からも600円を受け取るとは上機嫌で3人を見送った。
「真選組が総出ってことは誰かお偉いさんが来てるのかな?」
先ほどの3人以外にも、人ごみの中にチラホラ黒い隊服を見かける。
うち何人かの顔見知りは氷を買って行ったりもした。
もちろん600円で。
「さぁのう・・・・・・テロの垂れ込みでもあったのかのぅ」
「・・・・・・ジジさま何か掴んでる?」
「いいや。今日はしがないカキ氷屋じゃからのう」
「そうだよなー・・・・・・ま、依頼も入っていないことだし、調査資金でも稼ぎますか!」
「そうじゃな、今月はちと厳しいからな」
「なんでキリキリ働いているのに利益が少ないんだろね?」
「それは支払能力の無い依頼人からの依頼も受けてしまうからじゃのぅ」
「ああ、自業自得ですか」
「ほッほッほッ」
「あはは〜笑い事じゃねーぞジジィ」
探偵社の所長と調査員。
調査の絡まない仕事に羽根を伸ばしながら、力関係の曖昧な会話を楽しむ。
しかしそれも祭りを締める花火が上がるまで―――