本当に伝えたい言葉
「沖田さん、ちゃん一晩中廊下で泣いてましたよ」




捕物から一夜明け、屯所にはいつもの空気が帰って来た。


昼過ぎ、ようやく起き出して来た沖田さんを捕まえ、開口一番に文句を言う。
昨日、というか今朝、事後処理を終えて戻ったら、座敷童の様に座り込むちゃんを見つけ、心底驚いた。

幽霊かと思った。

それくらい暗い影を背負い、その上声もなくはらはらと涙を零していた。


あんなの子供の泣き方じゃない。


16だろうが11だろうが関係ない。


何度も部屋に戻るよう説得するけど決して頷かず、結局腰を上げたのは日も昇りきってほとんどの隊士が戻ってからだった。


「知ってらァ、ずっと気配がしてたからな」

「ならなんで入れてあげないんですか!あんなになるまで泣き続けて、可哀相じゃ―――ひっ!」


ぱらり、と前髪が落ちる。



「うるせェ」



向けられた殺気と刃。
昨晩一体何があったのだろう。

出かけるまでの、いや、屯所に帰るまでの沖田さんはあんなにちゃんの事を心配いしていたのに。
彼女の事しか考えていないくらいだったのに。


「何が、あったんですか・・・・・・?」

「お前ェには関係ねェ」

「今のちゃんには沖田さんしかいないんですよ!?一番不安で心細いのはあの子なのに「今のには俺なんかいねェんだよ」


言い募る言葉を遮った沖田さんからは殺気は消えていた。
変わりに悔しそうな、虚無感が伝わってくる。


「それでも、・・・・・・沖田さんにはちゃんしかいないでしょう?」

「!!」













「生意気なんでィ、山崎のクセに」













それは・・・・・・思いっきり人のみぞおちに拳を叩き込んで言うセリフじゃないと思う。




***






山崎を落とした後、にあてがった部屋に行くと、は部屋の隅で丸くなって眠っていた。


「・・・・・・布団で寝ろよ」


机の上には、やっぱり山崎の持って来たのであろう朝食が乗ったトレイが手付かずで置きっ放しになっていた。

猫の様に丸まる頬にはまだ涙の跡が残っていた。
柄にもなく、罪悪感に襲われる。

何をしているんだろう。
俺は何がしたいんだろう。

そっと涙の跡を撫でる。
乾いてしまったそれは、軽く撫でたくらいじゃ消えてくれない。


しばらくそれを続けていると、ぱちっとの目が開かれる。


ぱしっ


手を引くより早く、音がするほどの勢いで手が掴まれる。
お互い言葉が出なかった。


昨日の今日で、俺はどう対応したものか分からなかったし、で、何か言おうと口を開いたまま固まってしまった。


くいっ


しばらく見合った後、掴まれた腕を引き寄せられる。
突然のことで、逆らう理由もないのでされるがままにしていると、唇に何かが触れた。


まず目に入ったのは、の長い睫。
少し息苦しいのは、が俺の胸倉を掴んでいるから。

不器用に触れるだけの、幼い口付けは一瞬。
だけど永遠とも思える感覚を残して、スローモーションで離れていった。


「――――――突然、何てことするんですかィ」


キスなんてしておいて、挑むような目でにらみつけてくる
何を考えているのか、見当がつかない。


「『』と、あなたは、キスとかする仲だったの?」

「・・・・・・さあ、どうですかねィ」


昨日のことを言っているのだろう。

『キスとかする仲』?

・・・・・・一方的に俺がしてた気はするが、どうだろう。

はっきりと、恋仲だとはいえない。
そうだといえるようなことなど何もしていないし、俺もも、お互い無事に生きていること以外何も求めないから。

俺とはの関係は――――――



「あたし、思い出すからっ」


俺ははぐらかす様な答えしか持っていないのに。
なぜかは切羽詰った表情になり、挑むようだった瞳は縋るように変わった。


「ちゃんと、思い出すからっ、『』の前から消えないでっ・・・・・・そばに、置いて・・・くださいっ」

「何、言って」

「戻ったとき一人ぼっちだったら『』がかわいそう。もう何もいらないと思ってたのに、『』の中に入ってきたんだったら責任とってよ!」

「ちょっと待ちなせィ。はお前だろ?」

「あたしはだけど、あなたの知ってる『』じゃない。もうあたしには何もないから、あなたの望む『』になるしかないのっ」


ちょっとおかしな位『』という単語が飛び交っている。

なぜは今の自分と、記憶が後退する以前『16歳の』を別物として扱うのだろう?
』になるってなんだ?
だろう?

・・・・・・俺の所為か?

俺は、が目覚めてからどう接して来ただろうか?
混乱して逃げ出そうとするに信用させるため、無害を装い、保護するつもりで・・・・・・
でも外見はのままでは限界があった。
結局は、にするならどうするかを基準に考えていた。
全部『16歳の』を基準に、動き、行動に移せずにいた。

そして昨日のことは言うまでもない。


「悪かった」

「え?」

は、でさァ。俺の知らない・・・・・・俺を知らないでも、に変わりはねェ。無理に思い出すこともねェし、俺に合わせる必要もねェ」


ある種、突き放すような言葉に、の瞳が再び濡れだす。


「勘違いしねェでくれィ。俺ァ、もちろんにもとに戻って欲しい。それは紛れもない本心だし、今のお前に『』を見てる。だけど今のだってだろ?思い出したくなかったら無理に思い出さなくてもいいんでさァ」


なあ、すべてを忘れてしまいたくなる程のコトってどんなんでィ?
それが起きたとき、ちょっとでも俺に頼ろうとは思ってくれなかったのかねィ・・・・・・

どうやらに比べたら遥かに図太い神経を持っているらしい俺には到底想像がつかない。
思い出さない方が楽なら、無理に辛い現実に戻ってこなくてもいい。
が俺のいない時代を選んだなら――――――


「・・・・・・嫌じゃないんですか?」

「嫌って?」

「一晩、考えました。――― ・・ がそのままの姿で突然あたしのことを知らないって言い出したら・・・・・・あたしっ、きっと・・・・・・」

「・・・・・・きっと?」

「・・・・・・今までどおり、一緒になんていられない。きっと辛くて逃げ出しちゃう。だからっ―――ごめんなさい」


せっかく泣き止んでいたのに、新しい筋を作って涙が頬を滑り出した。

やっぱりは、どんな状態でもだ。
こんなに追い詰められても、自分のことより俺のことを考え、涙する。

たまらず、年の割には小さな、でもさすがに11は無理がある体を抱きしめた。
すっぽりと腕に納まる体は、現在は馴れないのであろう感触に戸惑ってか、抵抗もしない。


胸元に来た頭の上にあごを乗せ、何をどう伝えたものか考える。

いや、考えている暇はない。
時間を置けばおくほど、の思考はマイナスへと進んでいくのだろう。


「いいんでさァ・・・・・・は、俺のことを忘れちまったけど、俺の前から消えてねェ。ちゃんと俺の腕の中にいらァ。それだけで十分でィ。俺は変わらず、ここにいるから・・・・・・は、今のままでも、もとに戻っても絶対に独りなんかじゃねェ」


きっとが一番恐れているのは――――――孤独。
それは、今も昔(昔だなんて、笑えてくる)も変わらない。

今、こうして言い聞かせた言葉は、記憶が元に戻っても覚えているのだろうか?
そうだ、記憶喪失の間のことは覚えているものなのだろうか?
俺はそんな目に遭ったことないし、周りにもそんなヤツはいない。


だけど。


少しでも、残っていれば。


少しはあの孤独感を拭ってやることが出来るのだろうか?




泣きじゃくる頭をなでながら思う。




もし、が俺のいない時代を選んだら――――――






俺が、そこへ踏み込んでやろう。





後書戯言
自分でもくどいかなと思いますハイ。
07.05.01
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