制御不能、キミは何も知らない
「ちゃん・・・・・・」
ぼうっと沖田さんの去った方向を見つめ、立ち尽くす私に人間よりも動物よりの顔をしたおじさんが声をかけてきた。
確か・・・・・・近藤さん、だったか?
後ろで目つきの悪い黒い人が煙草に火を点けていた。
玄関に立ち込める血の匂いに気分が悪くなる。
「総悟、部屋で待っててやってくれ」
「・・・・・・」
言われなくったって。
私は返事もせず、その場を後にした。
***
「・・・・・・なんだあの小娘」
「いやぁ、女の子は難しいな!」
「反抗期か?」
***
風呂に入ると言っておきながら、俺は大浴場の脇にあるシャワーブースで一心に冷水を浴びていた。
打ち付ける水音以外何も聞こえない。
もやもやと、喉の奥が気持ち悪い。
なんで俺はこんなに・・・・・・。
相手はだ。
中身がどうであろうと、紛れもなくだ。
考えただけで内臓がひっくり返りそうだが、万が一にもこの状態が続いたって、4年後には今に追いついて・・・・・・そんなわけ無いか。
4年経てばは20歳だ。
俺の知るじゃない。
もう嫌だ。
いつも、いやいつもでもないけど、事後処理が早く終わった捕り物の後はの部屋に押しかけて、嫌そうな顔しながらもは窓を開けてくれて、5回に3回くらいは沸かしたての風呂借りて、夜中だったり朝方だったりするのにお茶を飲んでお団子食べて。朝日が昇る頃にやっぱり窓から抜け出して、何もやましい事は無いのに土方のアホに色ボケだと追い回されて、山崎に呆れられて、他の一番隊の隊士には羨ましがられて。
は、たとえどんな『』であっても、絶対に手放したくない。
いや、別にまだ俺のモノってワケじゃないが。
でも違うんだ。
何かが違う。
何が違うって、外見以外全部違うんだけど。
そうじゃなくって。
とにかく、もう限界だ―――。
***
「あ」
「あ」
風呂から上がり部屋に向かうと、丁度入ろうとしていたと鉢合わせた。
「何か用ですかィ?」
「・・・・・・お茶」
見れば手に麦茶と思しきコップが2つ。
2つ?
普通にここに居座る気だ・・・・・・。
まさか追い返すわけにもいかず(そんなつもり毛頭ないが)障子を開け、中に入れてやる。
机にコップを置くと、は俺のすぐ隣に腰を下ろす。
(近ェって)
お茶の飲んでいる間も、ずっと視線を感じる。
はいつも言っていた。
『血を見た後の人間は興奮してるから危ない』、と。
確かに血を見た後というより人を斬った後、命のやり取りをしてきた後は、どうしようもなく気持ちが高ぶる。
もちろん良い意味などではなく。
しかし、今の彼女はそんなことは考えないのだろうか。
「何でィ」
「・・・・・・怪我は?」
「・・・・・・ねェよ」
じっと横顔を見つめてくる視線が痛い。
つい、受け答えが素っ気無いものになってしまう。
以前と変わらない言葉に、心臓が痛い。
「・・・・・・よかった」
心底ほっとしたように呟くの手は、カタカタと震えていた。
気づかなかった。
部屋に来てから、いや、俺が屯所に帰ってから、ずっとは震えていた。
もしかしたら俺たちがいない間もずっと――――――。
「?どうしやした?なんか怖いことでも――――――」
「帰って、来ないかと・・・・・・」
そう言って俯いてしまった声は、手と同じように震えていた。
「帰って来るって言っただろィ?」
「・・・・・・師匠も、そう言って帰って来ませんでした」
絞り出すような声。
もしかしたら、泣いているのかもしれない。
「―――帰って来るって言ったのに、帰ってこなかった」
確認するまでも無く、完璧に泣き出してしまった。
***
はつくづく俺の好みじゃない。
サドだなんだと言われ、俺は自分でも好きな子はいじめて泣かせたいタイプだと思っていた。
それなのに。
泣かせるつもりでいじったって全然通じない。
軽く躱されるか、泣かせるのを通り越して怒らせてしまうのに。
それなのに、俺の全く意図しない所ではボロボロ泣きやがって・・・・・・。
なんで泣いてるか分からない上、なかなか泣きやまない。
この俺をうろたえさせ、何とか泣きやませようと苦心させるのは。
きっとが泣くのは本当に、どうしようもなく悲しかったり怖がってる時だから―――
抱き寄せ、肩に押しつけた頭から小さな嗚咽が漏れている。
しがみついてくる手は相変わらず震えていて。
何がそんなに怖いんでィ。
「高杉が、いるって・・・・・・ホント?」
予想外にすごい人物の名前が飛び出した。
なんでの口から指名手配犯の名が?
「・・・・・・なんで、知ってる?」
「銀さんって人が・・・」
ったく、あの人は・・・・・・
「・・・・・・ダメだよ。殺されちゃうっ。アイツは―――」
「大丈夫でィ、俺たちだって弱くねェ。それに、今回の相手は高杉なんて大物じゃなくって「そんなの分かんない!」
突然声を荒げるに呆気にとられる。
「いなくなっちゃったのっ、師匠だって強かった。絶対に高杉なんかに負けないのにっ!一杯血が出てて、顔は綺麗なのに、血が、生きてるみたいなのに、全然動かなくってっ―――っんぅ!?」
紡がれる悲痛な叫びを聞いていられなくなって、無理やり口を塞ぐ。
師匠師匠と聞くのが嫌だと言うのもあった。
目覚めてからずっと、こいつの頭には『師匠』のことしかない。
あとは高杉か。
当たり前だ。
分かってはいるが気に入らない。
衝動に任せて舌を絡ませ口内を蹂躙する。
泣きたくなるほど変わらない感覚が余計違和感際立たせる。
中身は違っても、やっぱりだ。
息苦しさを訴え力無く胸を叩く衝撃にようやく我に帰る。
許可無く奪った唇を開放してやると、は涙を浮かべ、戸惑いに満ちた視線を送って来た。
「な、に?」
不思議そうに口許を押さえ、後ずさる。
何をやっているんだろう。
相手は10やそこらのガキなのに。
「なんで・・・・・・?」
「出てけ」
「っ!!」
「お前ェ、自分で言ってたじゃねーか。血を見た後の男は危ねェんだろ?」
後ずさった分、間合いを詰め、もう一度顎に手を掛け上を向かせる。
白い喉がのけ反る。
「あたしは、『』じゃない・・・・・・アナタの知ってるじゃ・・・・・・」
「関係ねェ。お前ェは『』で、俺はに惚れてる」
「!?」
「だからこれ以上何もされない内に、この部屋から出てけィ」
「っ・・・・・・めん、・・・さぃ」
は捨てられた子犬の様に、でも飼い主に縋る事無く、涙を湛えた瞳を伏せ、緩慢な動作で部屋を出て行った。
―――ごめんなさい
謝るべきはなのはこっちだ。
保護し、護らなきゃならなかったのに。
自分の子供っぽさに嫌気がさす。
でもあのままアイツを部屋に置いていたら取り返しのつかない事をしていただろう。
こんな状況でも、熱を持つ身体が許せない。
適当に引っ張りだした布団の上に横になっても、アイツの泣き顔がチラついて寝付けなかった。
障子の向こう、部屋の外には一晩中、追い出したの気配があった。