かみ合わないふたり
「た、高杉が、いる?」
側にあの男がいる。
「もういないって」
「う、・・・そ」
「うそじゃないって。追跡が意外と厳しくって京に逃げたって話だ。駿河の先で目撃証言も出てっし」
「・・・・・・・・・・・・詳しい」
逃げた?
この人は敵?味方?
分からない。
もう江戸にはいないと言うけど、だからといってすぐには安心できない。
だけどなんとなく、信じようとする自分がいた。
ただそう思いたいだけかもしれないけど。
「・・・・・・そりゃ、万事屋だからな。―――ちゃんはなんで高杉から逃げてんの?」
「高杉は、師匠を・・・・・・仲間を殺したの・・・・・・」
誰にも言った事のない話。
怖くて言い出せなかった。
気の抜けた様な銀さんの目が鋭く光る。
「っ!!・・・・・・なるほどね。敵ってわけか。ん?敵討とうとは思わないの?」
至極真っ当な疑問だ。
でも私は、なぜかアイツに近寄れない。
「逃げろって、師匠が。逃げなかったから・・・あたし、・・・・・・っ!!」
―――帰るのは明日になると思いやすから適当に休んでて下せィ
―――いい子で待ってるんですぜ
「お、きた、さん・・・・・・」
「え?」
師匠の時と同じだ。
すぐ迎えに来るって約束したのに。
そうだ。
師匠たちは高杉が率いる攘夷浪士を止めに行って、帰ってこなかった―――。
沖田さんの、真選組の仕事は――――――。
「ちゃん、落ち着いてって」
「っ、どうしよう。沖田さん帰ってこないっ」
不安で胸が潰れそう。
帰って来るって言ったのに。
「すぐ戻るって。ここがアイツらの家なんだから。明日の朝には帰るって言ってたでしょ」
「戻って来るって約束したって、ここが家だって帰れない時は帰って来ないっ!!」
悲鳴の様な叫びが、空しく静かな屋敷に木霊した。
***
計画通り行われた捕物は、思いの外雑魚が多かった所為か予定より大分早く終わった。
「今日はまた一段と冴えてたな」
かすり傷一つどころか返り血一つ浴びていない俺に指示を終えた土方さんが寄って来る。
事後処理は一番隊の役割じゃない。
「そうですかィ?いつもと変わりやせんて」
「そんなことないぞ!総悟のお陰で予定より大分早く終わった。被害も少なくすんだしな」
そういう近藤さんは豪快に虎鉄を折っていた。
「・・・・・・そうですねィ」
「ん?どうした。浮かない顔だな」
「・・・・・・血塗れで、のとこに帰るわけにはいかんでしょ」
「「・・・・・・」」
が、『16歳の』が相手ならこんなに神経質にならない。
には最初っから血なまぐさい所を見られていた。
それでも、年頃の女にあるまじき図太さで何ごとも無いく接してくれていた。
相変わらず怪我には敏感だが、前みたいに取り乱す事はもう無い。
だが今の、『11歳の』もそうだとは限らない。
それでなくても子供に血なまぐさいことなど見せたくないというのに。
俺は、俺の事を知らない『』にも拒絶されるのすら耐えられない。
その為なら、返り血を避けるくらい、大した事じゃない。
***
深夜、丑三つ時を過ぎたころ。
ジットリと重たい空気を背負って屯所に帰る。
まとわりつくのは夏の夜の湿気か、今日斬り殺してきたヤツ等の怨念か。
居残り組の門番の横を過ぎ、玄関の引き戸を引くと、俺はその場で足を止めた。
玄関を入ってすぐ、正面の壁に寄りかかって、が蹲っていた。
膝を抱えるからやや離れて隣りには旦那がだらしなく足を投げ出し、やはり座り込んでいた。
「あ〜、お帰りなさーい」
旦那が言ったと同時に、ストンと音を立てて小さな衝撃が胸に伝わる。
どんな早業か、壁を背に座っていたはずのが首に絡みついていた。
「お、おい・・・・・・」
突然の事に対応できない。
「な、ちゃん。言ったとおりだったでしょ?」
混乱する俺を余所に、旦那が俺には意味が分からない事を言っている。
その言葉に、首に回された腕に力が入る。
「おい、総悟。何こんなとこで立ち止まって・・・・・・あ゛?」
「じゃあね。また遊びにくっから。今度はガキども連れてな」
後方から土方さんが追いつくと、絡まれる前に旦那は俺たちの隣りをすり抜けて出て行った。
すれ違いざまにポンっとの頭を叩いて。
「?」
「・・・・・・っ、ぅ、けほっ・・・ん」
「おい!」
隊服の肩に顔を埋めていたが不意に咳き込む。
「・・・・・・血と・・・火薬の匂いが・・・・・・」
「!!!」
しがみついたまま、苦しげに絞り出された言葉に、思わずその肩を掴み、思いっきり遠ざけてしまった。
腕の長さだけ離された表情を、戸惑いが彩る。
息を呑んだまま動かないのがわかる。
だけど怖くてその瞳が見られない。
「おい、総悟?」
「どうした?」
訝しがる2人の声も聞こえない。
知らず力の篭っていた手を放し、やんわりとの体を押しのける。
「風呂、入って来やす・・・・・・」
とにかく離れなくては。
それだけが思考を占め、呆然と立ちすくむに気がつくことができなかった。