散在するパズルのピース

「旦那ァ、折り入って相談したいことがありやす」


そう言って沖田が万事屋を尋ねたのは討ち入り決行前日。
幸運なことに、万事屋の従業員たちはそれぞれ出掛けており、銀時だけに会うことが出来た。


隊服姿の青年を銀時は嫌そうに見るが沖田は全く意に介さず、祭りの夜からの出来事を手短に話し始めた。


要点は3つ。
祭りの夜以来、の記憶が11歳の頃まで退行している事。
何かに追われていると思い込んでいる(もしくは本当に追われている)事。
そして、そんな状態のを置いて屯所を空けなくてはならない事―――。


「あのねぇ、沖田くん。不純異性交遊は認めないって言ったよね?」

「旦那、俺の話聞いてやしたか?」

「だからアレでしょ?怪我したのを良い事に家に連れて帰ってあんな事やこんな事からえ、そんな事まで!?をしてんでしょ?」

「してやせん」

「またまた〜、隠さなくていいんだよ。今なら前歯3本で許すから」

「だ・か・ら、言い掛かりでさァ。本人に会ってもらえば分かりやす」


「・・・・・・大体、記憶が溯ってるって・・・・・・そんなことそうそうある訳ないでしょ」


冗談はともかく、あの快活な少女が記憶喪失になり真選組に保護されて居るなどという話、信じられる訳がなかった。


「あるんだから仕方ねェでしょ。・・・・・・見た目はのままなのに、なんか雰囲気違ェし、俺の事も知らねェて言うし・・・・・・」




***




(まさかホントにこんなことになってるとはなぁ・・・・・・)


会って見れば分かるという沖田の言葉は正しかった。
は沖田の去った方向をぼうっと眺め、同じ部屋に残された銀時のことはすっかり忘れているようだ。


「あー、あれだ。とりあえずお茶でも飲もうか」





















部屋に用意されていたポットと茶器セットでお茶を入れていると、一気に人の気配が薄くなった。
出陣したのだろう。
もともと静かだった屋敷にさらに重い静寂が漂う。

留守番独特の空気。

傾き、後は地平線に沈むだけとなった太陽が赤く部屋を染める。

こんな日の斬り合いは壮絶だ。
斬った先から腐って行く様なことはないが、温く湿った空気は血の匂いを際立たせる。

沖田によれば、居残り組がいるはずだが、その気配は薄い。
それにしても、やむを得ない事情があったとはいえ、一般市民である銀時たちを残して屯所を開けるなんて不用心ではないか。


「お、団子も用意してあるじゃん。沖田くんも気が利くね〜」

「・・・・・・お団子」

「全く、愛されてるね〜ちゃん。あのサド王子がここまでしてくれるとはね―――?」

「―――っ!あ、はい?」

「そんなトコでぼっとしてないでこっち来いよ。お団子無くなるぞ」

「はあ」


銀時に促されるまま、向かい合ってお団子を囲む。
は戸惑いがちに一本手に取るがなかなか口に入れようとしない。
漠然とした違和感。


(ああ、沖田さんがいないのか)


ここに来てから、おやつの時間はいつも沖田がいた。
隣りにいる人間が違うだけでこんなに印象が違うものだろうか。

どうにも出来ない違和感を無理やり押し込み、串の天辺に刺さった団子を口に入れた。














(・・・・・・空気が重い!)


銀時は2人を包む沈黙に早くも挫けそうだった。
と2人でおやつの席を囲むのは珍しい事じゃない。
そして甘味と対峙している時会話が少なくなるのも珍しいことではない。


   それなのに、この空気はなんだろう。


「ど?美味い?」

「ええ、まあ」


(違う、違うよちゃん!いつものならここで店当てから団子論に発展して止まらなくなるんじゃないの!?)


「えと・・・・・・坂田、さん、でしたっけ?」

「銀さん」

「え?」

「銀さんとか銀ちゃんとか呼んでくれていいぞ」

「・・・・・・銀さん?万事屋・・・・・・」


素直に言い直すなんてらしくない。
さらに頭を抱えたくなった銀時を尻目に、はぼんやりと考えごとに耽っていた。


「よろずや・・・・・・なんでも屋?同業者・・・商売敵?」

「ん?ちゃん、自分がなんだったか知ってんのか?」

「沖田さんに聞きました。・・・・・・あなたはあたしの何?」


まっすぐと銀時の死にかけた目をみつめ、尋ねるに、顔が引きつる。

(これはキツい・・・・・・)


「誰か」を聞かれるより、「何か」と関係を問われる方がダメージが大きい。
本当に忘れられてしまったことを実感させられるから。


「・・・・・・あー、まあ、近所のお兄さんってとこだな」

「近所?」

「いや、住んでる所はちょっと離れてるけどな」


江戸の地理が分からない、それ以前に自分の住んでいた場所も分からないは近所と言われてもピンとこない。


「万事屋さんは1人?」

「いんや。従業員が2人とペットが一匹・・・・・・いや、あれは一頭だな。聞きたい?」


少しばかり興味を引かれ、コクンと頷くと、銀時は心得たとばかりに2人の従業員について話始めた。
かなり歪んだ内容だが。


メガネのツッコミの事。
凶暴な胃袋拡張チャイナの事。
そのチャイナが拾って来た巨大にして凶暴なペットの事。



「・・・・・・賑やかそう」


悪態を吐きながらも、銀時が2人と1匹を大切にしているのが伝わり、は目を細める。


「ああ、賑やか過ぎるくらいにな。今度会いに来いよ。アイツ等も会いたがってる」


祭りの夜以来姿を消したを、神楽も新八も心配していた。
手を尽くして調べてみても真選組に軟禁されていたのでは見つかるハズが無かった。
沖田が万事屋を訪ねた時、2人が留守だったのは幸運だった。
屯所にいるなど神楽が知ったら殴り込みに来かねない。


「・・・・・・やめておきます」


しかし涼夏は首を縦には振らない。
万事屋に行くためには屯所の外に出なくてはならない。
はまだ屯所から出たことは無かった。
門をくぐることはもちろん、庭にも出ていない。
怪我の所為で安静を言い渡されていたこともあるが、何より追っ手への恐怖が足を竦ませていた。

さらにもう1つ。
これ以上かつての知り合いに会いたくないという気持ちがあった。
自分の知らない『』を知っている。
そして今の自分を痛々しいモノを見る様に見る。
腫れ物に触る様な態度が苦痛だった。


一番顕著なのは沖田。

早く思い出せだとか、急かす事はしないが、時々ひどく辛そうな顔をするのをは知っていた。
その表情を見る度に、は理由の分からない焦燥に駆られるのだった。


「外は怖いってか?」


当然、銀時にそこまでは分からない。
だが沖田から事情を聞いていたお陰で、嫌がる理由の半分は想像出来た。

は再び、コクンと頷く。


「追われてるんだって?」

「っ!?―――な、んで・・・・・・」

「沖田くんが言ってった。追われてるみたいだから何かあったらよろしくってさ」

「・・・・・・そう、ですか」

「・・・・・・で、敵さんは何モノよ?」

「・・・・・・・・・・・・」


は答えない。
誰にも言ったことの無いことだ。

口に出せば今にも現れそうで。

黙り込んでしまったを見据えながら、銀時はあの祭りの晩にあった事を思い起こしてみた。


出店で氷を売っていた時、何も問題は無いようだった。
氷を欲しがる神楽に、「天人は3倍額」と言って乱闘になりかけたくらいだ。


将軍?
それなら祭り自体には来ないだろう。
そもそも将軍に追われる様なら真選組と懇意になど出来まい。

平賀の爺さんか?
あの爺さんから逃げているとは考えられない。
それは無いだろう。
偏屈な爺さんだったが、むしろは懐くのではないだろうか。


―――まさか


「高杉か?」

「!!?」

後書戯言
過保護な沖田。
07.04.14
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